第26話 それでも戦える
結論から言うと、城を出る許可は下りなかった。
「まぁ、だとしても関係ないな。俺は行くけど、お前はどうする?」
「そう言うと思っていました。付き合いますよ、当然」
救世主である俺たちが行動を制限される謂れは無いはずだ。死ねば自己責任。それくらいの覚悟はある。
行くなと言われている以上、大っぴらに魔窟の森へと繋がる門を開けるわけにはいかない。だから、白虎の背に乗って門を飛び越え、ついでに北西の方角――魔窟の森の出口にまで連れて来てもらった。さすがは主だ。魔物避けにもなって丁度いい。
「助かったよ、白虎。お前は城の俺の部屋で待機していてくれ。いない間の世話はルネがしてくれるはずだから。じゃあな」
そう言うと、こちらに背を向けて戻っていった。
「では、マタタビ様。これを羽織ってください」
「……これは?」
「魔力を覆い隠すローブです。必要ないかもしれませんが念のため」
「便利なものがあるんだな。これがあればデーモンに強襲を掛けたりもできるんじゃないか?」
「そういう作戦が持ち上がったこともありましたが、各師団長クラスになるとこのローブでは完全に魔力を消すことが出来ないんです。それにこのローブは三枚しかありません。強襲するには心許無いですね」
「ああ、なるほど」
それだけレアなものを持ち出せるほどにはツヴァイが信頼されていることはわかった。
「それでは行きましょうか。一応、荒涼な砂漠までの道程にデーモンの支配する村がありますが、関知しない方向で。よろしいですか?」
「そうだな。面倒を避けられるならそのほうが良い。あとアレだ。二日で着くって話だが、それは普通に歩けばってことだよな? 急げば一日で行けるか?」
準備運動をしながら問いかければツヴァイは考えるように顎に手を当てた。
「そうですね……魔物との遭遇が無ければ一日も掛からないと思いますが」
「んじゃあ、目標それで。行くぞ」
駆け出せば、追い越すようにツヴァイが前に出て道案内をするように進んでいった。
持久力、俊敏性、膂力――客観的に見ても三人の中では俺が最も優れている。それでも、俺が一番弱い。炎を宿す男に、重力を従える女。対して俺は猫耳と尻尾が生えているだけだ。せめて常に爪やら牙があればもう少しはまともに戦えるのかもしれないが、それはそれで日常生活に支障が出そうだな。
荒野を駆け抜けて、岩場に入ったところでペースを落とした。俺なら軽々と飛び越えていけるがツヴァイはそうもいかない。
「あの、マタタビ様。気になっていたことを訊いても良いですか?」
歩みを遅めれば思考も回るか。
「なんだ?」
「皆様は、どうしてそんな風に戦えるんですか?」
「なんか前にも誰かに訊かれたような質問だな。どうしても何も、そのために俺たちを召喚したんだろ?」
「いえ、そうではなく……どうしてああも殺すことに長けているのか、と」
「ああ、そういうことか。俺に関してはそういう技術を学んだから、だな。実践武術ってのはそういうもんだ。ジュウゴとアヤメは――たぶん、殺さないことに長けていたから、じゃないか?」
乗り上げた岩から手を伸ばして、掴んだツヴァイを引っ張り上げれば、よくわからないように眉を顰めた。
「殺さないこと、ですか?」
「力を持って生まれた俺たちは、基本的に同じ超人類との喧嘩だけは許されているんだが殺しは御法度。だから、強い力を持っている奴こそ殺さない技術に長けている。逆に言えば殺そうと思えば簡単に殺せるってことだ」
「なる、ほど……どうしてその、超人類との喧嘩だけは許されていたんですか? 争いは無いに越したことはないと思いますが」
「普通の人間相手じゃあ簡単に殺しちまうからだな。それに、なまじ力を持ってしまっているせいか、どこかで発散しないと暴発するとでも思っていたんだろう。まぁ、その通りだが」
おかげで俺のような見た目だけの変化の超人類が迷惑を被ったわけだが、偏ったルールのせいで見知らぬ誰かが誹りを受けるのは歴史が物語っている。仕方の無いことだと割り切るしかない。とはいえ、それとは関係なく俺は武術を学んでいただろうが。
話もそこそこに、再び踏み入れた荒野を駆け抜けていけば目の前の大岩に近付いた時、前を行くツヴァイが気が付いたように足を止めた。
「なんっ――で、こんなところに! マタタビ様、この先にデーモンが――」
「気付くのが遅い。先手必勝だ。お前は逃げられないように周りを囲え」
言いながら、俺は足を止めることなくツヴァイの横を通り過ぎた。
先手、と言ったが実際には違う。俺は百メートル前くらいから気が付いていたが、気配からしてデーモンたちもこちらに気が付いて待ち構えているはずだ。とはいえ、まだ布陣は敷かれていない。敵の数は二十でこちらは二人。普通に考えれば攻めあぐねるのはこちらだ。だからこそ、こちらから行く。
「よっ――し!」
大岩を飛び越えれば武器を準備するデーモンたちがこちらに気がいた。とりあえずは一番近場にいたデーモンの首に目掛けて脚を振り抜けば、盛大に骨の折れる音がした。ブーツ様様だな。
さて――意気揚々と出てきたのはいいが、ちょっと素手で相手をするには数が多いな。だが、武器はある。倒したデーモンの持っていた剣を手に取ればズシリと重さを感じたが、破竹ほどではない。
刃物を使ったことは無いが、使う奴は何度も見た。
握った剣を振り被り、二体、三体――四体目を斬ったところで刃が折れた。
「これだから刃物は嫌いなんだ。加減がわからん」
折れた剣を投げて五体目。
手近に落ちている武器はハンマーか。これを使うくらいなら――あれが良い。
狙いを定め、デーモンたちの間を抜けて振り被ったハンマーでそいつの頭を吹き飛ばせば、一緒にすっぽ抜けたハンマーがその先にいたデーモンも吹き飛ばした。六体目と七体目。
「うん。やっぱりこういう物のほうがしっくりくるな」
竹ほど太くも長くも無いが、槍のような武器のほうが俺には扱いやすい。
そこで漸く周囲に植物の壁が出来た。合わせてデーモンたちもやっと戦闘準備完了って感じだな。だが、長物を持った俺には関係ない。
構える二体に向かって槍を突きたて、そのまま横薙ぎに隣に居た二体の首を刎ねた。合わせて十一体で、残りは九体。
「カッカカ! 死ねぇええ!」
振り下ろされた斧を避ければ、体には掠りもしなかったが代わりに槍が半分に斬られた。初めから狙いはこっちか。舌打ちが出るのも仕方が無い。
「死ぬのはお前だ」
斬られた柄のほうを斧を持つデーモンの首に刺して、残った刃のほうを一番離れたところで指示を出していたデーモンのほうに投げた。これで残りは七体。
「っ――撤退だ!」
「させねぇよ。ツヴァイ!」
「わかっています!」
逃げ出したデーモンたちに向かって落ちていた斧を投げれば一体の背中に突き刺さって倒れ、横から飛び出してきたツヴァイは三体の首を刎ねて残りは――
「……逃げたな」
「問題ありません」
そう言って地面に剣を突き立てると、デーモンたちが近付いていた植物の壁から蔦が伸びて体を貫いた。これだけ離れていても操れるのか。便利だな。
「とりあえずこの場を離れるか。魔法を使ったんだから、そうするべきだろ?」
「そうですね。それにしても……どうしてデーモンがこんなところに居たんでしょうか? 村は随分と前に通り過ぎているはずですが」
「奴らは魔法を使わない。じゃあ、どうする? 俺と同じだ。強い武器を作ろうとする、だろ。ハッハ――気が合いそうだな」
「冗談でもやめてください」
本気で嫌そうな顔をして言われたところで、周りを囲んでいた植物の壁が解けて地面に消えていった。
……確かに便利ではあるだろうが、ここまで自在に扱えるようになるまでどれほどの苦労があったのか想像するだけで――ああ、俺にはジュウゴやアヤメのような力が無くて良かったなぁ――などと思ってしまう辺り、やっぱり猫なんだと自覚させられる。
面倒臭がり、というか可能であれば寝ていたい。永遠に。
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