第11話
あれから結局、半時間ほどを描画に費やすことで何かしら満足してくれたのか。今度立ち上がった時はとっくに、彼女は長らく抱えっぱなしだった俺の腕を無事解放してくれていた。
というより、改めて何か別のことに気を取られてしまったのか。俺の存在なんて記憶から抜け落ちたかのように、挨拶もなくふっと改札を抜けていった。
その時ようやく気付いた事実だけど、先輩は鞄も持たず、代わりとばかりにドーナツの紙袋だけをぶら下げて下校してしまうらしかった。
「……」
置き勉にも程度があって、恐らく美術準備室か何処かに鞄を置き忘れたのだろうと思ったけれど、今更追いかけるには少し遅かったのに加えて疲れてもいた。というか結局、俺の分のドーナツも持って行かれてしまったし。
大人しく反対方向へと帰ることにする。
……。
つもりで背を向けた背景にいくつか違和感があって。振り返った景色をつかの間、検分する。
ひとつめは簡単だった。先輩が座っていた場所にはグロッキー帳が置きっぱなしで、これも忘れられたのだろう、と拾い上げる。後日にでも本人へと渡すつもりで。
ふたつめはなかなか気付かなかった。けれど、しばらく眺めてやはり気付いてしまう。
猫が消えていた。
……。
だからどうした、というほどのことではない。しかしくず入れの内側のあの猫が、自力だけではとても抜け出せそうになかったことは覚えていて。小宇佐先輩が絵を描き始めてから今の今まで、ずっとこの場所にいた俺が気付かないうちに、誰かがあの猫を助け出したとはとても思えなかった。
少し身震いがした。しかしまぁ、やはりどうとでも解釈は成り立つ。目を離したすきに運良く自力で逃げ出せたのかもしれないし、あるいは先輩が行きがけに手を貸したのかもしれない。
とは思いつつ、手元に持ちっぱなしだったグロッキー帳の真ん中あたりを開いてみる。
そこに描かれた猫は、記憶の猫と寸分違わず、確かにそこに毛皮があり肉が詰まっているような存在感があって。
「……」
無理矢理。ありえるはずもない想像を断ち切り、今度こそ本当に帰ろうと踵を返す。
そんな想像、まさか先輩の絵の中にあの猫が生きたまま閉じ込められてしまった、なんて。
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