第18話天使Beginning その8

「またまんまと逃げられてしまいましたが・・・・戻ってきてくれたようで何よりです」


三度の対面。


「そう・・・・・後悔することになるけどね」


ミリエルは二度も返り討ちにされた敵に向かって臆せずこう言い放つ。


「それに・・・・今度はあなたも一緒ですか・・・・」


「どうも〜」


未治はメガネの少年に向かってにこやかに挨拶する。


(それにしても・・・・改めてここがいつもの公園だと思えんな・・・・)


今未治たちがいる公園はアパートから30秒程度で着くところにあり、未治の通学路の一つにもなっている。ブランコ、滑り台、鉄棒、シーソーと主要な遊具が揃っており、昼間はよく子供達の溜まり場となっている。


それが今、歪んだ世界に変わっていた。背景の所々が液晶画面のようになっていて、様々な風景、いや、ここにあるはずの背景色全てがごちゃまぜにシャッフルされているように映っている。


さらに一面砂だった地面は所々に草が生い茂り、あるはずのない川すら流れている。側では蛍と思わしき光も見える。


(もう無茶苦茶じゃん・・・・)


未治は戦闘前ミリエルが言っていた"半異世界"と言う言葉を改めて実感する。


ここはいつもの公園であって、そうではない。こっちの世界と彼女ら異世界生物の世界が合わさっているような・・・・そんな不確かな世界に未治はただ感嘆の声を漏らす。


「ねぇ君、先ほどの攻撃は君の指示かい」


未治がこの世界の異様さに関心を向けていた時、メガネの少年はこう尋ねてきた。


「うん、まぁね」


「そうですか〜・・・・あなたは少し危険ですねぇ〜」


メガネの少年の横にはもう地面にハサミが埋まっていない巨大カニが今にも突撃しそうな勢いで立っている。


「あなたには少し煮え湯を飲まされてしまいました・・・・・この落とし前はきっちりとつけないといけませんねぇ〜」


「落とし前って・・・・ヤクザかよお前・・」


「しかし君が加わったことで何も変わりません。このキングスクラブの装甲を壊す手でもない限りね」


そういうメガネの少年は絶対的な自信を思わせる。おそらくミリエルの切り札と思わしき手札を切らせたことでその確信はさらに増しているのだろう。


だが、未治は怯まない。


「いやいや、普通ありえないでしょ。たかがカニなんかがあの偉大なる神の使いである高位天使様(笑)なんかに勝てるわけないでしょ」


「ちょっと未治、絶対今私をバカにしてるでしょ、ねぇ!?」


一歩前にいる天使が何か言っているが未治は無視する。


「へぇ・・・・僕を挑発するのですか?」


「まぁね、開戦前のパフォーマンスというやつだよ」


「そうですか、ならば・・・・その言葉、後悔させてあげますよぉ〜!!」


そういうとメガネの少年はキングスクラブに突撃の指示を飛ばす。キングスクラブは先ほどの仕打ちに怒りを覚えたのか気性が激しそうだ。ミリエルめがけてかなり速いスピードで接近する。


(俺に言わせれば二度も逃走を阻止できなかったってことが重要だと思うけどなぁ)


「・・・・んじゃ、ミリエル頼んだ」


「ええ、そっちも任せたわよ!!」


未治の合図とともにミリエルはキングスクラブに接近する。しかし、今度は突進せずスピードもそこまで早くない。このままキングスクラブに押しつぶされるかと思いきや、ミリエルはすれすれのタイミングで回転し、キングスクラブの背後に回り込む。


不意をつかれたキングスクラブは即座に対応できずミリエルによって装甲の繋ぎ目ーー関節のあたりを切りつけられてしまう。


実は、未治はミリエルに時間稼ぎをお願いするにあたってあらかじめどのようにやればいいのかという指示を送っていた。


それは、常に背後を取り続けること。


ーーあのカニが素早い身のこなしを可能としているのは何か、ミリエルにはわかる?


ーーさっきの感じだとやはり軸になっている足かしら。


ーーそれもあるけど、それだと空中での竜巻の説明が不十分だよ。あいつは全てあの片方の大きいハサミの重さを利用しているんだ。竜巻の時もあのハサミを振ることによって遠心力を生み出していた。


ーーなるほど、つまりあのハサミを封じれば時間稼ぎは楽勝なわけね


ーー楽勝かどうかは言えないけどね・・・・それにあのカニの癖なのかそれしかできないのかはわからないけど、あのカニはカニの癖に横歩きしない。あと背後からではなく、常に前からしか回転できないみたいだ。


ーーなんとなくわかったわ。常にあのカニの後ろにいれば右手の大きいハサミの回転攻撃から至近距離の中で一番遠い位置にいられるってわけね


ーーうん。そうすれば走行の繋ぎ目にも攻撃できるだろうし一石二鳥というわけさ。


というわけでミリエルはキングスクラブの背後を取り続けた。キングスクラブはとっさに振り向くこともできなければ前か後ろにしか進めないため対応が遅れてしまう。未治の予想は全て当たっていたのだ


(私だけじゃあんなに苦戦したのに・・・・やっぱ未治はすごい・・・・)


ミリエルはパートナーの心強さに自然と笑みがこぼれる。


「何をやっているんだキングスクラブ!!早く下がれ!!体勢を立て直せ!!」


一方メガネの少年は手こずるキングスクラブに激を飛ばす。その光景を未治は静かに眺めていた。


(あの指揮官は・・・・ダメだね)


未治は自分の手駒の失態は自分の責任でもあると心得ている。故にあの少年には指揮官としての素養はないだろうと見切りをつける。


「・・・・よし、やるか」


そして未治は、パーカーのフードを被った。


(こんなことならヘッドフォンも持ってくるんだった・・・・)


未治は戦略を練る時、あらゆる感覚を極力なくすようにしている。そうすることで彼は自分の中の記憶のより深層まで戦略を探しに行くことができる。


今回はパーカーのフードを被っただけで聴覚の大体をシャットダウンしている。これで集中しだすと何を言われても一切未治の耳には聞こえないだろう。


そして目を閉じる。これで視覚も消えた。本当は鼻をつまんで多少の嗅覚もなくしておきたいが、今回はそこまで潜る必要はないだろう。


未治は記憶の海へとダイブする。


海といっても、水が溢れるイメージではなく、白く燻んだ背景に何千、何万と沢山のノートのページが浮かんでいるような、そんな空間。時折雪のようにノートの切れ端が柔らかに降り注ぎ、深淵に行くにつれて暗く、何も見えなくなっている。


あたりにはレールのようなものが何本も独立して存在し、未治をあらゆる戦略へと導く。


未だ最前線に立つベテランの指揮官すら軽く凌駕するほどの膨大な戦略データと戦闘記録、それが


これが東条 未治の最大の武器であり、とある界隈では無敗を貫き続ける理由である。


(・・・・これかな)


未治は数多のうち一つのレールを選ぶ。すると独立したレールは音を立てていくつもの分岐点が作動し合体、やがて一つの道を示す。そうして未治は一つの戦略を引っ張り出す。


(幸い決め手は一つある・・・・これならいけるでしょ・・・)


そうして未治は目を開け、記憶の世界から半異世界へと帰還する。その時間は10秒にも満たなかった。ミリエルは未治の作戦が功を奏し、今も着々と細かなダメージを稼ぎ続けている。


「ミリエル。一旦戻って」


少し張って声を出した未治の声にミリエルは反応し、うなづく。そして何度もハサミを振り回すキングスクラブに牽制の攻撃をくわえながらミリエルは未治の元へと後退する。


「ずいぶん早かったわね・・・・それで、どう?」


「バッチリだよ。今から手短に説明する。」


そういうと、未治はこれからの行動方針をまるで預言者のようにミリエルに語ったのである。





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