第4話

 翌朝は枕元の時計が鳴る直前に目覚めた。六時半。最初の一鳴りよりも先にスイッチを切ってしまい、眠気がぶり返してこないうちにと、廊下へ。

 念のため足音を忍ばせつつ、リビングへと向かう。背後に存在感を放つのは廊下最奥の小部屋。そこでの姉貴の生活リズムは基本めちゃくちゃらしいのだけど、この時間なら流石にまだ寝てるんじゃないかと思う。あるいはもう寝ている、か。

 居間との境にある扉を閉めて、音が漏れぬように。朝食と弁当の準備へ取り掛かる。

 とは言っても、朝食はパンにマヨネーズと卵を乗せて焼いただけの簡単なもの、弁当の中身だって昨夜の余りプラス冷凍食品、と。大した手間も要さずにどちらの準備も終えてしまう。

 顔を洗ったり制服に着替えたり食器を片付けたり。姉貴が朝食を抜く分、作る側の手間が省けて。そのまま滞りなく支度を済ませていくと、結菜との登校までには十五分ほどの余裕ができてしまっている。

 珈琲を淹れて、片付けたばかりの食卓で一人、時計の針を眺めて時間を潰した。開け放したカーテンの窓向こうに朝陽が揺れる。密閉された静寂の内側、自身の鼓動だけが耳奥に震える。

 ……。

 ちょうど一年ほど前から、この家に住んでいるのは俺と姉貴の二人きりだったりする。

 元々いたはずの両親は別に死んだってわけでもなく、ある日、俺たち姉弟の在り方に耐えきれなくなってこの家から出ていった。

 ……いや、こういう一方の側に寄った言い方はフェアでないだろう。

 端的にあった事実のみを述べるなら、俺は両親の腕を折ったのだ。

 その時の姉貴はと言えば、俺の真横で寂しそうに微笑んでいた。今思えば、冷静さが消し飛んでいた俺と比べて、逆に姉貴は終始無言を貫くことで俺たち二人分の罪を一人背負い込もうとしていたのかもしれない。

 その時の両親の顔は覚えていない。

 ともかく、そんな出来事がきっかけで彼らは俺たちの存在を諦めた。二人が今どこで何をしているのか知らないけれど、残された口座に毎月の生活費が振り込まれるからには、どこかしらで生きてはいるのだろう。

「……」

 今なお養ってもらっておきながら、自分でも薄情なものだと思う。

 しかし心底興味がないのだからどうしようもない。とまで言えてしまう辺りが、やはり手遅れだと思う。金だけ与えて放置してくれることにはこの上なく感謝してるけれども、それ以上に何かしらの感慨を覚えるでもなく、さ。

 俺には姉貴さえいてくれたらいいのだと。そういう風にできてしまっているのだと、否応なく実感する一瞬。

 人間未満、なんて言葉が脳裏をよぎってしまって。

 ……。

 俺はため息混じりに、まだ熱過ぎる珈琲を飲み下した。

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