第37話魔法使いBravery その6

ドラゴン


それは世界で最も幅広く知られている有名な空想上の生き物である。その姿、形、伝承は地域によって様々である。


アジアでは細長いヘビのような長い体。

ヨーロッパではずっしりとしたトカゲのよう。


財宝を好み、住処には沢山のお宝が眠っている。

神に近い存在であり、よく悪の権化として出現する。


7つの球体を集めれば願いを叶えてくれる願いの化身。


エトセトラエトセトラ


現在も増え続ける数多の空想生物の中でもここまで種類が多いものは他にはいないであろう、とても不思議な生物である。


・・・・なぜ、ドラゴンは多くの種類がいるのだろうか。普通空想上の、実際に見たことのない生き物がここまで多くのタイプに分かれることはあるのだろうか。



あるいは、本当に実在し、この目で見たものが書き記したのだろうか。


☆☆☆☆☆


「おいおい・・・・・・嘘だろ・・・・」


俺は目の前の光景を疑った。先ほどまでこんな巨大な生き物など全くいなかった、それが突然姿を現したのだ。俺の目は節穴すぎたのか。


「いや、んなバカな・・・・上を見ながら走ってたんだし・・・・」


しかし、見えるものは見えるのだ。真紅色の鱗に全身覆われ、頭には二本のイカツイ少しねじれた角、蝙蝠のような皮膜の翼は時々細かくはためいている。まるで宝石がいくつも重なったようにギラギラ光る目は真っ直ぐに俺たちを見つめている。


どうやらヨーロッパなどの伝承に出てくるようなタイプのようだ。なぜか親しみすら覚えるほど、典型的なドラゴンのイメージ通り。数多のタイプの物語の中でもよく見るトカゲに似たような姿をしている。


そして典型だろうがなんだろうが、全てのドラゴンの共通点が一つ。


絶対的強者


無謀、無敵、そんな他を寄せ付けない風格とプレッシャーを俺たちに叩きつけている。下手をしたら気を失いそうなほどの恐怖。立っているという感覚すら、今の俺には感じられない。


「・・・・・・異世界順位第4位『ドラガリオン』・・・・」


俺の横でミリエルはそう呟く。


「第4位・・・・・ミリエルたちより一つ下か・・・」


「ええ、かつて大戦後に『天使ヴァルキュナス』に侵攻してきた中でも最も脅威となった種族よ。"龍"は今の順位に納得してない・・・・・常に私たちの順位を虎視眈々と狙っているのよ」


ミリエルは俺に言葉を返しながらも俺をかばうように前に出た。


「・・・・・もうダメです・・・・無理です・・・・不可能です・・・おしまいです・・・・」


一方、俺と少し離れた位置では、先ほど激突したフードの人が頭を抱えながら絶望が隠せない嘆きのつぶやきを繰り返していた。


そんなフードの人の方を、ドラゴンは睨みつける。


『もう良いではないか。貴様の死など、我に出会った瞬間から決定づけられておるのだ。大人しく我の炎で灰となるがよい』


ドラゴンはフードの人に向かって何やら肉声ではなく、脳に直接響くように言葉を紡ぐ。口が動いていないのに喋ってるなんてなんかおかしいな。というか喋れるんだ・・・・


フードの人はあまりの恐怖のせいなのかお尻をつけた座り方をしたまましばらく動かなかったのだが、なんとか少しづつ立ち上がり体をドラゴンの方に向けた。


「・・・・・・いや・・・・いやです。私はまだやらねばならないことがあるのです!!あなたの炎なんてお呼びじゃないです!!」


フードの人はすごいかすれ声だけど頑張って去勢をはっている。全身の震えが見てわかるくらい半端ない、温泉に入った後とかのマッサージに使ったらちょうどよい振動で疲れも取れそ・・・・ってそうじゃない。


というかなぜこのドラゴンは人間を狙うようなことするんだ?普通ならこいつの異世界生物がなにもかも放り出してこの人を守りに来るはずじゃないのか?契約者がやられたら元も子もないのに・・・・そもそもこの人の契約した異世界生物を俺は一度も見ていない。交戦していたかと思っていたがドラゴンがここにいる以上それはありえない筈・・・・どういうこと?


『ふむ・・・・そうか。ならば我が炎を持って苦痛を受けて死ぬがよい!』


「待て」


俺がフードの人の正体を推し量れずにいた時、ついに探知にかかった三つ目の存在がドラゴンの行動に待ったをかけた。


その正体は、人間。


そいつは白いシャツにベージュのジャケット、それに黒いジーンズをはいた姿で、ドラゴンの肩のあたりから直立で姿を見せた。ドラゴンが何かをしようとしたのを止めたのもそのものだったと思う。


俺はその姿をどこかで見たような気がした。いや、見ている、か。まさしく今日あったうちの一人であることは明確だった。


その人は俺の顔を見るなり、目を見開き絶句していた。そして俺も同じくその正体がわかって呆然とする。


「・・・・・・・・は・・・・や・・・て」


「未治!?なぜお前がここにいるんだ!?」


お互いがお互いの存在に驚愕する。


そう、ドラゴンの肩に乗った状態で俺の目の前に現れたのは、なんと俺と同じクラスの浅間 疾風だった。


いやいやおかしいだろ!流石にこんなことってあるか!学校で俺が一番親しく話せる奴がこんな得体の知れないゲームの参加者だったなんて想像できるわけないだろ!


俺は度重なる重大情報の数々でこの世界で何度目かのオーバーフロー状態に陥っていた。



しかし疾風の方は素早く正気に戻ったようで、俺を一旦無視してフードの人に告げる。


「・・・・・残念ながら鬼ごっこは終わりだ。大人しく死んでくれ」


「どうして!?どうして私を狙うのです!?私を倒すよりも"小鬼"を倒した方がよっぽどポイント稼げるはずです!!」


「ポイントがもらえることに変わりはないだろ・・・・それに、を生かしておく気はない。お前たちは俺が倒す」


疾風はそう言うと、ドラゴンに向けて「やれ」と一言合図する。するとドラゴンの口からあふれんばかりの高熱が生成されていく。


疾風はフードの人へとても冷たく、まるで無機物を見るかのような目を向けていた。躊躇することなど、万に一つもありえないとでも言うかのように。


「そんな・・・・・いや・・・いやだぁ!!・・・・死にたく・・・・ないです・・・・」


目の前の絶対なる"死"に逆らうことができないフードの人はもうなすすべもなく涙を流す。あらゆる手段はすでに無効化され、もはやその口から放たれるであろう灼熱に身を焦がすしかないのである。一切のあがきなど、この絶対的強者には無力に等しい。










「治・・・・・未治!?聞こえてる!?」


「・・・・・はっ!!何が!?」


「何が!?っじゃないわよ!!しっかりして!!あいつ何か動き出すわよ!」


ミリエルの声でようやく正気を取り戻した俺は、目の前のこの状況を掴むために思考をフル回転させる。


ひとまず、疾風は契約者だった。おそらくしなくとも相棒はあのドラゴン。そして疾風たちはなぜか異世界生物ではなく、あのフードの人、つまり人間を襲おうとしている。さらに疑問なのがフードの人の異世界生物の所在だ。なぜ現れない?もしかしたら俺の最初の時と同じように迷い込んだだけなのもしれない。そうだとしたらあの人はゲームに関係ない。それに微々たるポイントでしかない人間を直接狙う意味もわからない。


そしてそもそもあまりにも疾風らしくない。少なくとも今日の疾風にはそんなことするような冷酷なやつではなかったと思うが・・・


「よお疾風、なんだか穏やかじゃない感じだけど、どしたの?」


俺は様々な思いがこみ上げてくる中、ようやく疾風に声をかけることにした。その時にはドラゴンの口の中から少量の炎が飛び出していたが、一旦疾風が指示したのか炎を口の中へと引っ込めた。


「・・・・未治も、このゲームの参加者だったのか」


疾風は数秒前よりはマシなくらいの穏やかな顔を作って俺の方を向く。


「うん、といってもまだ始めて一週間ちょっとだけど」


俺はそう言いつつ、フードの人の方へ足を進める。確かめなければならないことがあるためだ。


「な、何です?近寄らないでくださいってさっき言ったです」


フードの人は俺が近づいてくると手で近寄るなと合図するようにブンブンと振る。しかし俺はそんなこと御構い無しにブカブカのフードに手をかけ、そのまま一気にフードをとった。


その外見は・・・・・やっぱり人間だった。


フードで隠れていたため少し崩れてボサボサっとしているが、目が隠れる寸前くらいで短く切りそろえられた艶のある緑色の髪、透き通るような翠の瞳、多少のあどけなさは残るものの、不純物のない透き通った肌に美しい目鼻立ち。


角とか羽根とかはもちろん生えていない、少し髪と瞳の色が気になるがれっきとした人間の女の子である。


「いや・・・・・なんなんですかあなたは・・・・いきなり私のフードとって・・・・変態・・・」


フードの人、もといローブ姿の少女は涙目で俺に抗議する。恥ずかしがっているのだろうか俺に対して顔を背けている。


・・・・ちょっとかわいいとか思ったのはもちろん墓まで持っていくつもりだ。


「あ、いや、そう言うわけじゃないんですけど」


「みーはーるー?」


しかし、現実はそう甘くない。まるで浮気現場を目撃した妻のようなオーラを放ちながらミリエルが俺の後ろで佇んでいた。


「・・・・この場合ミリエル様って呼べばいいのかな?」


「・・・・今、その子のことかわいいとか思ってたでしょ」


「・・・・はい、思いました・・・」


俺は知っていた、ここで誤魔化しは効かないと。こういう時のミリエルは俺の事をなんでもお見通しなのだ・・・・ああ、俺のお墓はどうなってしまうのだ、このままミイラはお国柄的には嫌なんで勘弁してください。


「こほん。話がそれに逸れた・・・・君はなんでドラゴンに襲われていたのかを聞きたかったんだよ」


俺は大嵐へと猛スピードで進む船を舵が折れるギリギリのラインで力一杯切るくらいの勢いで話の軌道修正を行った。


「じゃあなんで私のフードをとったんです?やっぱり変態です」


「そうよ未治!ちゃんと説明してよね!」


「・・・・・なんでミリエルまで」


しかし、そんな強硬手段ではフードの少女と浮気を問い詰める妻風天使の犯罪者を見るような目はやめてくれなかった。世の中って世知辛いね!


「本当に人間かどうか調べたかったからだよ。フードをとって確信した・・・・だからこそ疾風がこの子を狙う意味がわからないんだ」


「は?人間?」


「え?」


ミリエルは俺からありえない言葉が飛び出して何が何だかわからないと言うような間抜けな声を出した。


「人間って・・・・誰がよ?」


「誰って・・・・この子でしょ。どう見たって人間じゃん」


「いや、その子


ん?なんだか話が全く噛み合わない。というかこの子が異世界生物???


「え?なんでそう?」


「だってその子から魔力ダダ漏れよ。確かに外見は人間、だけど体から魔力を放出するなんて普通の人間にはできないもの」


「いや、俺にはただの人間にしか見えないけど」


「ふっふ・・・・どうやら今度は未治に私がみっっっちり教えてやる番ね」


そういうとミリエルは途端にドヤ顔を作り出し、俺の前で腕を腰に当ててふんぞり返る。


めっちゃムカつく。


「あとでちゃんと異世界生物について学びなさい・・・・この子は異世界順位第100位『魔法人マギア』。『イマジナル』の中でも最弱の順位をもつ、魔法以外なんの力も使うことができない種族よ」


「・・・・誰だか知りませんがそんな紹介しないでください。私にはちゃんと"アイヒス"という両親からもらった名前があるのです」


異世界順位第100位


そう紹介された少女は不満顔でさっきから傍観を貫くドラゴン達のことを忘れているのだろうかなんの苦労もなく立ち上がって俺を睨みつけた。

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