第42話魔法使いBravery その11

「はわわわわわわわわわわわわわっ」


「・・・・み、ミリエル様。これはいったいどういうことです?」


「そうね。強いて言うなら・・・・・私たちと出会ったタイミングが悪いわね」


「か・・・・・可愛いっ!天使!それも二人!・・・・み、未治君には返しきれない恩ををををををを」


「この人大丈夫です!?ちょっとさっきから怖いです!なんかうめき声あげてるです!!それにそろそろきついです!!足が持たないです!」


「しょうがないのアイヒス。私たちは耐えるしかないのよ・・・・恨むならこの人ではなくあのバカ未治を恨みなさい」


「あんの変態契約者がっ!です〜〜〜〜!!」


「は〜いそこ動かな〜い」


「・・・・・はいです」


未治が学校に行ったあと、ミリエルとアイヒスはとあるミッションを遂行していた。


それは、お隣さんの絵のモデルである。


覚えているだろうか。昨日の夕方、未治は夕飯のおかずを買おうとして外へ出た時、ばったりお隣に住んでいる芸大志望の女性、神田 千秋と遭遇した。


千秋は目の前の光景に感動しながらもその感情を白いキャンバスにひたすらぶつけている。


「・・・・・本当・・・尊い!」


(未治君もずるいなぁ〜こんな絶世の美少女たちが


千秋はつい一週間前から隣の部屋が騒がしくなったことに疑問を感じていた。隣には年頃の男の子が住んでいると知っていたのでまさか彼女か!?と思って未治が外出したあとの隣の部屋を少し観察していた。すると隣から明らかに女の子の鼻歌や独り言のような声が聞こえてきたのである。


さらに調査するために千秋は外に出て声の正体が出てこないか張り込みをしたところ、夕方近くになって家主の帰宅を確認したかったのかついにドアが開き、その正体を拝むことに成功したのである。


その姿を千秋が見た時、一瞬すらも超えるレベルで一目惚れしてしまったのである。この世のものとは思えないくらいはかなさと美しさを兼ね備えた中学生ぐらいの背丈の少女。その少女は実に物憂げな表情でドアの向こうを家から出ないギリギリのところでキョロキョロと眺めていた。千秋のキャパはすでに限界だった。


千秋は早速あの子を絵にしようと心に決め、未治に是非ともモデルになってほしいと懇願した。すると未治はすんなりと承諾し、明日家に行かせると約束してくれたのである。夕飯のおかずという賄賂のおかげでもあったと思うが、まぁそこは持ちつ持たれつな関係なのである。


千秋は明日が楽しみだった。どんな絵を描こうか、絵の具の調整は?いっそ油絵?いや彫刻?と夜中悶々と考えていたせいで夜は全く寝付けなかった。結局昼ごろに起床した千秋は、あまりにも酷い寝起きをなんとかしようと目当ての人の訪問までの間自分のセットで忙しくしていた。まるで彼氏を家に招く彼女のような気合いっぷりである。もっともそんな彼女は昼ごろまで寝ていることはないのであるが。


諸々の準備が終わった頃、ちょうどドアを軽くトントンと叩く音が聴こえ、目当ての来訪者が訪れたことを知らせた。千秋は即座に玄関へと赴き、そのドアを開いた瞬間


千秋は、貧血で倒れたのである。


「は〜いそこちょっと右手あげてね」


「こ、こうかしら?」


「そうそう。あっ、そっちの子も少し顎を引いてくれる〜」


「うっ、きついです・・・・」


「そうそうそう言う感じ〜・・・・やばい、涙でそう・・・・あの〜お願いなんだけど〜『あなたのハートに、ハッピーあげますっ!』って言ってくれる?」


「「あ、あなたのはーとに、はっぴーあげますっ!」」


「はううっ!もう・・・死ねる・・・・」



千秋が目覚めた時、目の前には天使が心配そうな、本当に心配そうな目をして見つめていたのである。千秋は即座にここは天国だと悟った。しかしどうやら体をつねったら痛かったので夢ではないらしい。となると多分ここは現実なのだ。


現実に、二人の、天使がいたのだ。


千秋はガバッと起き上がり、二人を家の奥にすぐに上がらせ、そしてすぐに二人に対して「このポーズしてみてっ!」とある雑誌を見せながら告げたのである。


ミリエルとアイヒスは突然回復したかと思えば唐突に自分たちに指示してきた千秋に対して困惑が隠せなかったが、とりあえず勢いに負けてこれを承諾。以降、二人は一時間以上そのポーズをさせられているのである。


ちなみにそのポーズとは、千秋が愛してやまないというアニメ『魔法少女ハッピー☆メイ』に登場する主人公の魔法少女メイとその友達であり、物語中盤で敵として登場しつつも最終的に味方になってメイとともに戦うことになる魔法少女アンリの二人の変身完了のポーズなのだという。ちなみに先ほどのセリフは彼女たちの決めゼリフだとか。


ミリエルは主人公メイのポーズで、右手には千秋自前の変身ステッキを持ち前に突き出す形で固定、左手は目元のあたりでピースサインを作り、さらに右足は折り曲げて左足で片足立ちという状態である。服装は白いワンピースにグレーのパーカーというラフな格好をしているものの持ち前の神秘的な容姿もあってとても可愛らしいポージングに見える。


一方アイヒスは友達のアンリ役。右手には同じく千秋自前のステッキを天高く掲げ、左手は腰、両足は多少開きつつ少しだけ膝が曲がっているというちょっと空気椅子と似たような状態でじっとしている。もともと灰色のローブのようなものを着ているため、魔法少女というよりかは魔法使いという感じに見える。


二人は異世界生物特有の身体能力の高さもあってこのポーズのまま休憩なしで一時間以上静止していたのである。しかしそろそろアイヒスの方は限界のようで、体全体がプルプルと振動しだした。


「・・・・・もう、だめです」


そう言ってアイヒスはドサッと音を立て、床に座り込んでしまった。その表情にはかなりの疲労が溜まっていることがしっかりと確認できる。


「あっ、ごめんねアイヒスちゃん〜休憩とるの忘れてたよ〜大変だったよね〜」


アイヒスがダウンしたことで自分の世界から帰ってきた千秋は配慮が足りなかったことを謝罪した。そしてとりあえず一旦休憩することになり、今は片付けられていたちゃぶ台を設置してその上にジュースやお菓子などを置いて二人に座るよう促した。


二人は今まで見たことない食べ物に興味津々で、それらに手を伸ばそうとはせずに珍しそうに見ていた。千秋は二人のキョトンとした表情が面白いなと一人笑いつつ二人に「遠慮せず食べて」と伝えた。


二人は千秋の言葉で一斉にお菓子に手を伸ばし、そしてミリエルはチョコレート、アイヒスはおせんべいを一口パクリと食べた。


二人は食べた瞬間、目を大きく見開いて驚きを表す。


「な、なんなのこれは!?甘い、甘すぎる!?美味しい!!」


「なんですこれは!?歯ごたえがあってしょっぱくてやみつきになる味は!?」


「あれ、食べたことないの?ミリエルちゃんのはチョコレート、アイヒスちゃんのはせんべえっていうんだよ〜」


「ちょこれーと・・・・おのれ未治、こんなものあるなんて言ってなかった」


「せんべえ、ですか・・・・これはいいことを聞きました」


「あの〜これ全部食べていいから・・・・喧嘩しないでね?」


「「いただきます(です)!」」


千秋には二人がお菓子の名前をつぶやきながら謎の暗いオーラを発しているように見えた。おそらく犠牲になるのは彼女たちが住む家の家主なのだろう。


(まぁそもそもこんなお菓子すら知らない子達だったししょうがないよね?未治君ごめん・・・・)


千秋はとりあえず謝っておいた。心の中の未治に。千秋の中の未治は喜んで許してくれているが現実はどうだろうか。千秋には予想がつかなかった。いや、嘘だ。多分怒られる。怒られるビジョンしか浮かばない。


「と、とりあえず今日のところは一瞬だけもう一度あのポーズしてもらってもいい?写真に収めるから。ごめんね〜こんな大変なこと任せちゃって。今度美味しいご飯作って持っていくからね〜」


「いいのよ別に。未治をいつも助けているらしいし千秋にはこれからもお世話になるだろうからね。そのしゃしん?っていうのは私たちを瞬時に絵にしてしまう道具だと未治から教わったわ」


「そうだよ〜全く〜ミリエルちゃんは可愛いなぁ〜」


「ちょっ、やめなさいって!頭なでなでしないで!」


「え〜いいじゃん〜アイヒスちゃんも〜」


「わわわっ!!何するですか千秋!?」


まだ出会って数時間しか経っていないはずの三人はすでに名前で呼び合うほどの仲になっていた。しばらくごっちゃになってじゃれ合う三人であったが、数分して千秋がとりあえず満足し二人を解放した。その後、二人の髪が少しボサボサになってしまったため、千秋がちゃんと髪をセットしてからもう一度撮影することとなった。


撮影が終わり、何だかんだお話ししたりもあって夕方に差し掛かったのでそろそろ隣の部屋に帰ろうとした二人に千秋は先程撮った写真をそれぞれ一枚づつ渡した。二人とも満面の笑みでポーズをとっている写真であった。結局のところ二人も楽しんでポージングしていたのである。


「また今度お願いね」


「ええ、流石にもうこりごりだわ」


「そうです。疲れたです」


「まぁそう言わずに、ね。それに何もなくても遊びに来ていいよ〜」


そう千秋が言うと二人は笑顔で帰っていった。


千秋は二人が部屋に消えたと同時にその手を下ろし、自分も部屋に戻ろうとドアを閉めようとドアノブに手をかけそれを引いた。


しかし、ドアが完全に閉まる寸前複数の足音が階段をコツコツと鳴らす音を聞きつけた。千秋は、その音に心当たりがあり、ちょうどが帰ってきたかとあの少女たちと鉢合わせなかったことを安堵しながらドアノブを押してもう一度完全に開いた。


「お帰り〜みんな〜」


「ただいま戻りました。千秋」


「全く込みっ込みだったんだよ〜」


「こらっ!、アンスリー。そういうこと千秋に言わないの!」


「え〜だってアンフォーが〜」


「私は関係ない。濡れ技。アントゥーの仕業」


「わわわ私!!何かしたっけ!?あわわわアン助けて〜!」


「全く・・・・・すみません千秋。騒がしい姉妹で」


「いいのいいの〜騒がしい方が楽しいしね〜」


千秋がそう笑顔で語りかけた者達は四人の容姿が似た女性だった。一人は真面目そうな印象。一人は活発で子供っぽい。一人は寡黙で多くを語らない。一人は恥ずかしがり屋で誰かの後ろに隠れている。


容姿はほとんど同じなのに性格がバラバラな薄緑色の髪をした四人の姉妹は全員それぞれ食材がいっぱい入ったビニール袋を持って階段を上がってきた。千秋はそんな四人がこのドアまで来るのを待った後に、自分の部屋へ入るように道を開けて促した。


「・・・・ふぅ〜あぶないあぶない。あの子達とをあまり会わせるわけにはいかないわよね〜明らかに彼女達は異世界生物のようだったし。普通あんな絶世の美少女たちが現実で生成されているわけないものね〜」


実は異世界生物たちがこの世界で出会う分には全く問題はなく。戦闘がしたければ『小さき戦場リトルガーデン』で遭遇するしか方法はないため全く問題はないのだが、千秋にとっては厳重に注意するべきこととして徹底して彼女たちをはち合わせないように工夫していた。


「それにしてもまさか未治君も"契約者"だなんてね〜あの子たちは一体どんな種族なのかなぁ〜」


外見は自分の異世界生物同様人間に似ているため大体は絞れるもののその中で一体どれなのかまでは見当がつかなかった。だが千秋は過剰な詮索はせず、もし自分が"契約者"だとバレた時に話せばいいかと軽い気持ちでとりあえずいることにした。


「ま、未治君とは停戦協定でも結んどこうかなぁ〜」


千秋はそこそこの順位にいつつも自分たちが強いとは思っていなかった。しかし千秋だって負けるわけには行かない理由があるのだ。そのためにもなんとかしてあの世界で生き残るために様々な策を講じて危険な橋を渡らないようにしているのだ。


全ては・・・・自らのけじめのために。なんとしても。せめてあと一年は生き残らねばならないのだ。


「おーい千秋ーご飯作ろー」


「・・・・は〜い今行きま〜す」


一人外で今後のことで物思いにふけっていた千秋は部屋の方から聞こえてきた声に答えるとドアを今度こそ閉めて自分も部屋に入った。


果たして、未治のお隣さんである神田 千秋も異世界大戦の参加者であることを未治が知るのはいつになるのだろうか。それは今後のお姉さんたちのさじ加減次第である。

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