第25話

 今朝は洗濯物を干すべき日だった。

 昨夜のうちに回しておいた洗濯物にハンガーを通して、ベランダの物干し竿に吊るしていく。

 ふと目に入った街越しの朝陽はぼやけていて、まるで蜃気楼かのように薄く揺らいでいた。

 どこか夢見心地だった視界へと光が満ち足りていき、指先に現実感が取り戻されるその瞬間。

 食パンに納豆とスライスチーズを乗せて焼く。

 顔を洗う。靴下を履く。ネクタイを締める。

 そんな当たり前の所作ひとつひとつに何かしらの意味が秘められているように思えてしまう。

 しかしもちろん、そこに物語なんてない。

 俺の人生に物語なんてない。

 鞄を背負う。靴に踵を収める。

 いってきます、と。

 いつも通り、返事はなかった。

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