髑髏の塔 第2話

 そこには建設途中の高層ビルが、上階は黒い鉄骨をむき出しにしたままで、目が眩むほどの高さでそびえ立っていた。最上部のクレーンがぐわーんと唸って、その巨大アームを器用に曲げた。分厚い鉄板をぎとぎとの油にまみれたワイヤーで釣り上げると、地上数百メートルの作業場まで、凄まじい速さで持ち上げて行った。

 高層ビルの足元では、恐ろしいエンジン音を轟かせながら、続々と到着した大型ダンプカーが向きを変えて停車し、その頑強な荷台を力任せに持ち上げると、おびただしい数の髑髏をばら撒き始めた。ザザザザザーと大嵐のざわめきにも似た激しい轟音と、骨と骨とがぶつかり合うカチャカチャと言う滑稽な音とが交ざり合って、騒然たる響きが暗闇の奥へと広がった。髑髏は強く打ち付けられ、骨が砕ける物もあったが、大概はそのグロテスクな外観を留めたまま、ずるずると地面に沈み込んでしまった。それが底無し沼で溺れる、泥まみれののっぺりとした人の顔に似て、苦しみもがき喘いで見えた。苦悶の表情を浮かべた顔が、そこら一面に浮き沈みし、ときどき恐ろしい唸り声が空耳の如く聞こえてきた。そこから自らの重量に耐え切れず、髑髏は浮力を失って、たちまち地中の奥へ埋もれてしまった。しかし、土の中に沈んで消えてしまったとしても、その側から大型ダンプカーが荷台の髑髏をばら撒いて行くので、それらが渦を巻いて、さながら亡者の蠢く地獄絵図のような光景が、延々と続くのだった。

 深夜の建設現場は、赤色警告灯の他に、明かりらしい物は何も点っておらず、当然無人のはずなのだが、暗い中で怪しい人影が幾つも現れたり、隠れたりして休み無く動き回っていた 。十数体の影が不意に出現したと思うと、たちまち砕け散って、残りは五体になった。また五体になっても、すぐに別の影が姿を見せ、長い眠りから覚めたように動きだした。動きだしたが、それも最初からどこか具合が悪そうで、ぐらぐらふらふらして過重に耐えられずに倒れてしまった。骨がボロボロになって、粉々に崩れ落ちたのはとても哀れであった。

 やはりここの労働者も醜い骸骨だった。身に着けた服装は、昼間の作業員と寸分違わないのだが、その中身はおどろおどろしい髑髏の頭に、痩せこけた白骨の手足が作業服の下からうかがわれた。黙々と仕事をこなすのは人と同じで、少しも休まず懸命に働いている。それでも彼らの働きぶりは、どこか狂気に満ちていた。ぶっ壊れた掘削機のように制御不能な上、自らの身体がバラバラに分解しようが、消滅しようが全く気に留めず、暴走は収まらないのだ。体はガタガタ言ってガクガク震え、ボルトも上手く締められなかったり、釘を垂直に打てなかったり、支柱のセメントが生乾きのまま気にしなかったりして、それでもどんどん作業をし続けている。シャベル持って、ハンマー取って、レンチ振り回して、セメント混ぜて、猫車に載って走り回っている。急いでビルを高く築き上げ、そうしてその先から無残に崩れてしまうのだ。建造しているのか、倒壊させているのか分からない。トンテントンテン造り上げ、トンテントンテン壊していく。それでもトンテントンテンやるうちに、巨大な建造物は空まで届く勢いで、その天辺を高くしていくようだった。

 ビルの内部は、コンクリート壁や鉄骨がむき出しになったままで、部屋の仕切や出入り口の扉、窓壁と言ったものはまだできておらず、吹き抜けになっていて、ときおり冷気を帯びた夜風がブーブーとおどろおどろしく叫んで疾走した。至る所に鉄パイプの足場が組み上げられているのが、上階から無数の骨の足が垂れ下がって来て、天井を支えているようにも見えるのだ。通風管や配水管、電気ケーブルの束が、そこへ張り付いて縦に貫いたり、横に這っていたりするのが、何とも植物のツタが樹木に寄生している様とよく似ていた。しかし、そこには全く生命の息吹と言うものは感じられなかった。酷似していたとしても、既にそれは化石になった屍なのだ。あるいは巨大な怪物が無残に絶命し、その化石化した残骸の腹中を散策するときの光景と言ったところだろう。

 暗く長い廊下の突き当たりで、忽然とエレベーターが上昇して来ると、不気味な音と共に扉を開いて、無人の室を現した。しばらく時が止まるほどそこは静寂に包まれていたのが、たちまち重厚な扉を閉ざして、再び急降下して行った。と、今度はその近くの階段口から、風が吹き抜けるうめき声に似た音が、ワーンと響き漏れてきた。その階段には無数のぞっとするような人影が立って見えた。階段の一段一段から生えてきたとでも言うくらいに、皆そこへ立って並んでいた。階段は終わりが見えないほど上っていたから、そこへ出現した影も果てしなく続くように思えるのだ。それは何かを待つ列のように、ただじっと佇んでいた。完全に精気を失い、近寄ればその暗鬱が感染しそうなほどに、うな垂れて立っていた。いつからそこに居るのか、一晩中そうして立っているのだろうか。しかし、前にも後ろにも影は透き間無く詰まっているので、上ることも下ることもできないのだ。

カン、カン、カン、カン!

 どこかで金属を打ち付けるけたたましい響きが起こった。慌てて叩くのが、一層警戒を強める様子で、騒然とした空気の漂う建設現場を電光石火の如く駆け巡った。骸骨は皆、作業の手を休め、驚いたふうに突っ立っている。それが、遠目には何十本もの曲がった鉄杭が立ち並んでいるのと同じに見えた。じっと周囲を探る姿は、何かに怯えているようだった。既に肉体の滅んだ彼らの恐怖するものが、この世に存在するとも思えない。一体、暗闇の向こうに何が潜んでいると言うのだろう。尚も警鐘は高鳴り続け、骸骨はときどきその恐ろしい頭骨を左右に振って、電波探知機の代わりに辺りへ注意を走らせた。その時、下顎骨かがくこつが何度も上下するので、カチカチ言って不敵に笑って見えるのだ。

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