第17話天使Beginning その7
「あの指示・・・・あなたが?」
ミリエルは先程まで茂みに隠れていた少年の元へたどり着くと先程の指示について問いただした。
「うん、そうだよ。あまりにもピンチそうだったから何とかできないかなーって思ってた時にノイズのような音が聞こえて・・・・それでワンチャン伝わるかなと思って言ったらね・・・」
「そう・・・・ありがとう助けてくれて・・・・助けようとした人間に助けられるなんて・・・私は未熟」
「いやそんなことはどうでもいいんだよっ!」
助けようとした少年が逆に自分を助けたことに情けない気持ちに浸っていたミリエルだったが、そんなの御構い無しに叫びだした未治は少女の肩に手を置く。
「えっ・・・・えっ?何?」
あまりにも突然の行為にミリエルは困惑した。
(しかもなんだろう・・・・この肩を振りほどけない得体の知れない空気は・・・・逃げようとしても逃げられないんですけど・・・)
「お前・・・・俺がどれほどイライラしていたか・・・わかるか?」
「えっ?どういうこと?なんであなたがイライラするの?」
全くわけがわからないと言いたげな顔をしている天使の少女に未治はさらなるイライラを募らせる。
一方ミリエルはこの少年が自分に対してなんらかの怒りがこみ上げていることはなんとなくわかったが何か悪いことしたっけ?と首をかしげるばかりだ。
「・・・・まず質問」
「なっ何よ・・・・」
「君、単独での実戦経験ないでしょ?」
「っ!どうしてそれを!!」
ミリエルは自分の戦闘経験を看破されたことに驚きを隠せなかった。
未治は続ける。
「まず初撃、あれははっきり言って脳筋突進でしかない。」
「脳筋っ」
「いくら速さがあって避けられないとしても、事前に相手がくる位置さえ分かっていれば誰だって避けることができるんだよ」
「っで、でも!どこにくるかわからなければ・・・・」
「・・・・・・はぁ」
「なんでため息!?」
未治は目の前の少女のあまりのポンコツ発言にため息をついてしまう。ミリエルは全然納得してませんっ!という顔をしている。
「普通さ、自分の手駒の長所と短所ぐらい誰でも知ってるでしょ。君は最初の一撃どこ狙った?」
「それは・・・・装甲の」
「装甲の繋ぎ目・・・つまり関節のあたり、でしょ?」
「っ!どうして!?」
「どうしても何も、普通あのカニの弱点になりそうなところ探したらみんなあそこに行き着くでしょ。明らかに柔らかそうだし・・・・そして皆が気づくからそこは弱点にはなりえない・・・・」
そう言うと未治は少女に視線を送る。意図を察したミリエルはしばし考えた後はっと何かに気づいて答えをつぶやく。
「・・・・みんな狙うから対処済みってこと?」
「そういうこと・・・・よかった〜これすら答えられないと流石に引くところだった」
「・・・・さっきから私を馬鹿にしてばっかり・・・・」
ミリエルは不満そうな顔をして未治を見つめた。
「そりゃそうじゃん、それにまだまだ言いたいことはある」
「もっ・・・・もうこれ以上いいんじゃない?」
ミリエルはこのお説教がまだ続くのかと慌てて止めに入る。しかし未治は御構い無しに続ける。
「続いて二撃目、あれはもうフェイントじゃないよ。バレッバレだったからね」
「だっ、だって回転するんだったらその支柱を狙えば」
「だ〜か〜ら〜全部読まれてるんだって!!」
「ぜっ、全部・・・・」
ミリエル絶句。
「繋ぎ目がダメ、それなら当てる手段を次は考える。となるとあの回転の回避を潰してしまえばいい、と言ったところでしょ?」
「・・・・そうよっ!何か悪い!!」
なぜか意地を張って強気にくいかかるミリエル。
「悪いよ」
「あぅ」
しかしあっけなく未治が宣言することでミリエルの勢いはしおれる。
「全て相手が容易に、まさしく最初に対応するべき攻撃だ。なんだか君にとってまぁまぁな策に聞こえてるみたいだけどこんなのありきたりでなーんの面白くない愚策だよ」
ミリエルは言い返せない。反抗心はあるが正論であるがゆえに反論が思いつかない。ミリエルの精神はガシガシと削られる。
「後最後!!なんで突っ込むなんで中でもがく!!減速したならそのまま退避すればよかったじゃん!!」
「それはできなかったのよ!!いくら抵抗しても・・・・力が半減されてなきゃ」
「その力が半減とか云々とかどうでもいいんだけどさ、」
ミリエルの決死の言い訳もさらっと流され虚しく散っていく。
「海の大渦でも竜巻でも流れに逆らって進めばその分飛来物に当たって損傷するでしょ。流れには逆らわず外に外に行けば最小限の損傷で抜けられたはずだよ」
「そんなこと、あなたにはわからないでしょ!!」
言われっぱなしのミリエルは耐えられず少年に向かって叫ぶ。
しかし未治はなんの臆することもなくこう言い放つ。
「わかるよ。俺は君よりも、戦略のなんたるかを知っている」
「・・・・戦略」
そう、未治は戦略ゲームを気が遠くなるほどやっている。ゆえにあらゆる戦術を彼は記憶している。
それに、俺はあの巻物を解いた。東条家に伝わる兵法の書。東条流の指南書を。
故にこの助けは無謀なんかじゃない。しっかり俺が守れる範囲のレベルだ。それこそ、ゲームのように。
「最後の質問、あの装甲はどうヒビを入れたの?」
その時、少しだけミリエルの体が強張る。
「・・・・『
ミリエルは継承者としての責任を果たせず、己の無力さを嘆くように自嘲気味に話す。少し下を向いたその顔は、涙をこらえているようにも見えた。
「・・・・なるほどね、だいたい君の特性はわかった。君は遠距離でその天使の最終兵器とやらを打つ役割を任されてたわけか。それ故に矢面には立たず後方支援を主にしていたと・・・・合ってる?」
(っ!・・・・)
ミリエルは次々と戦場での自分のいつもの立ち位置をまるでそこで見ていたかのようにズバリ当てられていくことに戦慄し、同時に畏怖する。とても出会った頃の少年と同一人物などとは考えられなかった。
(これが彼の本性なの?・・・・さっきはあんなにボケっとした顔してたのに・・・)
「んで、後方支援とは言っても自慢の大砲のチャージかなんかで時間稼ぐ間、なんか他の支援・・・まぁ魔力とか言ってたし、支援魔法とかたくさん使えたりするんでしょ?」
「・・・・・なんだか気味が悪いわ。全部当たりよ・・・・」
ミリエルはせめてもの仕返しに悪態を吐く。あまりにも簡単に当てるものだからミリエルはちょっと悔しかったのだ。
「・・・・それは悪いね。・・・それで結論なんだけど、君は一点突破な技を持ちながら基本は器用貧乏、と言うことだね」
「・・・きようびんぼう?」
ミリエルは聞きなれない単語に首をかしげる。
「・・・・知らないんだったらいいや。あとで調べといて」
・・・・この後ミリエルは未治たちの世界で『辞書』というものを手にする、その時ミリエルが顔を赤くして未治の元に突撃するのだが、それはまた未来の話である。
「ま、いろいろグダクダと君に弁舌を垂れたわけだけど、結局のところ君一人ではあのカニには勝てないってことは言える」
ミリエルは自分の不甲斐なさについにこらえ切れなくなった涙がこぼれてしまう。
(せっかくみんなに送られてこの世界に来たのに・・・・"天使"のために・・・・大好きなみんなのために勝ち抜くと誓ったのに!!)
「・・・・私はまだ・・・・何も成し遂げていないっ!・・・それなのに、こんなところで・・・・」
「そこで最初の言葉だよ」
「・・・・え?」
未治は涙をこらえるのに必死で俯く少女の前に近づき、そっと彼女の手をとる。ミリエルはビクッと少し震えた後、恐る恐る少年の顔を見た。
未治は決して、少女から目を離さないように意識しながら話す。
「参考までに、俺はもうあいつの戦略パターンをすべて読みきっている。」
「読み切ってるって・・・・なにそれ・・・」
「相手の癖、つまり定石かな。とにかくあのメガネの考えるであろう戦術の全てを俺は読み切った」
未治は少し弾んだ口調で話す。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
「・・・・そんなこと・・・無理よ」
「無理じゃない。あいつは比較的簡単な部類だよ。あいつの戦術は全て、もうとっくのとうに記憶されている。だからあいつの攻撃はカニが突然魔法とか撃って来ない限り俺の指示通りに動けば全部避けられるよ」
「・・・・・・・・」
(そんなの私だってありえないことだとわかる。・・・・でも彼は少しだけどそれを実践してみせたのよね)
先ほどの回避の指示、あれは全てを読み切った結果だというのだろうか。
「んで、肝心の攻撃の策だけど・・・・30秒かな」
「30秒?」
「うん。30秒だけ時間を稼いで欲しい。その間に確実にあのカニを倒す策を立てる。だからその時間だけは俺の指示なしで耐えてくれないかな?」
「・・・・・信じても、いいのね?」
「うん、確実に勝利を君に送ると誓おう」
ミリエルは考える、本当に30秒で今の自分の全力攻撃がきかなかった相手に勝つ策が生まれるのかどうかを。
しかし、未治の迷いない言葉には、圧倒的な根拠のない信頼感があった。絶対に勝てるという、安心感が。
「どう?悪くない提案でしょ?どうやら俺の命も危ういらしいからね。共同戦線が一番の最善だと、俺は提案するけど?」
そう言う未治の目はとても自信に溢れており、その優しそうな目の奥に潜む獰猛な視線にミリエルは不覚にも思わずドキッとしてしまった。
(・・・・でも、どのみちこれにかけるしか手はない、か)
「・・・・いいわ、乗ってあげる。ただし失敗したらただじゃおかないわよ!」
ミリエルはまだ涙の雫が残った顔に少しの笑みを浮かべて未治に差し出したままの手をもう片方の手で覆う。
「大丈夫、失敗なんて・・・・ありえないから」
そう言って未治も同じことをする。
「・・・これで、私とあなたの仮契約は結ばれたわけだけど・・・・そういえば名前聞くの忘れていたわね」
なんだかとても長い時間共にいたような感覚を覚えるが実際はまだ一時間も経ってはいなかった。それでもこれから同じ敵に立ち向かう"仲間"として名前を聞いておかなければとミリエルはこの時思い出したのである。
「俺は未治。東条 未治。・・・君は?」
「私はミリエル。異界順位第3位『
そう言って、ミリエルはまた輝きの中に身を委ねる。先ほどボロボロだった法衣甲冑はみるみるうちに直されていき、またしても純白の戦乙女へと返り咲く。
そして手には黄金に輝く一振りの槍。
「・・・・ええっお前下っ端天使とかじゃなかったの?」
「っ失礼ね!!私は"天使"の切り札なのよ!!もっと崇め奉りなさい!!」
「あーすごいなー美人だなー」
「そっそーお?///ならいいんだけど」
「・・・・うわぁ」
「・・・・・何よ?何かおかしい?」
「いいえなんでもー」
天使と人間。現実ならありえない邂逅。
二人は長い時間を過ごした盟友のようなとてもフレンドリーな会話をしながら、再びカニが待つ戦場へと赴くのであった。
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