第38話魔法使いBravery その7

「この子が異世界生物だって!?・・・・それに異世界順位第100位!?」


「さっきから100位100位って・・・・失礼な契約者です!私はれっきとした"魔法使い"。誇り高き異世界生物なのです!!」


俺は信じられないと言うような顔で目の前のプンプン怒っている小柄な少女を見ていた。


魔法人マギア』・・・・魔法使い、か。てっきり俺は異世界生物全てがミリエルに羽が生えているように人間とは違う外見なのかと思っていたのだが、ミリエルの言うことが正しければ、この子は魔法が使えるがそれ以外はただの人と変わらないということになる。


「あれ?でも俺たち今まで"魔法人"と出会ったことなんてなかったよね?"小鬼"より順位低いのに」


「それは・・・・色々事情があるのよ」


本来一番順位が低いなら、こちらに来れる個体数は"小鬼"よりも多いはずだ。なのに、俺はこの種族に初めて遭遇した。もしかして何か理由があるのではとミリエルに聞いてみたら一応事情はあるらしい。


しかし今はそれどころではなかった。


「どいてくれないか。未治」


不意に声がする方へ顔を向けると、そこには先程まで傍観していたドラゴンと疾風がいた。


「俺はその野良の異世界生物を倒してポイントを手に入れたいんだ。だからそこから離れてくれないか?」


『最も、我の炎に焼かれたいというなら話は別だがな』


「黙れ、フレイム。口出しするな」


疾風は"フレイム"と呼んだドラゴンに向かって苛立ちを込めた命令を飛ばす。俺らと違ってあまりいい関係とはいえなそうだ。


「ピィィィィィィイ!!そういえば忘れてましたですぅぅぅぅ!!」


一方魔法使いだと言う少女"アイヒス"は先程まですっかり忘れていたドラゴンの存在を思い出し、またしても全身をガクガクさせながらぺたんと座り込んでしまった。目には涙をためて絶望の表情を浮かべている。

さっきから怒ったり怖がったりと情緒が不安定すぎる・・・


「なぁ疾風・・・・どうしてこの子を狙うんだ?なんだかひどく怯えられてるじゃん。疾風ってこんな泣いてる子を追い回すようなタイプだったっけ?」


俺は普段の疾風とは違う姿に困惑しつつも少しおどけた調子で疾風に質問した。しかし疾風の顔は深刻なままだった。


「何を言ってるんだ未治。そいつは異世界生物だ。だからポイントのために倒すのは当たり前だろ?」


「確かにそうかもしれないけど・・・・それでもかわいそうとか思わないの?それにこの子は"小鬼"とかと違って戦意は無いんだし・・・・」


「それでも関係ない。俺はそいつを倒す。たとえ泣き喚いていようが、ね」


この容赦のなさ。どうにも疾風らしくない気がする。


それに俺は敵意を向ける相手には容赦はしないが、それ以外の戦闘の意思がないものとは別にことを構える必要がないと言う主義だ。これは戦時中なら甘い考えだと罵られるかもしれないが、今の時代なら当たり前のことだと思っている。だからこそ疾風の行動には大きな疑問を感じた。


「・・・・どうしてそこまでするんだよ」


俺は考えていた疑問の言葉をそのまま疾風に向かって言った。あくまでもお互いのことを少しはわかっている仲だと思って言った疑問の言葉。


しかし疾風の回答は無慈悲だった。


、未治。そこを退かないと言うのならお前も倒さないといけないのだが・・・・早くそこをどいてくれないか?」


「・・・・関係・・・・ない?」


俺は確かに自分の心の温度が下がったのを知覚した。


普段はあんなに俺と一緒に笑ってくれる疾風が、今はとても遠く感じていた。まるで赤の他人のような目で俺を見つめていると感じてしまうほど、目の前の人物が疾風なのかわからなくなる。


俺はそんな疾風に対して、少し苛立ちを覚えた。


「おい疾風、なんでそんなこと言うの?・・・・関係ないなんて事情を知らないとわかんないだろ」


「事情を知らなくてもわかるさ・・・・お前は俺たちと出会ってまだ一週間しか経っていないんだから」


「それでも!それでもそんな言い方ないだろ!!なんのためにお前はこの子を・・・・・ポイントを欲しがっているんだよ!!金がいるような事情でもあるのか!?・・・・また誰かを助けるために!」


「っ!?」


俺は疑問の仮説の一片を口にした。疾風なら誰かのために自分を犠牲にすることを厭わないと知っていたから。だから私欲のためではなく、他人のためにポイントを稼いでいるのではないかと予想した。


疾風は少し驚いた顔をしたものの、俺から目をそらし拒絶の意を見せる。


「・・・・未治に言ったところでどうなるかなんて変わらない。だから未治は大人しくそこをどいてくれればいいんだ」


「さっきからどいてくればっかり!!なんで話してくれないんだよ!?・・・・・俺たちは少なからず息の合う仲だと思ってた。話題だってお互い弾んだ。短い仲だけどお互い助け合うこともあった。少なからず俺は・・・・お前のだって思ってたんだ!!俺がいつもと違うお前のことを心配して、もしかしたら力になれるかもしれないなんて思っちゃダメなのかよ!!」


俺の言葉に一瞬疾風は悲しそうな顔をした気がした・・・・それでも一瞬すぎて本当にそうだったかまではわからない。


「・・・・それでも引き下がってくれないか、未治。俺はやらなくちゃいけないことがあるんだ・・・・・救わなくちゃいけないもののために俺は"悪"と戦っているだけなんだよ」


「・・・・・異世界生物は、お前の言っているような"悪"なのか?」


「ああ、そうだ。俺はこの世界で"フレイム"という力を手に入れた。この力を使って俺は目的の障害となるものは倒す。そいつはそのための段階にすぎない・・・だが逃せばまた目的から遠ざかってしまうんだよ。だから早くそこをどいてくれよ!!でないといくら未治でも容赦はしないぞ!!」


疾風の言葉には迷いがなかった。まるで当たり前のことを言っているかのように、まるでそれが最も正しいと信じて疑わないかのように。


・・・・・少し、違和感を感じた。違和感というか、若干の嫌悪感。自分は正しいことをしているのだから咎められる筋合いはないというような、苛立ちを含んだ目をしている。


ああ、そういうことか。


あの時もそうだ・・・・お昼休み、あいつは俺が先生を呼んでくると言ったにもかかわらず自ら屋上の柵を超えるという危険を冒した。あの時も俺に対して文句はないよなと言わんばりの口調で「危ないだろ!」と怒る俺の話に聞く耳を持たなかったのだ。


今思えばそうだ・・・・疾風はなんというか英雄願望みたいなところがあったのだ。困っている人をよく助けているのも、自分が英雄になりたいという願望に乗っ取った行為だったのかもしれない。さっき疾風は異世界生物を"悪"と断じていた。一度"悪"と定めたなら容赦はしない、そんな歪んだ正義感を疾風は持っているのではないか?それも自らの正義ではなく、多数が賛同するような、みんなから賞賛されるような正義を、疾風は信じて疑わないのではないか?


・・・・・と思考していたが、俺はそんなよりも疾風にとって俺は取るに足らない関係だったということにショックを受けていた。確実にあいつは何かに悩んで、それでも一人でやり遂げようとしている。俺の力など必要ないと言わんばかりに・・・・


「わかったよ。疾風」


「そうか・・・・今日はお前と戦う気は無い・・・今度会った時には正式に戦おうぜ」


「その必要はないよ」


俺は一歩前に出た。使


「・・・なんのつもりだ。未治」


疾風はまるでアイヒスをかばうかのような未治の行動に剣呑な目で睨みつけた。


俺は先程より数段冷めた声で疾風に向けて答える。


「決めた。俺はこいつと契約する」


「・・・・は?」


「・・・・ひぇ!?」


『・・・・ほう』


俺の宣言にさっきまで口を挟まないでいた異世界生物の皆さんは三者三様の反応を見せる。アイヒスに関しては一番驚いた顔をしている。


「・・・・ふざけんじゃねーぞ未治!!」


疾風は未治の言葉に苛立ちを隠さなくなった。


「お前・・・・そうやって怒るのか」


「寝言言ってないでそこどけっつってんだろ!!なんで俺の邪魔をするんだよ!!」


「俺だって契約者だからだよ。こいつは俺のチームに必要かもしれないから契約するってだけだ。当たり前だろう?」


「こいつは最弱種だぞ!!普通契約するなんてことはしないだろ!!それに契約といってもそんな簡単にできることじゃないだろ!!」


「え?そうなの!?・・・・で、でも俺はこいつと契約するって決めたから」


ちょっと威勢が削がれてしまったが落ち着いた口調で俺は疾風と向き合う。


「ミリエル・・・・準備」


「・・・・後でその真意、聞かせてもらうわよ未治!」


俺はミリエルにある準備を指示する。それはこの混沌とした情勢を一気に解消する画期的な策。


「・・・・くそっ、そこまで言うならお前もろとも倒すだけだ!フレイム!!」


『ようやくか・・・・すまんな人間。これも契約者の望むことなのだ・・・・・それに我は初めから貴様たちを逃がすつもりはなかったしなぁ!!!!』


フレイムは再び口の中を灼熱で埋めていく。それに合わせてフレイムは体をのけぞるようにして思いっきり息を吸い込んでいるようだ。もうあふれんばかりの炎が漏れ出していて、すでにあたりの温度は高温で溶けそうになっている。


そして勢いよく前にその口を突き出した瞬間、その炎はついに解き放たれた。


『フレアドガ・ノヴァ!!!!』


激しい閃光が辺りを一瞬で走り、地表をドロドロに溶かしていく。触れていないはずの電柱や家屋までも、電柱はロウソクのように、家屋はホールケーキのように、あたりの温度の高さにその形状を流動的なものに変化してしまう。当然生物は一瞬にして蒸発してしまうだろう。


まさに絶対的強者が放つ、一撃必殺の攻撃。


・・・・しばらくしてフレイムは攻撃をやめた。攻撃した方向は全て何もない更地になっており、その余波で周りも壊滅的な被害を受けていた。おそらく、東京の半分ほどは今でも火事が起きているほど広範囲にその灼熱は広がっていた。


生き残ることなど絶対に不可能な一撃。それでも・・・・


「どうしてポイントが入ってこない!!」


疾風の『デモギア』には1ポイントたりとも加算されることはなかった。


『・・・・どうやらまんまと逃げられてしまったようだ。余波で誰も死ななかったと言うことは今日は契約者も野良も少なかったらしい・・・それにしてもあやつら、我の一撃から逃げおおせるとは、それでこそ我が倒すべき"天使"の実力よ。これくらいで死んでしまっては張り合いがない』


「ふざけんなフレイム!!」


ガンっ!!


疾風は怒りのあまりフレイムの体に蹴りを入れた。それから何発か拳でも・・・


「お前がもっと早く撃っていたら!きっとあそこで仕留められていたはずだろ!!お前のせいだフレイム!!」


『・・・・ふむ。いささか言いがかりがすぎるな我が契約者よ。お前があそこで我を止めていなければ我は躊躇なくやつを仕留めていた。故にお前の判断による結果ではないか』


「うるさい!!口答えするな!!!!」


『・・・・全く、傲慢な契約者であるな。そうやって自分の罪から逃げ続けるのか?我が契約者よ』


「うるさいっつってんだろ・・・・くそが・・・・」


そこに残るのは、虚無感と失望。


何もない静かな東京に、ひとりの叫び声が響き渡った。

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