第30話 特異点

 部屋の窓から去っていく見慣れぬ三人を見下ろせば、帰っていく方向でどの都市の長なのかがわかる。


 ウッドビーズは細身で長身の男。三十代くらいに見える。長を任さられるには、まだ若そうだ。フィルドブルは髭を蓄えている体格の良い男性。若くはない。そして、リバーエッジは唯一の女性だ。顔が良く見えなかったから年齢はわからないが、足取りから不機嫌なのが見て取れる。


 会談と言えば聞こえはいいが、力関係は明らかだ。救った側と救われた側――王と平民。とはいえ、そこをフラットにするためにミコとペロが同席したって感じか? 精霊であるミコと、共に戦ったペロがいれば王も下手な要求をし辛いだろう。まぁ、あの王のことを思えば関係ないかもしれないが。


 不意に鳴ったノックに対して、白虎が喉を鳴らせばドアが開けられた。


「お待たせしました」


 ルネに続いて入ってきたミコは真っ直ぐこちらに向かってきて手を握り締めてきた。


「またお会いできて嬉しいです。マタタビ様」


「言うほど久し振りってわけでもないがな」


 そんなミコを横目にペロはスピンの前で片膝を着いている。


「お初にお目に掛かる。吾輩はシャルル・ペロー三世。大樹と精霊の巫女に遣える騎士である。スピン殿のお噂は兼がね」


「騎士か。そう畏まるでない。儂もお主もマタタビに惹かれたというのなら同格じゃ」


「では、お言葉に甘えて」


 そう言って、立ち上がったペロとスピンは向かい合った。などというやり取りをしている間も白虎は眠そうに床に伏せている。なんでお前が一番風格有りそうなんだよ。


 まぁ、それはそれとして。


「で、どうするんだ?」


 問い掛けながらベッドに腰を下ろせば、ミコは椅子に、ペロはその近くの床に、スピンは白虎の背中に座ったが、ルネだけは立ったままドアの前にいる。


「そうだの――まずは巫女よ。どこまで聞いておる?」


「ええと……私に秘められた力がある、とか。ですが、私はすでに治癒の魔法を使えますよ?」


「うむ。聞いておる。おそらく人であれば一系統の魔法しか使えぬ故、自らもそうだと思っているのかもしれぬが、お主は精霊じゃろ? 今の力は治癒かもしれぬが、元より体に備わっている力があるはずじゃ」


 言うなればスピンの肉体変化みたいなものか。そういうのは多分、長い時間生きられる魔物や精霊だからこそ複数の力を持っているんだろうな。人間じゃあ死ぬまでに一つの力を使い熟すのも難しい。俺だって、未だにこの耳と尻尾の使い道に悩むことがあるし。


「……その力を使えるようになれば、マタタビ様の――皆様の助けになりますか?」


「当然じゃ。これから先、お主の力が有るのと無いのとでは戦いの質が変わるだろうの」


「そういうことでしたら、是非よろしくお願いします」


 ミコの意志を確認したスピンは二人揃って部屋の角に向かった。こっちは完全に放置プレイだな。


「よいか? お主は普段、治癒を使う時は手に魔力を集めてるじゃろ? それを目に向けるのじゃ」


 スピンがミコの力を呼び起こしている間に現状を聞いておくか。


「ルネ、会談はどうだったんだ?」


 手招きをして隣に座るよう促せば、少し距離を開けてベッドに腰掛けた。


「そうですね……大まかで宜しければ――ルグル王は三都市との協力関係を申し出ました。その結果、ウッドビーズからは兵士としての人員援助を。フィルドブルは元より農耕の民なので食料支援を約束してくださいました。ですがリバーエッジは……」


「支援、というか関わるのを断られたか?」


「はい。あの……言いにくいのですが、救世主様方にあまり良い印象を持たれていないようでした」


「まぁ、仕方が無いよな。不可抗力とはいえジュウゴの奴が川を蒸発させちまったし、数え切れない死体も積み上げた。それに対して王はどんな対応をするって?」


「特には何も。兵の配置許可などは下りたので、それ以上には何も求めないというのが王の意向です」


 そういう国やら領主やらの関係性については良くわからないが、変に軋轢を生むよりは良い選択なんだろう。


 複雑なんだろうな。俺たち救世主がいなければ三都市は奪還できなかったから、バルバリザーク王国の立場が上になっている。が、王は何か問題が起きた時はそれを救世主のせいにする気でいるから、わかりやすく好感を示すこともない。むしろ疎ましく思っている感じすらする。


 言ってしまえば金で雇っている傭兵みたいな立ち位置か? 正規軍ではないから問題を起こした時に蜥蜴の尻尾切りをし易い、と。まぁ、合理的だな。


 とはいえ、それでも意見が割れているところではあるんだろう。そうでなければルネもツヴァイもここまで真摯に向き合ってくれていないだろうから。


 立場がわかれば振る舞いも変わる。要は好き勝手にやっていいってことだ。……ああ、いや、それなら今と変わらないか。


「とりあえず、俺たちは今まで通りにデーモンたちも殺せばいいってことだな?」


「そう、ですね。おそらくはそれよりも先にエンマドウ様を救いに行くことになると思いますが」


 救うのか、殺すことになるのかはわからないが。


 そんなことを考えていると、不意に白虎とペロが動き出してミコとスピンのほうを向いた。


「どうじゃ? 視えるか?」


「……はい。ペロー、貴方は――『紫電の雷鳴』」


 体内電流を増幅させて戦うペロにはお似合いの呼び名だな。つーか、今更ながら別の世界なのに、言語差異が無いのは有り難い。


「それってどういう風に見えているんだ? 言葉そのものが見えるのか?」


 その場を俯瞰して見ているようなミコに問い掛ければ、視線は揺らぐことなく徐に口を開いた。


「いえ、視えているのは皆様を包み煙のような幻想です。それを視ていると頭の中に言葉が浮かんでくるのです。マタタビ様、貴方は――『異界の特異点』。他の方とは明らかに――っ」


 言い掛けたところで倒れそうになったミコをスピンが支えた。


「おっと。ふむ、さすがに慣れぬ魔力の使い方をすると疲れるじゃろ。まぁ、追々慣れることじゃ」


「あ~……うん、そうだな。ペロ、ミコを連れて今日はもう休め。スピンは――」


「儂はマタタビと一緒じゃろ。離れるわけにはいかんしの」


 その言葉にルネに視線を飛ばせば、黙って頷かれた。白虎に続いてスピンもか。部屋が狭くなるな。


「では、マタタビ殿、また明日にでも」


「ああ、ゆっくり休んでくれ」


「私もミコ様を部屋まで送り届けてきます」


 部屋を出て行く二人と一匹を見送って――俺はベッドに寝転がった。


 ……いやいや、ちょっと待て。呼び名を付けられるのは良い。興味が無いとはいえ、魔力の無い俺でも戦えるヒントが貰えると思っていたから。だが、蓋を開けてみれば『異界の特異点』ってなんだ? 他の奴らは少なからず使っている力に関係する名前だと思うが、俺のは何にも掛かっていない。異界ってのは別世界から来ているから良いとしても特異点? 意味が分からない。


 まぁ、明日にでもミコにアヤメを見てもらうとしよう。それでどういう結果が出るかによって違いがわかるはずだ。


「特異点、か」


 逆に考えれば、この世界にとって普通では無い存在――つまり、魔法が使えない人間って意味では間違っていないかもしれないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界のネコ科ってどこからどこまでですか? 化茶ぬき @tanuki3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ