第4話 あふるる思いは
竜宮城のそばまで来ると、浦島は深く息をついて、半ば呆然と
「いやはや……これほど大きくて美しい城、探してもそうそうあるまい」
どこからどこまであるのか、すぐには把握できないほど大規模なためか、浦島はきょろきょろと辺りを見回している。ぐるりと巡らされた
私は迷うことなく、城の正門を目指した。こちらに気付いた門番が、驚いて裏返った声を出した。
「姫様! いつの間に城の外へ!? どこに行っておられたんですか。城じゅう大騒ぎですよ!」
門番は慌てふためきながら、城の奥へ知らせに走った。程なく、わらわらと大勢の家臣が駆けつけてきた。
「いったいどこから外へ」
「何をしておられたんですか」
「ああ、ご無事でよかった……」
「我々がどれほど心配したと思っておられるんですか!」
取り囲まれ、口々にまくし立てられた。予想はしていたが、それ以上に騒ぎになっていたようだ。
己のまいた種とはいえ、さすがにうんざりする。私はぴしりと
「静まりなさい!」
騒然とした場が、一瞬で静寂に変わった。
直立不動の家臣たちをざっと見てから、
「黙って城を抜け出していたことは、申し訳なかったと思っています。私の軽はずみゆえに、みなには迷惑をかけてしまいましたね。誠にすまなかった。許しておくれ」
頭を下げて
「姫様、頭なんて下げないでください!」
「もういいんです。無事に戻ってきていただけたら、それだけでもう……」
「お具合は大丈夫ですか? 怪我などしておられませんか?」
「ああ、なんと謙虚でいらっしゃる……」
……我知らず、ため息が漏れた。
切りがないので、もう一度声を張り上げた。
「私はこうして戻ってきたのですから、みんなもう持ち場に戻りなさい。事情は後でちゃんと説明します。今は少し、休ませておくれ」
「「「「「はい!」」」」」
門番と私付きの侍女以外は、潮が引くように持ち場に戻って行った。
侍女はつつっと歩み寄ると、私の背後にちらりと視線を向け、小声でたずねてきた。
「姫様、あの方は?」
振り向くと、浦島がぽかんとした顔で立っていた。
「私の恩人です。彼のおかげで、城に戻ってくることができました。
そうきっぱり言っても、侍女は
「身元は確かなのですか? 恩人とおっしゃいますが、こちらを
「あり得ません。彼はただの漁師です。それも、世にまれなほど善良な」
「ですから、それこそが芝居ということも……」
「私の目が
侍女の反論が途切れた。これ以上口を
「何か問題が起きた時は、私がすべての責を負います。誰にもあなたを
私は浦島を
浦島はおずおずと付いてきながら、
「あの……私はやっぱり、ここで帰りましょうか? 元々、礼なんて望んでいませんし、こんなたいそうな場所、私には似つかわしくありませんから。何より、軽々しく私のような者を城に入れたら、後々あなたが苦労なさるんじゃありませんか?」
私は足を止め、振り向いて、
「心配する必要はありません。あなたには何一つ、やましいところはないのですから。むしろ、私が恩に対して
「そうおっしゃるのなら……。それにしても、本当に立派な城ですねぇ。私なんぞがこんなところにいて、本当にいいのやら」
「そのように自信なさげなことをいうものではありません。あなたの行いは、この城で歓待を受けるのにふさわしいものです。私が保証します。もっと堂々としていなさい」
浦島は目を
「やはり故郷というのは、人を安心させるもののようですね」
「え?」
「船で流されてきた時には、ずいぶん
顔の筋肉が硬直した。
か弱い女が不安にさいなまれているふりを、いつの間にかすっかり忘れていた。
いや、あの芝居はあくまで、浦島にここまで来てもらうためだ。今はもう必要ない……はずだ。
浦島の様子をうかがうと、別段、これまでと変化はない。私の態度を不審がるでもなく、むしろ
何かもう、どうでもよくなった。これでいいのだ、きっと。
私は浦島に背を向け、
「行きましょう。客間へ案内しますから、そこで待っていてください。あなたのご両親には使いの者をやって、遅くなる
城を目指して歩き出す。浦島も付いてきているのは、気配で分かった。
浦島を客間で待たせ、侍女にもてなしの指示をしておくと、私は宝物庫へ急いだ。宝物を守る扉は見るからに重々しく、開けられる者はごく限られている。そのうちの一人が私だ。
取っ手を引くと、力を入れずともすんなり開いた。他の者なら、いくら力んでだところで
中に入ると、宝飾品もあれば、芸術作品や
私はためらうことなく、紐をほどき、ふたを開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます