第34話魔法使いBravery その3

「・・・・・どう?」


「・・・・・」


その部屋は静寂と緊張に包まれていた。あかりはついていない、ただ日が落ちる直前の夕日のみが部屋にいる二人の像を照らしている。


一人は自らの成果を信じ、緊張な面持ちである言葉を待っている。


一人は一枚の紙を見つめ、目の前のもう一人の処遇を決める宣告を行おうとしている。


日が落ちる。あたりは暗闇に一歩ずつ近づいていき、二人の像が闇に飲まれていく。この二人の緊張感などお構いなく今日という1日が終わっていく・・・・


すると紙を見つめていたものはゆっくりと顔を上げ、緊張で少し力んでいるもう一人の目を見る。見つめられたその人は祈るように手を組んだ。その姿は今から自らに下される信託を待つ聖女のような佇まいであった。


そして、今その言葉は紡がれる。


「・・・・・・ギリギリ合格かな」


「・・・・・・・やっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったぁぁぁぁーーーーー!!!!」


・・・・放課後学校から帰ってきた俺は、一週間前に約束していた通りミリエルの常識力テストを行っていた。


点数は・・・満点とはいかなかったけれど、この調子ならまた次もしっかり勉強してくれるだろう。


「わーいわーい!!」


ミリエルはあまりの嬉しさにベッドの上でトランポリンのようにぴょんぴょん飛び跳ねている。余程合格できたのが嬉しかったのか・・・・ホコリが舞うからやめなさい。


「よく頑張ったじゃん。一週間でこの点数ならまぁすぐにでも一人で外に出られそうだね」


「フフン・・・この私にかかればこんな問題楽勝よ」


実際ミリエルは読んだ本の内容を人間と同じくらいの速さでスラスラと記憶していた。どうやら異世界生物が人間よりも知能が低いのではなく、単に『イマジナル』の教育水準の低さにあるのだろうと俺は予想づける。


つまり、異世界生物でもこの世界の教育を受ければ人間よりも賢い存在になれるかもしれないと言うことである。


この情報は俺にとってとても貴重なことである。異世界大戦は、契約者一人につき最大4体までの参加が認められている。将来的にはあと3体の異世界生物と契約したいところであるが、その中でも一体は参謀のような役割ができるやつを欲しているのだ。


俺は頭で戦略の大筋を練っている時、あらゆる感覚がミュートし、余程のことがない限り俺は何も話せず、聞こえない状況になるのだ。その間、俺の代わりになって戦況を維持できるよう俺の持つ知識をある程度すぐ理解できるやつが必要なのだ。


ミリエルはたしかに物覚えは良いが、俺の作戦についてたまに理解していないままただ指示に従うこともしばしばあり、こいつを一から指揮官もどきに鍛え上げるのは相当面倒臭い。なるべく異世界生物の中でも知能の高い種族を仲間にしたいところである。


「といっても・・・・なかなか野良には出会えないんだけどなぁ〜」


「当たり前よ・・・・野良の異世界生物は大体『イマジナル』からやってきたばかりのものばかりで、毎回送られてくる数も限られているわ。契約者が増えるにつれ、異世界生物も呼ばれているみたいだけど、普通異世界生物はこちらに来て真っ先に契約者と契約するものよ・・・・それでもなくさまよっているものなんて下位の異世界生物くらいしかいないわ」


「下位、ね・・・・・たしかに異世界順位第98位『小鬼ゴーブル』とか97位『犬鬼コボルータ』とかはよく見るけど・・・・あんなの仲間にしてもなぁ〜」


ここ一週間、『小さき戦場リトルガーデン』に滞在していた中で、最も出会った異世界生物はこの二種類だった。98位『小鬼ゴーブル』はよく言われている名前ではゴブリン、97位『犬鬼コボルータ』はコボルトに値するものたちだ。いずれもよくRPGなどで見かけるおなじみの雑魚モンスターとしてこの世界では親しまれている。


この二種類は順位が最下層に位置しているため、『イマジナル』から大量に『小さき戦場リトルガーデン』へと送られるのだ。しかし、残念ながらこれらと契約するものは誰一人いないのは予想できるであろう。契約者たちにとって、これらは格好の野良ポイント稼ぎ対象となっているのが今の現状だ。


「ミリエルだって、ああいうのが同じチームだなんて嫌でしょ?」


「当たり前でしょ!あんなのと私を一緒のチームなんかに入れたら絶対刺すから!!」


「あはは・・・マジそうなんだよなぁ」


目が笑ってないもん。


「ところで、頑張ったミリエルにはあとこれとこれを読んでもらうからね」


「うへー、増えたー」


さっきのハイテンションは何処へやら、ミリエルは俺が追加の本を山積みになっている本の上に置くと途端にがっくりと肩を下ろす。よくやっていると言ってもまだ三分の一読んだかぐらいでミリエルの単独外出許可はまだまだ先になりそうだ。


「というわけで、俺は夕飯の買い出し行ってくるから・・・・頑張ってその本たち読むんだぞ〜」


「未治のアホ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


扉が閉じる瞬間までミリエルの悲鳴が聞こえていたな・・・・これもあいつのためだと思ってやっていることなんだ・・・・・ミリエルには精一杯苦しんでもらおう(邪悪な笑み)


ガチャ


「あら〜未治君。これからお出かけ?」


俺が買い出しに行こうとした時、隣のドアから出てきた女性が俺に話しかけてきた。


「あっ、こんにちは千秋ちあきさん。これから夕食の買い出しですよ」


「あ〜そうなの〜・・・・あっそういえば、確かこないだの残りが・・・・」


そう言って一旦家に引っ込んだのは、隣の家に住んでいる芸大志望のお姉さん、神田 千秋かんだ ちあきさんだ。彼女はお隣さんというわけもあり、お互い何だかんだいろいろ助け合ったりしている。今もおそらくまだ残っているおかずなんかを探しに言ってくれているのだろう。さっきから冷蔵庫内のかちゃかちゃした音が聞こえてくる。


数分後、戻ってきた千秋さんの腕には案の定3個ほどの小皿が抱え込まれていた。


「ほら未治君これ・・・・・昨日余っちゃったから食べて」


「これ・・・・筑前煮に黒豆、それに肉じゃが!?本当にいいんですか!?」


とても家庭的なものばかり・・・・さすがだな。


「いいのいいの〜未治君は私と違ってまだまだ育ち盛りなんだから〜・・・・それに、今朝私ゴミ出し忘れそうになったでしょ。未治君が教えてくれたおかげで忘れずに済んだから、そのお礼ね」


「・・・・じゃあお言葉に甘えていただきます」


「食べ終わった食器は洗って返してくれると助かるよ〜」


この場合あんまりもらい渋るのはむしろマナー違反である。俺もいろいろ助けてることもあるし、持ちつ持たれつって関係が大事なのだ。


「あとそうだ・・・・肉じゃが多めにしておいたから・・・・ちゃんと半分こするんだよ?」


「え?半分こですか?」


・・・・まさか


「言ってよ〜未治君。あなた女の子と同居してるんでしょう?」


やっぱりバレてた。


「あ、いや〜彼女は別にそういう関係じゃなくて・・・・そう!!親戚の子なんですよ〜しばらくの間預かっておくように言われてて・・・・」


「・・・・ふ〜ん・・・・・・ふ〜〜〜〜ふふ〜〜〜〜〜〜ふふふ〜〜〜〜〜〜ん」


「何ですかその鼻歌交じりなふ〜んは!!初めて聞きましたよ!!」


「まぁ私はその子に絵のモデルになってくれたらなぁ〜と思ってるだけだけどねぇ〜」


「千秋さん・・・・最初からそれが目的ですか・・・・」


「当たり前だよ〜!!私が見たのは未治君が出たあと少しだけドアから顔をのぞかせていた時だけだったんだけど・・・・可愛すぎるっ!天使かっ!!」


天使です。


「・・・・・まぁ今度本人に聞いてみますよ」


こうなっては仕方ないので、後でミリエルと帳尻合わせをすることにしてこの場は諦めた。


「はいはい〜よろしくね〜・・・・親戚の子のこと後で聞かせてね?」


そして千秋さんは自分の部屋へと帰っていく。絶対あの人面白がってんな。はぁ。


ガチャ


「あれ?早かったわね・・・魔法でも使った」


「使えないよそんなもの・・・・お隣さんにおかずもらったから後ご飯だけ炊けばよくなったんだよ」


「そう・・・・・もうお腹減ったわ〜」


「天使もちゃんとお腹減るんだよなぁ」


ミリエルは居候してから毎日俺と同じ時間にご飯を食べている。朝と夜、昼は俺がいないので基本的に食べてないという。異世界生物はたとえ天使だろうが悪魔だろうが・・・・人間に似たものは同じようにお腹が空くのだそうだ。なんとも生々しい要素である。


俺は炊飯器に研いだお米をセットして炊飯器のスイッチを押す。おっと忘れてた・・・


「ミリエル、おめでとう。君はお隣さんの絵のモデルに選ばれました」


「えちょっ、いきなりどういうこと?」


「明日お隣さんがもしいたら訪ねてもいいよ。ちなみに俺との関係は親戚の子ということになってるからよろしく」


「いやだから私まだいいって言ってな」


「いいっていうまでご飯炊けませーん」


「・・・・・わかりました」


ごめんミリエル、さぞかし困惑しているだろうが君なら俺たちの誤解をなんとかしてくれると信じてるからね!!頼んだよ!!

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