第27話 レストアガマ
荒涼な砂漠に足を踏み入れて早一時間が経ち、今はレストアガマを探しつつ牛歩って感じだ。
デーモンたちが追ってくる様子は無いし、おそらくは少数部隊での魔物討伐兼素材確保の任務だったのだろう。つまり、俺たちが殺したデーモンたちが帰ってこないと本陣が気が付くまで、まだ猶予はある。
「そういえば、ツヴァイ。お前の魔法はこういう植物の無い砂漠地帯でも使えるのか?」
「問題なく使えます。多少の威力は落ちますが」
まぁ、植物が出てくる原理が魔力を使っているのか土の栄養や水分を使っているのかによって変わるんだろうが、そういう面倒そうなことは聞かないに限る。
戦えるかどうかの確認をしたわけだが……なんだろうな、この出会えなさそうな感覚は。
「なぁ、ツヴァイ。レストアガマの居場所はわかっているんだよな?」
「え、いえ、私にはわかりませんが……マタタビ様は気配などで探れるのではないのですか?」
「いやいや、そう都合良いもんでもねぇよ。魔窟の森のときみたいに敵意剥き出しで近付いてくる魔物なら未だしも、元から隠れている奴を探すのはどうにもな」
場所を知っていなくとも、なんとなくの見当が付いているものと思っていたが違うのか。たしかに気配は探れるが別に万能じゃない。人間やデーモンなら余程の達人などでない限りは隠れていようとも居場所を当てる自信はあるが、魔物は違う。言ってみれば野生の獣のようなものだ。狩りをするにも眠るのも、身を隠して息を殺すことが日常の魔物を探すのは難しい。
まぁ、この場合に何が厄介かって、気配を探るのが不可能じゃなくて難しいって点なんだけど。
「マタタビ様。この先、廃墟である元砂の町がある場所と、一度入ると自力で出ることができない大穴と呼ばれる場所がありますがどちらに行きますか? 個人的には廃墟のほうが魔物の住み付いている可能性は高いかと思いますが」
「……いや、大穴のほうだな」
「……わかりました」
腑に落ちていないような感じだが、ぶっちゃけただの勘だ。とはいえ、これでも武術家で、野生に近いネコである俺の勘だ。信じてもらうしかない。
砂に足を取られながら進むこと十五分――なるほど。
「大穴ね。さながらアリジゴクってところか」
深さは目測で二十メートル。広さはサッカーコートくらい? まぁ、少なくとも戦えるだけの広さはある。
「ここに、居ますかね?」
「どうかな……レストアガマの特徴は?」
「あまり詳しくありませんが――腕の一振りで大地を裂き、一噛みで大気を食らう。頑丈な外皮はあらゆる色に変化に、様々な形に変化する、とか」
抽象的過ぎて想像できないが、色が変わるってことはカメレオンみたいな感じか?
「大きさがわからないとなんとも言えないが……」
「あの、マタタビ様。どうして廃墟ではなくこちらなんですか?」
「勘。だが――言ってみればこっちのほうが『こっち来んな感』が強かったって感じだな」
「……はぁ」
まぁ、伝わる奴にしか伝わらないだろう。
ともあれ――レストアガマがこの場にいることを前提に、大きさがわからなくともカメレオンのように体の色を変えられるのなら見つけることはできる。擬態しているとすれば砂。見渡す限りの砂の海を思えば、これ以上の隠れ場所は無いがレストアガマが魔物であり、そこに存在しているのなら体が平面でない限りは必ずどこかに歪みがある。
気配は感じない。目を凝らしてじっくりと観察すれば見つけることは出来るだろうが、今はそう時間を掛けていられない。
「ツヴァイ、耳を塞いどけ」
「え、はい」
大きく息を吸い込んで。
これも黒豹流武術の応用ではあるが技では無い。吸い込んだ空気を体内で渦巻かせて――反った体を撓らせつつ、前方に向かって吐き出す。
「――わッ!」
言うなればソナーの原理と同じだ。音を出して、跳ね返ってきた音を感じて対象の位置や大きさなどを知る。とは言っても、俺の場合はそこまで高性能じゃない。あくまでも目で捉えている視覚情報と、跳ね返ってきた音の情報との差がわかる、という程度だ。が、それもこれもこの猫耳あってのこと。伊達じゃないってな。
「んっ――見つけた! 行くぞ、ツヴァイ」
壁のような砂の坂を滑り落ちていけば慌ててツヴァイも降りてきた。
「マタタビ様! この深さは戻れなくなりますよ!」
「戻るときのことはあとで考えろ。今は目の前の敵だ」
「目の前、って……」
言いたいことはわかる。たしかに見えている範囲に魔物の姿は無い。それでも間違いなくそこに居る。
向こうが気付いているかは別として、先制攻撃を仕掛けるにしても地面が砂では竹林根切は効果が薄いだろう。なら、ダメージが与えられるかは五分だが、原始的な攻撃をしてみよう。
坂を降り切る直前に、片手に砂を掬い上げて腕を大きく振り被った。捻りと撓りを加えて――ただ単純に、投げる!
すると、飛んでいった砂は何もない場所に当たって弾けた。
「見えたか?」
「見えました! 私が先制します!」
言いながら俺の前に出たツヴァイは抜いた剣を地面に突き立てると、砂が弾けた場所に真下から鋭く尖った蔦が生えた。そのうちの数本は空振りだったが、残りは鉄同士がぶつかり合う音と共に折れ――そこに浮き出るように巨大なカメレオンが姿を現した。
……いや、たしかに見た目はカメレオンだが、肌を刺すような痛みでわかる。デーモンから向けられる殺意とは違い、野生の生物として純粋に食うか食われるかの緊張感。やばいな。こいつ、白虎よりも強くねぇ?
「ツヴァイ、避けろ!」
攻撃の気配に気が付いて促せば、軽く振り上げられた腕の衝撃波が地面を裂いた。たしかにこれならデーモンもこの砂漠地帯に手が出せないわけだ。とはいえ、俺には戦わずに逃げる選択肢は無い。ここまで来たからってのもあるが、何より先を戦い抜くためには武器が必要だからだ。それも、より強力な武器が。
「マタタビ様、何か妙案はありますか?」
「ん~、無い! だから何か案が浮かぶまでツヴァイは俺のサポートを頼む。来るぞ!」
腕の一振りが地面を割る程度の攻撃なら避けることは容易いが、尻尾の横薙ぎは空気を裂くし、伸びてくる舌は触れた地面を溶かしてる。いや、腐らせているのか? どちらにしても触れられない。
武器が無い以上は直接攻撃しかないが……まぁ、とりあえず本気で打ち込んでみるか。
俺の考えていることがわかったのか、ツヴァイは地面から蔦を生やしてレストアガマの気を引いた。
その間に距離を詰め、踏み込んだ脚から伝わる捻りを拳に乗せて横っ腹を殴り付けた。
「ッ――かってぇな。なら――」
鉄以上の硬度があるのなら、内側を破壊する極・節外しをお見舞いするまでだ。
「んっ――ん?」
寸分違わぬ位置に打ち込んだはずだが、ゴムのような弾力に押し返された。これでは衝撃も吸収されるが、問題はそこじゃない。
「こいつ肉質も変えられんのか、よっ!」
尻尾の薙ぎ払いを跳び上がり避けて後退すれば、反対に飛び出したツヴァイがレストアガマの近くで剣を振り、袖の隙間から落ちた種のようなものが地面に落ちた。そして、即座に俺のほうまで退いてくると、地面に剣を突き立てた。
「時間稼ぎです!」
剣から地面に魔力が注がれると、伸びてきた蔦がレストアガマの四足に巻き付いて動きを停めた。その間に倒し方を考えろって? 無茶を言うな。
「とりあえず打撃の効果が薄いことはわかった。つまり、ピンチってことだ」
「ちょっと、お願いしますマタタビ様。この砂漠地帯では私の魔力だけでレストアガマを拘束しておくのはもってあと一分です」
「そう言われてもね……」
ナチュラルなチートモンスターに勝つ方法なんて俺に思い浮かぶはずが無い。殴ったところで硬化されるってことはツヴァイの剣で斬りつけても撥ね返されるだけだろう。体内に直接衝撃を与える攻撃もゴム質に吸収されては意味が無い。ゲームなんかじゃこういう手合いは必ず弱点が存在しているはずだが、それを探っている余裕も無い。
勝ちの線があるとすれば鈍足なのか攻撃を避けずに受けてくれるところだと思うが――ん? レストアガマは動いていないが、空気を吸っている?
「マズい、ツヴァイ! 耳を――」
言い掛けたところで、大きく開けたレストアガマの口から超音波のような衝撃が鼓膜を揺らした。これは、平衡感覚を失わせる攻撃か。それなら対処法はある。
「すぅ――はッ!」
音に音を当てての相殺。荒療治だが、レストアガマが腕を振り上げた衝撃からツヴァイを守れるくらいには動けるようになる。なんともまぁ多才だね。嫌になってくるよ、本当に。
さて、晴れて自由の身になった魔物の次の手は?
「……ああ、それはさすがに想定外だ」
全身に棘を生やして膨れ上がった姿はさながらハリセンボンだな。となれば、どういう攻撃が来るかは予想が付く。
「動けるか? ツヴァイ」
「はい、問題ありません。助けていただきありがとうございます」
「礼は良い。それより構えろ。逃げるほうに」
次の瞬間、先程までの鈍足とは比べものにならないほどの速度で転がってきたレストアガマを避けるように左右に分かれた。マズいよな、ここは穴の中だ。つまり、逃げ続けるのがシンドイのは想像するまでも無い。
動きを停めようと蔦の壁を出したツヴァイだったが、鋭い棘に千切られてボロボロと崩れていった。
俺は今まで対人武術しか学んできていないし、ジュウゴやアヤメのように特別な力があるわけでも無い。とはいえ、学んだ技を使えば魔窟の森の魔物やデーモンとも戦えたわけだが、そもそも技が当たらなければ意味が無い。……じゃあ、まずは動きを止めようか。
「ツヴァイ、こっちに来い!」
追われているツヴァイを呼び寄せて俺の背後に回らせれば、レストアガマは真っ直ぐこちらに向かって転がってきた。
「マタタビ様、どうするつもりですか!?」
「まぁ、落ち着け。こんなのはただの玉遊びだ」
ネコだけに。
向かってくる球体が、伸ばした俺の腕に触れようとした瞬間――棘の一本を鷲掴んだ。あとは竜泉流しの応用で、腕から伝わる衝撃を体の中に通して捻りを加え――レストアガマを空に向かって放り投げる!
「よし。ツヴァイ。蔦を伸ばして串刺しにしてやれ」
「え、でも、効果ありますかね?」
「選択肢を狭めるんだ。奴に棘を引っ込めさせる理由を与えてやれ」
「よくわかりませんが――やります!」
地面から生えてきた蔦が槍のように伸びて落ちてくるレストアガマの真下に構えると、見る見るうちに全身を覆う棘は引っ込んでいった。
「落ちてきたところを狙うぞ!」
俺の予想が正しければ、肉質がゴムになれば鋭い剣の刃は通るはずだ。
蔦の槍を避けて落ちてきたレストアガマが地面に着くと同時に砂が舞い上がって俺たちの姿を隠した。左右から挟み込むように距離を詰めて、ツヴァイが剣を振り下ろすよりもコンマ数秒早く極・節外しを打ち込んだ。
傍から見れば誤差のような時差式攻撃だと思ったのだが、ツヴァイの剣が当たったときに響いたのは金属音だった。だが――俺が触れているのはゴム質だぞ? つまり、こいつは――
「だから反則だ――ろっ!」
動揺を悟られたのか不意に振られた尻尾の避けることができずに、寸でのところで腕と脚で防いで直撃はしなかったが吹き飛ばされた。だが、身に着いた習慣がそう簡単に抜けるわけが無い。骨や臓器にダメージを受けそうな攻撃は、受けた瞬間に竜泉流しだ。
「マタタビ様!」
「だいっ、じょうぶだ!」
着地と同時に地面に衝撃を逃がしたが、それでも完全にとはいかなかった。腕と脚に痺れが残ってすぐには動けそうにない。
つまり、今まさにこちらに顔を向けているレストアガマの舌を避けることは出来ない。絶体絶命だな。
「はぁ……この手は使いたくなかったが――仕方が無い」
あと数メートルで伸びてきた舌が俺に触れようとした時、覚悟を決めたのだが――次の瞬間、激しい地鳴りと共に地面から飛び出してきた巨大な手がレストアガマの体を潰すように押さえ付けた。いや、手というか猫の足、か? 違う。気にするのはそこじゃない。
「ツヴァイ! 尻尾を切れ!」
「っ――はいっ!」
状況を理解できずに呆けていたツヴァイに呼びかければ、押さえ付けられているレストアガマの尻尾に剣を振り下ろした。
あとは脱兎の如く。
敵でないなら巨大な猫の足など今はどうでも良い。何より、これだけ大きな気配がいきなり出現したんだ。おそらくデーモンたちもすぐに集まってくるだろう。その前に斬り離した尻尾を持って逃げるが吉。
「今のうちに逃げるぞ。蔦を梯子状の伸ばせるか?」
「この高さではちょっと無理ですね」
だろうな。それが可能ならこの大穴に入ることを拒否することは無かったはずだ。俺だけなら駆け上がることは出来るが、尻尾もあるしツヴァイもいる。
「なら、槍を五本くらい出せるか?」
「ええ、それなら」
剣を突き立てるのと同時に生えてきた槍状の蔦を手に取って、五本を等間隔で坂に投げて刺し込んだ。
「これなら行けるだろ?」
「……ですね」
背後で未だにレストアガマを押さえ付ける猫の手を気にしつつ、刺した槍に飛び移りながら坂を登り切り、あとを追ってくるツヴァイを待ってから全速力で駆け出した。
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