第16話天使Beginning その6

俺は今茂みの中に隠れている。


茂みって意外とあったかいんだなぁとか考えてる自分がいてどうなの?と思ってしまうのだが、それぐらい今目の前で起きている光景が夢なんじゃないかと何回も疑うほどにそれは非現実的だった。


天使と巨大なカニ。その二体が戦っている。


「・・・・すげぇ」


もう映画とかアニメとか、そんなものを見てるんじゃないかってくらい現実味がねぇ。むしろそっちを見てるよって言われる方が信用できる。まさに巨大怪獣を倒そうと奮闘する正義の戦乙女の図である。


でも、二体はあまりにもリアルだった。先程俺は少女の羽根にも触れていた。わずかだが鼓動のようなものを感じ、これは夢ではないということを嫌でも感じた。


(夢じゃない、か・・・)


少女には悪いが、俺はこの状況を少なからず楽しんでいた。これこそまさしく日常から離れた反日常。非現実なことがリアルな世界を俺は欲していたんだ。


この世界なら、俺は"退屈"を忘れることができる。そう確信させるには十分だった。


・・・・しかし、俺は今イライラしていた。


何にって?あの天使にだよっ!!


「・・・・作戦ガバガバすぎ」


さっきもただ高速で突進しただけで・・・・あんなの弱点を知っているであろう相手からしたらいいカモでしかないじゃん!


しかも今度は何をやるかと思えば誰もが思いつきそうなフェイントだけ・・・・お粗末すぎる。


(・・・・アアアアアアアアアッ!)


本当何あの天使!!本当動きダメダメすぎてイライラする!・・・・・ああっ!そうやってむやみに突っ込むから・・・竜巻はもがいても出れないでしょ!一旦気流に任せて外へ外へ流れなきゃ!


「アアーーーーーーーイライラする!!」


飛ばしたい。あいつに指示を、俺だったらあいつを勝利に導ける。そんな気がする。


いや、気がするではなく。そうなる。


正直言って、これは俺の得意分野だ。


それなのに、このどうしようもないお預け感。そこにニンジンがあるのに糸の調節によりギリギリで取れない哀れな豚のような気持ち。


あまりの歯がゆさに茂みをバッサバッサして荒ぶっていた時、突然脳に直接ノイズのような音が流れて来た。・・・・相手はおそらく、あの少女


(・・・・予想するに、私はダメだからお前は逃げろってことか・・・・)


「冗談じゃない」


ここで俺が逃げる。この盤面を俺が放棄するとでも?


馬鹿馬鹿しい。ありえない。俺はことこの盤上において敵前逃亡などもってのほか、負けることすら許されないのだから。


こうなったら一か八かの勝負だ。届け。お前の次に取る行動を示す。


「右」


俺が口にした途端、とっさに少女は右に回避する。


この瞬間、俺は声が届いていることに歓喜する。


ついに来た!今まで俺が積み上げて来たもの。それはこの時のためにあったのか!


「左」


少女は次に振るわれたハサミを左に回避する。そうすることで、次は・・・・


「右」


残った小さい方のハサミでがら空きの左を警戒する。そこを右に回避、そして・・・


「下に回る」


両方空ぶったことでわずかに姿勢を崩したカニの下に回り込むことで、大きい方のハサミを下に向かってふるわせる。案の定勢いが制御できずにハサミは地中に埋まって抜けなくなってしまった。


・・・・・おっと、どうやら天使の少女は一旦退避するそうだ。それを見届けると同時に俺は茂みから出て少女の帰還を待つ。


手始めに、この戦いの勝利を掴もうか。決して難しいことはない。いつものように、楽しくやればいい。


少女は俺の前に戻ってくるととても面白い顔芸を披露してくれていた。俺は笑いそうになったがなんとか堪え


「おかえり天使さん。突然だけど、指揮官の助けとかいります?」


まだ状況がつかめ切ってなさそうなボロボロの天使にこう告げるのだった。




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