第16話

「それじゃ結局、別れられなかったんだ」

 二股スタートじゃん、と。その夜の姉貴は、やたらご機嫌だった。

 場所はいつも通りな姉貴の部屋。本日の夕飯は肉じゃがと小松菜のサラダ。甘くし過ぎたじゃが芋に内心で顔をしかめつつ。

「何でそんなに嬉しそうなの」

「んー、もしや嫉妬して欲しかった?」

 正直して欲しかった。

 と、までは口に出さないけれど、表情で悟られたのか苦笑が返される。呆れたように。

「でも本当のところ、どっちも愛してなんかいないんでしょ?」

 どっちも。小宇佐万智も名雪結菜も。

「……そりゃ、ね」

 経緯はどうあれ、片方は投げやり半分、もう片方は哀れみ半分だったりするのだし。

 世間一般に男女が付き合い始める理由は色々あるのだろうけれど、ここまで先行き不穏な馴れ初めも珍しいのではないかと。しかもシスコン二股スタート。

「まぁ、みずくんと相手の子。当事者両方がそれでいいなら、いいんじゃない」

 所詮恋愛なんて自由なんだし、と。

 言外に何かしら含みの有りそうな物言いだった。

「……姉貴は誰かに恋したことってあるの」

「およ、嫉妬かな?」

 むろん言うまでもなく。

「私に恋の経験ね……」可笑しそうに。「ネットにさえ触らない純粋培養の引きこもりエリートなお姉ちゃんに、そんなのあると思うの?」

「あるかもしれないじゃん」

 俺の口調が何かしら面白かったのか、ふふんと少し口の端を緩ませて。

「きっと恋愛ってね。たぶん今のみずくんみたいな人には必要ないんだよ」

「俺みたいな?」

 というと、つまりシスコンか?

「一人でも生きていけてしまう人」

「……」

 それは……、どうなんだろう。

 というか。少なくとも現状、俺は姉貴がいないと死んでしまう病だと思うのだけど、その辺どのようにお考えなのでしょうか。

 なんて首を傾げた俺の向かいで、だからこそだよ、と当人は気にした様子もなく続ける。

「たぶんたまにいるんだよ。誰からの承認を得なくとも、自分一人の価値観の中だけで完結したまま不都合なく生きられてしまう人間って。みずくんから聞く限り、たぶん小宇佐ちゃんって子もそのタイプ。逆に結菜ちゃんは元々誰かを必要とするタイプだったんだと思うよ。だけど今はお兄さんの代わりなら誰でも良いみたいな感じなのかな。つまり彼女にとっての愛の本質は、」

 依存。これも聞いた限りだけど、と。

 珍しく講じられた姉貴の他人評は、まとめるようにこう締めくくられた。

「だから君たち三人、結構お似合いかもしれない」

「……二股にお似合いも何もないと思うけど」

「そういうとこ含めて。みんな仲良くずぶずぶの沼にハマりそうだよ」

「……」

 黙り込んでしまった俺の向かいで。結末が楽しみだな、と姉貴が微笑む。

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