第14話
結菜を見送ったあと、俺は家に戻ってきてそのまま姉貴の様子を見に行った。
半ば予想通り、部屋は相変わらずなもぬけの殻具合だった。
勉強机の上では、すっかり冷めてしまったシチューが埃を浮かべていて、手の付けられた様子もない。
思わずため息を吐きかけたその時、突然視界が真っ暗になる。
「だぁれだ」
「……ユキ姉ぇ」
後ろから伸ばされた手をどける。
背伸びした格好の姉貴は照れ笑いのままに、おかえりと。
そう言われた気がした。
「姉貴のも温め直すから、夕飯食べ……な、よ?」
振り返ったその時、もうそこには誰もいなかった。掴んでいたはずの手も空を切って。思わず漏れ出る色のない吐息。
「…………あぁ」
そうか。と思った。
今夜は結菜の見てる手前、薬を飲んでしまったから。
やっぱりこよちゃんの言うことなんて、素直に聞くべきじゃなかった。なんて思いながら、後ずされば壁に背中が当たって都合良く、部屋の明かりが消えてしまう。
暗がりに差し込む空虚な孤独の音に、膝の力が抜けて床へとへたり込んでしまう。
「……………………」
目を瞑る。耳も塞ぐ。
ぜぇぜぇとうるさい呼吸音だけがただしばらく、脳裏に響いていた。
「…………………………………………………………」
そのままたぶん、恐ろしく長い時間が経った。もしかしたらそれはほんの一瞬だったのかもしれないけれど、少なくとも俺にとっては、苦痛とすら呼べそうな倦怠感に浸かり続ける地獄まがいの永遠だった。
しかし。
やがてはその夜にも、失われた親密さが戻ってくる。
恐る恐る目を見開けば。目蓋の透けて見えそうなほど真っ暗な部屋に、隙間からにじみ入る月明かりばかりがあって。
いつの間にか床へと倒れ込んでいた俺の前で、姉貴は何をするでもなくただ笑っていた。
ねぇ、みずくん。と。
「こんなとこで寝てたら、風邪引くよ」
「……あぁ」
どうにか絞り出せた返事。
俺は今日も、この部屋に姉貴がいてくれたことに安堵する。
わかり過ぎるほどに、頭で理解している現実から目を逸らし続ける。
「姉貴は、俺の妄想なんかじゃないんだよね?」
「……」
否定も肯定もなく、ただ彼女は微笑むだけだった。
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