第15話天使Beginning その5

ミリエルは槍を握る力を強め、目の前の敵を見据える。油断すると全身が震えてしまうので思いっきり強く、握る。


(敵はヒビの他にも装甲のつなぎ目のあたりは柔らかいはず・・・・そこならっ!)


ミリエルは弱点と思われる部位に照準を合わせて槍を構える。次の瞬間ミリエルは音速の領域に踏み込み、自身ともに敵を穿つ槍となった。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」


大音量の気迫とともにミリエルは狙った場所を貫かんとする。


「ふっふ〜無駄ですよぉ〜」


ブォン!!


「なっ!!避けられた!!」


しかし、音速を超えて放たれた一撃はギリギリのとこで躱されてしまう。


「ほらほらぁ〜よけないとぉ〜」


ドカッ!


「っ!グァァッ!!」


さらに攻撃を右横回転することにより避けたキングスクラブはその遠心力のまま巨大なハサミでミリエルを弾き飛ばす。ミリエルは飛ばされるままに数メートル先に追突した。


「ガッ!!・・・・ハァ、ハァ、ハァ、」


「アハハハハッ!!本当能無しですねぇあなただけじゃぁ〜そんな猪突猛進な攻撃なんて予測しやすいですよぉ〜」


「・・・・ハァ、ハア、ハア、・・・」


(たしかに単純な攻撃じゃあ"人間"なら看破されてしまう・・・・それなら・・・・)


ミリエルは立ち上がり、再度同じ照準を合わせる


「ほぉ〜また来ますかぁ〜精々芸のある攻撃してきてくださいよぉ〜」


跳躍。ミリエルはまたしても音速を超え目の前の敵目掛けて突進する。しかしそれと同時にキングスクラブも先ほどの回避行動をとる体制に入る。このままいけば先ほどの二の舞だ。


しかし、ミリエルはその回転を見越して途中で軌道を変える。


狙うは、回転の支柱となっている足


だが、


「っそんな!」


「そんなのとうに想定済みですよぉ〜」


なんとキングスクラブはとっさに大ジャンプする事でミリエルの槍を回避する。その巨体に似合わない、素早い身のこなしだ。


しかしミリエルも止まらない。通り過ぎたあと体を少し宙に浮かせて空中で旋回する。そして跳躍中のキングスクラブに追撃を与えようと再度突撃する。


(これなら避けられないはずっ)


しかし、キングスクラブは思わぬ行動に出る。


なんと自分の巨大な方のハサミを勢いよくふったかと思うと、そのまま高速に回転しだしたのである。すると巨大な渦が巻き起こり、急激な竜巻が発生した。


「キャアアアアアアアアッ!!」


ミリエルは急には止まれず、その回転の渦と衝突する。しかし、風の影響で勢いを多少削がれたミリエルはそのまま竜巻の餌食となってしまう。


「アハハハハハハハハハハッ!まんまとハマりましたねぇぇぇぇぇぇええええ!!アハハハハハハハハハハッ!!」


先ほどまで真っ白で綺麗だった法衣の布地は破れ、各所肌が露出し、そこに竜巻による傷が付く。竜巻の中は様々なものが渦巻いており、それによってミリエルの体は痛めつけられてしまう。


(っ痛い!!・・・けど・・・抜け出せない!!)


ミリエルはなんとか抜け出そうともがくが竜巻でぐるぐると高速で回転させられるため自分ではどうすることもできない。


結局竜巻が止むまでミリエルは痛みに耐えるしかなかった。


ドサッ!


「ガハッ!!」


数分後、竜巻から解放されたミリエルは満身創痍だった。体のあちこちは傷だらけで痛々しい。


先ほどの神秘的な様相とはかけ離れた哀れな天使。


「はぁー面白かったぁ〜」


竜巻が止むまで腹を抱えて笑っていたメガネ少年はふぅっと息を吐くとこう続けた。相手を蔑むように、感情のこもらない目で


「本当能無しですねぇ〜僕等がいなければその力を存分に振るうことができない」


「・・・・うる・・・さい」


「今のフェイントだって想定どおりでした。だって普通の攻撃が当たらなければ誰だってその作戦を使いますよぉ〜」


ミリエルは立ち上がることに必死で少年の言葉を聞く余裕はなかった。


「あなたたちはたしかに僕等人間より幾分かマシな力を持つでしょうが・・・・それでもやることが子供のお遊び程度の知能レベルならそれは宝の持ち腐れというやつです」


ミリエルは考える。次に打つ手を。それすらも読まれるかもしれないけれども、それでも考える。彼女が出せる最善を。


「・・・・まぁこれ以上言っても無意味というものです。安心してください。僕はゲス野郎と違って陵辱したいとかそういうアブノーマルな趣味は持ち合わせていないので・・・・可及的速やかに殺しますね」


そう言い放つと少年は自らの相棒に最後の命令を下す。ミリエルは立ち上がることはかろうじてできたがもう動けるかは分からなかった。


ミリエルは目の前で己を潰さんとするハサミを見ながら走馬灯のような、長い時間の感覚を感じていた。


引き伸ばされた時間軸の中でミリエルは直近で出会ったある少年を思い出し、その存在を確認しようとする。"天使"に限らずほとんどの異世界生物は五感が人間の数倍良く出来ており、ミリエルはかなり離れたところでもあの少年の安否を確認することができた。少年は戦闘時に確認していた通り逃げずにずっとこちらを伺っていたようだ。残念なことに強い意志のある言葉しか聞き取ることはできないので何を言っているのかはわからないけれど、それでもあの少年には逃げてと伝えたくて必死に思念を送った。


この思念は対"天使"にはよく通じるが、人間相手にはおそらく通じることはないだろう。届くとしてもノイズのような音だけだ。それでもこの状況で送る言葉は予想できるはずだ。


(お願い・・・・逃げて・・・・お願い・・)


ミリエルは祈るように思念を飛ばし続けた。だが引き伸ばされた時間も終わりを告げる。いよいよキングスクラブのハサミは、ミリエルを潰さんと振り下ろされ


・・・るとみせかけて首を切り裂こうとハサミを開いた。このフェイントはもはやいらないだろうけどメガネの少年の用意周到さが最後までこの指示を送るに至ったのだろう。数秒後にはミリエルの首は飛び、無残な死体を晒すことになるだろう。


それでもミリエルは少年のことを思った。自分のせいで犠牲になってしまうかもしれない少年の無事を、ただただ祈った。


ミリエルの思いは、果たして届かなかった。




しかし、それは終わりを意味しない。



「右」


とっさの回避だった。


あまりにも単純なひらがな2文字、だがその聞こえて来た言葉には


「っ!なんと、今のを避けますか!・・・・キングスクラブ!!」


突然の回避に驚いたメガネの少年はさらに追撃を加えようとキングスクラブに指示をする。


「左」


ヒュンッ!


「右」


バスッ!


「下に回る」


ズドンッ!


「っくそ!ハサミが地中に!キングスクラブ!何をやっているのです!!」


だがミリエルはこれを全てかわす。それどころかわざと地面に誘うように動くことで空ぶったハサミを地中に埋めることに成功する。


ハサミが地面に埋まって動けないのを好機と見たミリエルは一旦退避を選択する。


後ろへ下がりながらミリエルはひたすら困惑していた。ハサミで切断される間際全く動かなかった体は今たった2文字の言葉によって嘘のように体が軽くなり、まるで糸で操られるかのように華麗に回避した。先ほどのミリエルの動きとは比べものにならない程の洗練された動き、それを自分が行ったことにミリエルはまだ実感が湧いていなかった。


ただ、その言葉に従えば確実に勝てるという、。それをミリエルは信じ、従っただけだった。


(それに・・・・この声・・・・どこかで・・)


そう、彼女はその声の主を知っていた。


先ほどまで彼女が無事を祈っていたあの少年


彼女にとって久々の喧嘩相手だったあの少年


彼女にとって初めて異性に自分の裸を見せてしまったあの少年


傷だらけの彼女を助けてくれようとしたあの少年


最後の最後まで守り抜くと誓い、しかし果たせなかったあの少年


ミリエルはためらうことなくあの少年の元に向かった。


少年はミリエルの姿を確認すると静かに茂みから抜け出し、ミリエルが近くまで来るのを待った。


そして、ミリエルが先ほどの声の主である少年ーー未治の元まで来た時、未治はこう話しを切り出す。


「おかえり天使さん。突然だけど、指揮官の助けとかいります?」


少年の瞳は、どこか挑戦的で、何かを楽しんでいるかのように見えた。


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