第12話

 電車に揺られつつ。こうして一人きりになってみれば、少し慣れ始めていた他人の視線が、ほとんど自身へと向かなくなっていることに気付く。あの人も苦労してるのかもしれない、と思わなくもない。

 まぁ、そんな独り言はともかく。今の俺はと言えば、一度商店街側へと抜けて買い物を済ませ、折り返し、ちょうど自宅の前へとたどり着いたところ。

「……」

「……何よ」

 でもって、我が家の前でいじけるようにしゃがみこんでいた幼馴染を前に、途方に暮れているところ。

 いや何よと言うか。

「何してんの」

「鍵忘れたの」

 ……。足りない言葉を経験則で補うなら、だから親の仕事が終わるまで家に上げろと。

 まぁそれはいいんだけどさ。

「わざわざ待ってないで、姉貴に開けてもらえばよかったのに」

 こういう時こそ自宅警備員の面目躍如でしょう、と。

「……ユキ姉ぇが開けてくれるわけないじゃん」

「……」

 確かに。昔からどうしてかこの二人はやたら相性が悪かったりする。理由の八割かそこらは俺の存在なのだろうけど。

 なんてことを考えつつ、鍵を開けて中へと促す。

「うち今日シチューだけど、いい?」

「食べてっていいの?」

「まぁ」

「ごちです」

 廊下を抜けて、居間へ。

「お邪魔します」

「ただいま」

 むろんそのどちらに対しても返事はなかった。

 二人で台所に並び、夕飯の支度を済ませていった。それは久しくなかった光景だけど、流石にお互い慣れたもので、やることを適当に分担してからは特に手間取ることもなく、むしろ口の方が空いてしまって。

「で、結局。小宇佐先輩と付き合うことになったんだ?」

「……まぁ」

「ってことはやっぱり、予言成就か」

「……」

 こちらとしてはやっぱりなどと頷けるような道理も見当たらなかったのだけど。万一にも我らが姉貴のステータスに予言者の三文字が追加されたなら、ニートから一歩脱却ということで嬉しい限り、なんて。くだらないことを考えていたものだから。

「それはともかく、水樹はどうするの?」

 急に向けられた、問い詰めるような声音にたじろぐ。

「どうするって」

「付き合うの?」

 少し考えた末、誤魔化すように。

「あの先輩から逃げられる気はしないかな」、と。

「……ふーん」

 もちろん、結菜が本当に尋ねたがっている内容くらいとっくにわかっていて、しかし卑怯な俺がそれを自分から言い出すなんてするはずもなく。

「ところで、結菜は愛って何だと思う」

「……誤魔化すつもりとは言え、よりによってまたそれを訊いちゃう辺りが水樹らしいよね」

 との苦笑いをもらい受ける。

 少しのため息。

「やっぱり三人分なんだ」

 そう呟いた手元には、レトルトの一人分だけ残ったパッケージ。

「そりゃね」

「ユキ姉ぇ、食べないんでしょ?」

「食べないけど」

 出さないわけにもいかないでしょ。

 結菜はコンロにかけていた鍋の蓋を取り、デミグラの匂いが揺れる中身をお玉でかき混ぜた。ちょうど良さげかな、とそのまま火を止めてしまう。

 こちらを見上げて微笑んだ。

「ご飯にしよか」

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