連盟

第29話 繋がり

 まずはキャンサーの工房へ。別にルネもスピンも白虎も付いてくる必要は無かったのだが、成り行きで。ツヴァイはアインと共に気が付いた時にはどこかに消えていた。まぁ、詮索はしないでおこう。どうせ呼べば来るだろうし。


「キャンサー? いるか?」


 工房に入ったところで作業中の師団員たちはこちらを気に留める様子も無い。キャンサーが居るのはたぶん工房の奥だろうと足を進めて扉を開けた瞬間、籠っていた熱気が飛び出してきた。


「ほう、面白い場所じゃな。魔力が満ち溢れておる」


「そうなのか? 俺にはよくわからんが……キャンサー、仕事を頼みたいんだが――」


 中に這入れば、山のように積まれた壊れた武器を前に考えるように座り込むキャンサーがいた。


「ん? ああ、武器ならまだ出来ていないぞ。見ての通りな」


 やさぐれてるな。まぁ、それもこれも俺のせいだと言われたら否定できないが。


「そんなあんたに朗報だ。このレストアガマの素材を使って俺の装備を作ってくれ。お前なら出来るんだろ?」


「レストアガマ!?」


 おっと、予想以上の食い付きだな。尻尾を見せれば駆け寄ってきて驚いた顔で開いた口が閉まらない感じだ。どこまで珍しいのかわからないが、反応を見るからに相当のものなんだろう。


「出来るか?」


「これだけレアな素材となると扱いがな……どうしたものか」


「ならば儂から助言をやろう。下手に小細工するよりは鞣して形作るのが良いだろうの」


 スピンの言葉に、キャンサーは尻尾に視線を落としたまま確かめるように触れた。


「鞣すか――この感じだと多少時間は掛かるが出来ないことは無い」


「有能な者ならこれ以上の助言は必要なかろう。自然と手が動くものだしの」


「……わかった。数日時間をくれ。必ず満足のいくものに仕上げて見せよう!」


 そう言うと積み上げられた壊れた武器を蹴り飛ばして、持っていった尻尾を作業台に載せた。


 スピンのことを気にすることも無いくらいの集中だ。こうなったらもうここにいる意味はない。


「とりあえずこれで目下の目的は果たせたな。じゃあ次は――俺の部屋にでも行くか」


 話したいことが色々とある。


 工房を出て部屋へと向かう途中――戦闘音が響く中庭で足を停めれば、アヤメがアリエス率いる第八師団を相手に訓練をしていた。というか、模擬戦闘? まぁ、どちらにしてもあれでは訓練にならないだろう。


「なんじゃ、あの娘はマタタビの連れか? 魔力の量が桁外れじゃのう」


「へぇ。やっぱり救世主ってのも伊達じゃないんだな」


「何を仰っているんですかネコガハラ様。貴方様自身もその救世主なのですから」


「ま、自覚は無いからな」


 言いながらアヤメを眺めていれば不意に目が合って、こちらにやってきた。


「マタタビ、どうかしら? 私と模擬戦でも」


「やめておくよ。俺たちが戦うことでどんな影響が出るのかわからないしな」


「……それもそうですわね」


 渋々納得したようなアヤメが手に持つ杖を弄っていると、近付いたスピンが匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした。


「ふむ――儂の見立てではマタタビが勝つと思うが……アヤメと言ったか? お主、勿体ないの。己の力を過信し過ぎじゃ。そんな杖などではなく使い慣れたものを使うのが良いぞ」


「っ――」


 ああ、そういえばアヤメは動物好きだったな。突然現れた猫耳を付けた少女に首ったけって感じだ。わなわなと指を動かしながら髪の間から覗く耳に手を伸ばすと、寸でところで避けられて空振りをし、気まずそうに苦笑いを見せた。


「……ごほんっ。それはそれとして。別に私は自分の力を過信しているわけでは無いのだけれど」


「そうかの? まぁ、考えてみることじゃ。するもしないも、お前さん自身が決めることじゃからの」


「なら、一考だけはしますわ。私自身正解を知っているわけではありませんし、可能性を捨てるほど頑なでもありません」


「うむ。良い心掛けだの」


 猫耳に触れようとしてくるアヤメを何度も避けるスピンは関係なく話を続けてこちらに戻ってきた。


「んじゃあ、俺たちは部屋に戻るがアヤメも一緒に来るか?」


「……いえ、遠慮しておきますわ。私は少し考えなければならないことがあるので」


「そうか。まぁ、何かあったら言ってくれ」


 スピンのおかげかここ最近ずっと張り詰めていたアヤメの表情が緩んだ気がした。


 中庭を後にして、部屋に向かう道中でスピンが白虎の背に乗って会話をしていたが、残念ながら俺には白虎の言葉がわからない。


「んで、どっちに訊くべきだ?」


 部屋に入ってベッドに腰を下ろすと、スピンは白虎に乗ったまま、ルネには椅子に座るよう促してから問い掛けた。


「では、私のほうから。ネコガハラ様が疑問に思われているのはどうして私と魔女様が顔見知りなのか、ということだと思いますが――ご存知の通り、私は召喚術師です。召喚術とは、魔物を召喚し契約を結び力を貸してもらうことです。ちなみにですが、術師の魔力によって呼び出せる魔物の強さも変わります」


「儂の知る限りではここ数百年で最も力の強い術師じゃぞ」


「へぇ」


 まぁ、その延長線上で別の世界の俺たちのことを召喚したんだろうし。


「とりあえず、それは措いておきましょう。その召喚術によって救世主様方をお呼びしたわけですが、その前段階の練習として上位種の魔物を召喚していて――そこで召喚し、知り合ったのが魔女様だったのです」


「まぁ、話の流れ的にそうじゃないほうが驚きだが……それは凄いことなのか?」


「そうじゃの、簡単に言えば並の術師百人が力を合わせた上で百万分の一より少ない確率で召喚できる、という感じかの」


「ざっくりだしピンとこねぇな」


「ふむ――ならば先程のアヤメという娘の魔力五人分と砂漠の海で涙の結晶を一粒見つけるくらいの確率じゃ」


 そう言われたところでやはりなんとくなくしかわからないが、相当難易度が高いことはわかった。


「で、スピンを召喚したルネはどうしたんだ? 契約したのか?」


「いえ、私の場合は自分よりも魔力の高い魔物とは契約しないことにしているので……その時は少し話をして帰っていただきました」


 俺たちを呼び出せたくらいだから、魔力を溜めたり高めたりすれば自分よりも強い魔物を召喚することができるんだろうが。


「契約しないことにした、ってことは契約しようと思えば出来たのか?」


「一応は可能ですが対価として寿命などが必要になるので……それに――」


「儂のような上位種は歓迎されんのじゃ。もちろん寿命など取るつもりは無いが、気が付かなかったのか? お主やルネ、それにアヤメのように無為に話しかけてくる者が居らんことに」


「あ~……そういえば出迎えた兵士たちも敵意剥き出しって感じだったな。原因は?」


「嫌悪、恐怖、その他諸々じゃろうな」


 ここまでの話を纏めると少なくともスピンはルネより強い。ってことは師団長並の強さだ、と。つまり、強いからこそ迫害されているってわけか。なんつーのか、どんな世界でも同じようなものなんだな。


「疑問なんだが、どうしてスピンのことが魔物だとわかるんだ? 見た目だけなら俺と大差ないだろ」


 問い掛ければ、ルネはよくわからないように首を傾げ、スピンは気が付いたように手を叩いた。


「おおっ、そうか。魔力の無いお主には他の者の魔力も見えぬのか。簡単に言えば、色が違うのだ。人間の魔力の色は白か赤や黄色などの暖色で、儂らのような魔物は黒か青色などの寒色じゃ」


「ってことは、俺には色が無いわけだ」


「うむ。見事なまでの無色じゃの」


「へぇ。ルネにもそう見えているのか?」


「いえ、私たちにはわかり易く目に見えることはありません。けれど、肌で感じるのです。人には人の、デーモンにはデーモンの、魔物には魔物の――それぞれが出す気配によって人型の魔物でも見分けることができるのです。その上で、普段から魔物を召喚しているような私と違って、他の方々はデーモンとは別に魔物に対しても敏感なのです。殊更、魔女様のような上位種に対しては特に」


 話口調からして歴史的に何かがあったって感じだな。ルネの場合は召喚術師だから魔物と接するのも慣れているし、嫌悪している様子も無い。……そういえば最初に白虎を受け入れたのもルネだったか。


「まぁ、スピンとルネが知り合いだって理由はわかった。それで――スピンはこれからどうするんだ?」


「儂は『不干渉の魔女』じゃが、マタタビのことは気に入った。飽きるまで暫しの間、同行させてもらうぞ」


「拒否権は無さそうだな。ルネ、大丈夫だと思うか?」


「そう、ですね……反感が無いと言えば嘘になりますが、ネコガハラ様と行動を共にするというのであれば大丈夫だと思います」


 そこまでピリついているのか。とはいえ、俺から離れることはないだろうから問題ないだろう。第一、どれだけ気に食わなかろうが大抵の兵士や師団員よりは強いんだし変に絡まれたりもしないはずだ。


 話も纏まったところで、お開きかと思えばスピンが不意に口を開いた。


「ところで、お主の呼び名はなんと言うのだ?」


「……呼び名? 名前じゃなくて?」


「うむ。儂なら『不干渉の魔女』。こやつ――今は白虎と呼ばれているのは『影無き捕食者』と人間たちが付けたのだろう。そしてエンヴィーは『無限のうろ』。そのものを表すための名じゃ」


「そういうのは自分で付けるもんなのか?」


「いえいえ、まさか。大抵はその者の師が付けるものです。私の場合はいないので、魔女様が付けてくださるまでありませんでしたが」


 ああ、だからスピンが変に誇らし気なのか。


「じゃあ、俺の場合はカプの爺さんか」


「ん~、どうでしょう。救世主様方の場合は師というより単なる指南役という意味合いが強いので断られる可能性が高いと思います」


 それならそれで呼び名など要らないのだが。


 適当な相槌を打とうとした時、白虎がグルルッと喉を鳴らした。


「ほう。なんじゃ『未来さき読みの巫女』が居るのではないか。ならば不毛な問答だったの」


「未来読みの……? 誰のことだ?」


「ほれ、この城からも見えるじゃろ。あの大樹の」


「ああ、ミコのことか? だが、あいつは人の治癒が出来るだけって話だぞ? それに、今は城にいないだろ」


 問い掛けるようにルネを見れば、思い出したように口を開いた。


「あ、今いらっしゃってます。三都市の代表とルグル王の会談に同席するためペロー様と共に巫女様も」


 白虎がそれを教えたってことね。


「そうか。儂が知っているのは先々代の巫女だが、今の巫女は力の使い方を知らんのか。ふむ――良かろう! 儂が直々に教えてやる。行くぞ、マタタビ!」


 面倒だが付き合ってやるかと立ち上がると、焦ったようにルネがドアの前に立ち塞がった。


「お、お待ちください! そろそろ会談も終わる頃だと思いますので、私がお呼びしてきます。くれぐれも魔女様はこの部屋を出ないようにお願い致します」


「……そう言うのなら待つとするかの」


 その言葉を聞くと、ルネは頭を下げて足早に部屋を出て行った。


 要は無駄な緊張を生むな、ってところか。


 人にとってデーモンは敵で、魔物にとってもデーモンは敵なのだろうが、敵の敵は味方、とはいかないのだろう。それに加えて俺たち救世主だ。摩擦を生むなってほうが無理がある。


 とはいえ、どうにも――人間関係ってのは面倒だ。

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