第50話魔法使いBravery その19

「・・・・くそっ!どうなっている!!」



疾風は焦っていた。想定からかけ離れた展開。今まで一度も経験したことのない事態に。


ーーアキバの街にできた一つのクレーター。そのすぐ側にいる自分の勢力フレアは、今防戦一方を繰り返しているのである。


これはこの世界で初めてのことだった。ドラゴンという圧倒的強者の生物と契約し、今まで数多の相手をほとんど一撃で粉砕してきた。迫り来るものは強靭な爪と牙で引き裂き、遠くから攻撃するものには不燃物すらも一瞬で蒸発するほどの炎を叩きつける。多種族の些細な攻撃など避ける必要もなく、または攻撃させる暇すらも与えない。


他に"龍"が来ていない以上、間違いなくフレアはこの世界で最強の個体なのだ。


そんな絶対の存在が、今押されている。


「こっちよ!!ハァァ!!!!!」


ガキンッ!!


『ぬぅぅ今度はそこか!!小癪なやつらめ!!』


「こっちもお忘れです!!『詠唱:落岩鳥ロク・ビルド』!!」


『何っ!?』


ガラガラガラガラッ!!!!


『ぐぅ!だがそんな小石など効かぬ!!』


「そんなことは知ってるです!・・・・ミリエル様!」


「わかってる!!これは無視できないでしょ!?『中爆氷弾ミドル・フロースト』!!」


パリパリパリ、ヒュン!!


ドォーン!!


『ガァァアアアア!!!効かぬ効かぬ効かぬ効かぬワァァァァァァァァアア!!』


ボオオオオッ!!!!


「くっ危ない!・・・・よし、作戦通り一旦退避よ!」


「もうしてるです〜!」


『おのれまた逃げるのか!!!今度は逃さん!!』


「いーや、ここは一旦引かせてもらうわよ。『中爆炎撃ミドル・フレイヤ』!!」


ボウッ!!


『我に炎は効かぬと・・・・おのれ!!また逃げられてしまったのか!!』







「・・・・まずい。やはり今のままじゃ・・・・」


戦況が動いたのは戦闘開始から数分が経過した頃。あたりを支配していた静寂が突如としてフレアの死角から放たれた炎の魔法によって破られた。


もちろん『炎帝』たるフレアには何のダメージにもならない。だが、その後すぐに敵の勢力は姿を消したためにこちら側が反撃することもできなかった。しかしそれでも良かった。こうしてこちらが待ちの作戦を取っていれば、向こうは自分達から攻めるしかないだろうと確信していたからだ。


しかし事態は悪い方向へと向かっていった。


相手は必ずフレアの死角となる路地から飛び出して攻撃してくるものの、深追いはせずにすぐに路地の方へと退避するという動作を何回も繰り返しているのだった。こちらが捕まえようとしてもすぐに逃げられ、全く攻撃に転じることはできていない。さらに相手から微小ながらもダメージを与えられてしまっている。


誰が見てもこちら側が劣勢だった。


「ゲリラ戦法か・・・・チッ、やっぱり場所を間違えたか」


疾風が本来戦う場所にアキバを選んだのは大通りの道幅が広かったためであった。東京の街は大体狭く、巨大なフレアでも不自由なく動ける街は少ない。よってこの街はフレアのデメリットを最大限無効化できる疾風たちが戦うのに最適な場所であり、地の利は確実にこちらにあると考えていた。


しかし大通りの道幅が広くとも、ビルとビルの間、つまり路地が多いというこの街の特徴が同時に裏目に出てしまった。相手は人間と同じ大きさのため小さな路地にもするすると入れてしまう。なので、相手はこちらが入ってこれないようないくつもの路地の出口からこちらを奇襲し続けることが可能だったのだ。


「だけどそんな作戦があることぐらいは読めていた・・・・でもここまでのは一体なんなんだ!?どうして必ずこちらの不意をつける!?」


疾風だってバカではない。戦闘前にアキバを偵察した時に、すでにゲリラ戦法を相手がとってくる可能性だって考えていた。大通りを囲むように建つビルとビルの間、普段人が通らない道ではない路地を伝ってこちらの背後から奇襲してくるという可能性を。


たしかに厄介な手だが、疾風はその時警戒することはなかった。なぜならこの作戦はだからだ。たくさんの路地があると言っても死角になる方角などがわかればある程度は特定することができる。ここは本物のジャングルではなく規則正しく並ぶビル街なのである。それに夜と言っても、空で光る星やビルのガラスに映る液晶の画面によって街全体は比較的明るいため相手の姿も特定しやすい。


よって相手にわざと死角を狙わせることでこちらはすぐに反応し、相手の意表をついて捕まえれば良い・・・・そう考えると、むしろ相手がゲリラ戦法を使ってくること事態が良い展開になるのではないかと予想していた。


しかしこれも想定通りにはならなかった。どういうわけかわからないが、全く相手の出てくる路地が分からず、今までなんどもこちらの不意を突かれ続けているのである。これは別に指示を出す疾風自身の怠慢ではなかった。ただ向こうの指揮官未治疾風達を欺き続けているのである。死角をほとんど警戒しても全く別の死角から奇襲され、はたまた無警戒の正面からも魔法が放たれたり、その後別の路地から別の攻撃が飛んできたり・・・・


とにかくフレアと疾風の認識外を突いて二人の異世界生物はフレアを攻撃し続けているのである。


「どうしてだ!!どうしてわからない!?警戒しているはずの路地から来てるはずなのに!!なのになぜ掴みきれない!?」


不思議な気分だった。認識して警戒しているはずの路地から現れた敵でも、こちらは不意を突かれてしまう。を疾風は感じていた。


「くそっ!フレア!!右だ!!」


『ガァァアアアア!!!!』


フレアはまたしても火球を路地に放ったが、入っていくあの二人にあたることはなかった。それにミリエルだけでなくアイヒスも光魔法で目くらましをするなど厄介で無視できない存在となっていた。これで相手の数の利が疾風たちにとってさらに苦しいものとなっていく。


「チッ!!またやられた!!なんとかして特定できないのか!?」


『ぬぅ、わからぬ。なぜか相手がどこから来るか断定することができぬ・・・・何かの魔法か?いっそのことここいらのビルとやらを全て焼き払ってしまいたいぐらいなのであるが・・・・』


「そんなことしたら戦うための魔力が減るだろうこの低脳がっ!!もっとましなことを考えろ!!」


『ましと言ってものぉ・・・・それを考えるのが人間の役目だろうに』


「うるさい!ならば喋るな!!」


疾風の怒りはすでに限界をとうに達していた。こちら側の劣勢をどうにかしたくても敵がすぐに逃げてしまうために攻撃を与えることができない。どうにもならないストレスが募り、いつにも増してフレアへの当たりも強くなっていた。それと同時に冷静さもヤスリで削られていくようにすり減っていく。精神的にも疾風は少しづつ追い込まれていた。


「くそっ、どうにか相手の出てくる路地がわかれば・・・・」




『それはできないよ疾風』


「っ!未治!!」


疾風が打開の一手を考えあぐねていると、不意に手に持っていたデモギアから声が聞こえてきた。


声の主はもちろん今敵として立ちふさがる東条 未治である。


『おお、やっと繋がった・・・・デモギア同士で通信できるってマジでスマホやん。便利な機械だなぁ』


デモギアから流れてくる音は全く緊張感もなく、他愛のない会話を電話でするかのような、そんな声をしていた。


「お前・・・・一体どこから!!」


疾風はすぐに手に持っているデモギアを見た。画面は通信用のスピーカーの画面に切り替わっている。


『ん?今はね・・・・まぁビルの屋上かな。どこかなんて答えるわけないけど』


「お前こんな卑怯な作戦を続けていていいと思ってるのか!!もっと真面目に俺と戦え!!」


『真面目にやってるよ。真面目も真面目、大真面目にね。別にこの世界でゲリラを使ってはいけないなんてルールはないでしょ?それにドラゴン自体が反則級なんだからこれぐらいしょうがないじゃん?まぁ


「くそっ!何がフェアな勝負だっ!!」


疾風はデモギアに向かって自分の怒りをそのまま吐き捨てた。デモギア越しの未治はとても落ち着いた声で、淡々と疾風を諭すように話している。そのことが余計に疾風の心を乱し、思考を鈍らせていく。自分では言いがかりに過ぎないことを言っていることはわかっていても簡単には冷静になれない。


『・・・・まぁ落ち着けって。俺が疾風と話したかったのはお前の愚痴を聞くためじゃないんだよ』


端末からは沈黙の声とビルの風らしき音が流れていたのだが、しばらく疾風が無言だったこともあり未治から話を切り出し始めた。


「・・・・何の用だ?」


『お前に悪い知らせを届けに来たんだよ。聞く?』


「生憎だな、普通悪い知らせを聞くようなバカはいないだろ」


『まぁまぁ聞くだけ損にはならないさ。疾風だって不思議に思ってるだろ?


「・・・・・」


図星だった。今まさに相手のゲリラがここまで自分たちを苦しめるからくりが知りたかったのだから。


『そもそもゲリラ戦法というのは圧倒的多数の軍勢に少数の勢力が挑むために編み出された戦法なのは知ってるでしょ?遊撃行動、つまり持続的・断続的に小規模の戦闘行為を実行することで敵を物的・心的に消耗させる。それがゲリラ戦法の最大のメリットであり、事実今疾風はこの戦況に焦りを隠せないでいる』


「くっ、うるさい!!」


『はいはい。それで今回に関しては心情だの宗教だの協力者だのという本物の戦争時にターニングポイントになったゲリラの特徴は関係がない。あるのは地の利とこちらに数の利があるということ。秋葉原を戦う場所に選んだ理由はなんとなくわかってるけど、まぁこちらとしても助かったと言わざるを得ないね』


「・・・・それでもどうしてだ?ゲリラ戦法は必ずしも無敵ではない。どうせ未治も知ってるんだろ?。そしてこの街の路地は実際のジャングルよりも規則性のある地形のはずだ。だからっ!」


『・・・・だから初めから奇襲されることがわかっているこの状況なら簡単に出てくる路地が特定され、そこを狙えばすぐにこの戦法は崩壊する。その通りだよ疾風。つまりこの作戦にはいくつもの致命的な欠陥がメリットよりも存在していたということだ」


未治は自らの策の欠点について滞りなく語ってみせた。そして一泊置いて、


「だけどね疾風、それはって言葉を後につけなきゃいけないよ』


と、付け足した。


「っ!どういうことだ!?」


(っ!またこの感覚か!この油断ならないと思わせるような空気!これが本当に俺の知るあいつなのか!?)


疾風は未治の声のトーンが少し落ちたことに気づき、わずかに動揺する。本当にこいつはあの東条 未治なのだろうかと疑うほどの空気。その普段との違いに疾風はただただ驚愕するしかなかった。



疾風は今初めて、彼の本性と対面していた。




『ゲリラ戦法の欠点は襲撃してくる場所が特定されたらおしまいということ。。そうは思わない?』


「・・・・何を言っているんだ?そんなの無理」


『俺はそう思うけどね。なんなら事実今そうしてるけどね』


「っ!!」


(・・・・こいつは、未治は一体なんなんだ!?ゲリラ戦法は特定されたら終わり。ならば特定されなければいい、だと!?それが無理だから欠陥なんだろうがっ!!)


特定されないゲリラ戦法、そんなものがあるのなら何も苦労しない。限られた路地の数では当てずっぽうでも当たってしまうかもしれない。解析する時間があればあるほど対策は容易となって簡単に崩すことができるのである。


だからこの策が永遠にはまり続けることなどあり得ない。そのはずなのだ。


だからこそ疾風は戦慄した。今言葉を交わす相手は不可能に近い事をさも当然のように可能だと簡単に言い放ってしまったのだから。


『悪いけど疾風、俺はとは違うんだよ。お前とはこの世界の経験で負けていようが俺の戦略に関する知識と経験の前には到底足しにはならない』


「素人・・・・戦略・・・・何を言っている?」


疾風は突然普段聞きなれない単語が未治から飛び出したことにさらに困惑を深める。疾風は知らなかったのだ。未治がこと戦略ゲームにおいては無敗を貫き続ける強者だということを。東条という家系が兵法に関してずば抜けていたという歴史を。




そして、未治は言い放つ。






『つまりこう言ってるんだ・・・・・、と』








「っ!!・・何・・・・・だと・・・・いったい何を言っている?そんなの無理だろ!?そんなハッタリは通じない!!」


疾風は未治の言っていることが信じられなかった。


(自分の思考パターンを全て読み切った、だと!?ありえない!!そんなことが、ありえていいはずがない!!)


『ふふっ、信じていなそうだね。ならばなぜゲリラが続けてハマっているのかをちゃんと教えようか。簡単に言えばなんだよ。次どこの路地へ行けばドラゴンを予定通りの場所へ誘導できるか、どこの場所を狙えばドラゴンが予想通りの動きをしてくれるのか。それをってわけ。もうすでに色々と技を見せてくれたおかげで大体のパターンはもう知っている』


・・・だからもう、疾風の攻撃は当たらない


「っそんなのできるわけないだろ!!そんな他人の頭の中が覗けることができるならお前はもう普通じゃない!!異常だ!!」


疾風は思わず叫んだ。考えてみれば疾風は東条 未治という人間のことをほとんど知らなかったのである。


例え少し変わってるやつだとしても、それでもどこにでもいる普通の転校生だと思っていた。


『異常、か。考えたこともなかったけどな。よく人の心を操るエスパーとかってテレビでやってるじゃん?それと同じような感じだと思ってたんだけど。あとは将棋のプロ棋士とかも読み合いとかやってるし?それが俺にもできるってだけだよ』


それが今は全く違う。今相対する者は疾風にとって異世界生物よりも非論理的で異質な存在だった。


「・・・・お前がやってることは思考の誘導とか読み合いなんかじゃない。んだろ?相手の頭の中を一方的にお前は覗けるんだろ?そんなことできるやつは普通いないんだよ。それこそ超能力者だ」


『む、そうかな?・・・・・まぁでもそうか。これは東条の兵法の基本事項なんだけど。それほどうちの曾祖父はすごかったってことかな。あ、でもこういう戦略とか限定だよ?多少は他の時でも本気出せばできると思うけど』


疾風の言葉に未治はいつもの口調で答えているのはわかるが、内容は一切入ってこない・・・・そんなことよりも疾風はおぼろげながらに未治の異常さの本質に気づき始めていた。


「・・・・違う。お前は自分の才能を勘違いしている」


こんなことは物語だけの力だと思っていた。だけど事実未治は使えるのだ。


。未治の才能を簡単に言えばそういうことなのだ。これが普通なわけがない。いかに策を立てようとも相手にはまるで筒抜けだということなのである。


それはつまり、この戦いに勝ち筋など存在しないということ。


「・・・・だけど、諦めるわけにはいかない」


もうまであと一時間もない。例え勝てないかもしれなくともここで立ち止まるわけにはいかなかった。


悪を断つために。香奈を救うために。立ち止まってしまえば、全てを失ってしまうかもしれないから。ただそれが怖い、と認めてはいない。だけど疾風は気づいていた。自らの弱さと醜さから逃げているだけだ。今も彼は知らないふりをして正義を歌い続ける。


「・・・・聞こえるかフレア、指示を出す」


例え無駄な足掻きだとしても、疾風は突き進むしかなかった。


のために。












その頃、未治は、


(ヤベェ、この後どうしよう・・・・・)


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