髑髏の塔

つばきとよたろう

髑髏の塔 第1話

 大型ダンプカーが、真夜中の幹線道路を猛スピードで走った。道なりの人家には明かり一つ点っておらず、窓ガラスをガタガタと震わせた。さっきまで通りを徘徊していた車も人影も、蒸発してしまったかのように見えなくなり、濃い霧が辺り一面に立ち込めていた。

 それは、近隣の巨大なトンネルから忽然と現れた。十数台もの長い列を作り、猛烈な土煙を巻き上げ、次々と闇の中を疾走した。双眼の眩いヘッドライトは、あちこちを探るように光線を目まぐるしく交差させて、その奥に見えるフロントガラスには、生々しい血しぶきや滴り落ちる血糊がべっとりと付着し、余ほど曇って運転席に誰か居るのか、誰も座っていないのかまるで分からなかった。その分厚い鉄板の車体は、まるで鉄屑から造られたくらいにボロボロで、至る所に無惨な傷が刻まれていた。大事故にでも遭ったと言う有様だった。山奥や廃棄場に放置された車体が、息を吹き返したのだろうか、それなら、エンジンも車軸も完全に錆び付いて動かないはずだ。

 大きな荷台には、おびただしい数の髑髏が、砂利くらい無造作に積み上げられ、何とも恐ろしい光景を見せていた。その髑髏一つ一つの眼孔は、まだ魂が辛うじてそこに留まっているように、小さな青白い鬼火を宿していた。しかし、その炎もあまりに弱々しく、車両が走って巻き起こす疾風によって、今にも消し飛びそうだった。ゴーゴーと重厚なエンジンの音を唸らせるたびに、毒ガスを彷彿させる紫煙を、真っ黒な排気口から勢いよく噴出させ、車両自体がまるで意思を持っているかのように思えた。それも邪悪な意思に満ちていた。

 ダンプカーの隊列が、我が物顔に寝静まった街中を走ると、どの信号機も故障したように一斉に変わり、赤々とした光線を放っていた。その交差点にも車一台止まっておらず、ただ真っ赤な信号灯だけが、不穏に宙へ浮かんで見えた。それが、ときどきどこかで停電を起こすらしく、刹那に明滅し、今にも暗闇の深淵に沈んでしまいそうだった。それでも、亡者の怨念に等しい強烈な赤色灯の光は、一度目にすれば、目蓋にしっかりと焼き付けて離れなかった。それが、荷台の髑髏の山を照らし出すときには、かつて血まみれだった断末魔の姿さえ、甦るふうにも、あるいは地獄の業火に焼き尽くされる景色を連想させるふうにも見えるのだ。

 巨大なタイヤは恐ろしい高速の回転をし、粗野な路面を通過するときは、凄まじい轟音を立てた。ブレーキが錆び付いてしまったのか、または空気圧が不足していたのか、曲がり角に迫っても、道幅の狭い所へ入り込んでも、ダンプカーは一向に速度を緩める気色を見せなかった。一度走りだせば、止まらない。何者もこの暴走を阻止することはできないのだ。しかし、それでもダンプカーは何かに怯えるように密集して、隊列を崩さず走行し続けていた。そうして、彼らは一体どこへ向かうと言うのだろう。

 深夜の街は万華鏡の虚像の如く無限に広がって、数え切れないほどのビル影が闇夜の彼方まであふれていた。あのビル、このビルまるで悲しみの葬列、黙って並んでいる。それがずんずんこちらに迫って来るときもあれば、遠くへゆらゆら逃げて行くときもあって、動いているのがこちらなのか、それとも向こうがのろのろ歩くのか定かでは無かった。街のビルは地中の奥底から生えて来て、高い方はぐんぐん伸びてそびえ立ち、低い方は押し踏みつぶされ瀕死寸前なのに、街全体は天井まで昇ろうと躍起になっている。建物の全長が高くなればなるほど、それは今にもあの世と繋がってしまいそうで恐ろしかった。ビルの屋上は常に激しい強風に曝され、大気の流れに逆らい、時にはその巨体をぐらぐらと震わせた。無機質なコンクリート壁に彫られた無数の四角い窓は、暗澹とした洞窟か、烏のねぐらほどに真っ暗で、その内部では常にどす黒い混沌が渦巻いていた。それが闇の源となって、窓と言う窓からもくもくと外部へ吐き出されていくと、辺りの闇を一層濃くしていた。それは大火の黒煙にも等しく、絶え間なくあふれ出して来て止まらなかった。黒煙はどんどん噴出され、真っ暗闇が辺りに充満していった。まるで街の高層ビル群が、夜の闇を製造していると言う構造だった。

 いよいよ夜は深まって、街の景色はその闇の中にのみ込まれてしまいそうだった。――そのビル群の足元を、大型ダンプカーの長い列が猛スピードで走り抜けた。ヘッドライトの白い光線が照らしていなければ、一寸先の視界も取れなかった。その眩い光でさえ、ときおり不気味な黒い影が飛び込んで来て、明かりを嫌うように光源を遮った。それは悲鳴を上げる怯えた人の姿だったり、恐ろしい鉤爪を持った獣の格好だったり、無数に蠢く得体の知れない化け物だったりして、急に眼前を横切って姿を消した。また時には樹齢千年にも及ぶ大樹に変身して、車道を挟むように出現した。まさに巨人の股の下を潜る光景だった。

 と突然、賑やかな電飾の輝きに出くわすと、如何にも胡散臭そうな警備員姿の男が、煤で黒ずんだ赤色の指示灯を頻りに振り回し、交通誘導を始めた。片側車線が派手な黄と黒との縞模様の簡易フェンスで煩雑に仕切られ、それにぽつぽつと間隔を開けて細かな電灯の入った塩化ビニルのチューブが、こちらからずっと向こう側までフェンスの金網に、蛇の長い死骸がだらりと巻き付くように見えた。その赤い電飾がせわしく点ったり、消えたりすると、無機質の蛇の胴体が一層妖しく色付いて浮き上がった。そのフェンスの暗い内側から、ときどき轟々と地面を揺さぶる音がした。こんな所で夜間工事とは、少し不可解だった。

 尚も警備員は指示灯を激しく振っている。同じ姿勢、同じ動作は機械的で、電気仕掛けのからくり人形に似て、とても血が通った人間の所作とは思えない。それが、ぱっとヘッドライトの眩い光に照らされた途端に、暗闇の奥から引きずり出され、その真の姿を露わにした。――白いヘルメットの下は醜い髑髏で、鮮血で染めたような朱色のベストに、紺色の警備服を身に着けた骸骨が、地面に斜めの不自然な姿勢で立っていた。見れば骨の足首から下が地中にめり込んで、埋まっているから動けないらしい。それは地中より出現したのか、あるいは地面に囚われ逃げられないのか、どちらとも判別は付かなかった。骸骨の警備員は、また大きく腕を回した。そうして一晩中、休まずに指示灯を振っている。骨だけになっても、そこに立ち続けているのだ。壊れた暴走機械だった。――異常に細い腕は煤茶けた骨だけで、肉体は既に滅んでいた。指も細竹で作ったように節くれ立って、どうしてその指で指示灯を支えていられるのか不思議なくらい貧弱だった。それでいて、骸骨の腕は力強く振り回されている。滅茶苦茶に振って、赤信号だろうが青信号だろうが関係無い。全て進め、進め、進んでしまえ! この道は、地獄行きの一方通行なのだ。

 再びフェンスの内側から、総身の毛が逆立つような轟きが湧き上がると、厳めしい顔のロードローラーが巨大なローラーをのろのろと転がして、路面にばら撒いたアスファルトコンクリートを踏み固めた。まだ軟らかく蒸気の立ち上った所は、どす黒いアスファルトのねっとりと付着した髑髏や手足の骨が、そこから這い上がろうとでもする勢いで顔をのぞかせていた。それを骸骨の作業員が手早くシャベルの腹でコツコツと叩いて、一つ一つ沈めていった。すぐにその上をロードローラーが押しつぶすと、けたたましい断末魔の叫び声が、散り散りになって辺りに木霊した。後はぺちゃんこになって絶命したように、髑髏も他の骨も沈んでその姿を見せなくなった。しかし、亡者の絶叫ですら、大型ダンプカーの狂騒には全て掻き消されてしまうのだった。

 明かりの落ちた繁華街は、どの店も完全にシャッターを下ろし切って、昼間の営業が嘘のように完全に物品を隠し、派手な看板も賑やかな照明も、今は輝きを失い沈黙していた。華やかだった物は全てくすんで萎びてしまい、死んだ街のようだった。人の姿など、どこにも見えなかった。そこは地獄の一丁目交差点、突然と大型ダンプカーの隊列が現れると、アスファルトの路面をゴトゴトと響かせ、猛スピードで走り抜けて行った。――そうして街中を駆け巡り、とあるビルの建設現場にたどり着いた。

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