荒涼な砂漠

第25話 戦うために

 三都市を奪還してから七日が経った。


 アヤメは今日も今日とて訓練場で鬱憤を晴らすように特訓中で、ペロとミコは三日前からウッドビーズへ帰省中――というか、ウッドビーズを含む他三都市との連携のための話し合いに参加するついでに復興を手伝う、とか。


 残された俺は白虎と共に部屋に籠って暇を持て余しているわけだが……あの日から、城内であっても付いてくるツヴァイが同じ部屋で剣を振っている。まぁ、それ自体は構わないが、丁度一週間の節目だ。確認しておくか。


「なぁ、ツヴァイよ。俺たちはいつになったら動ける? そろそろ寝ているだけも退屈になってきた」


「そうですね……デーモン共への抑止力として最低でも一週間。状況次第で二週間はこの場に留まっていただく、というのが王と師団の意志です」


「あと一週間か。まぁ、キャンサーに頼んだ武器も完成まではまだ時間が掛かるようだし……どうするかなぁ」


 少し考えてみよう。


 事実として――俺はこの世界の誰よりも弱い。単純な殴り合いであれば負ける気は無いが、この世界では魔力の有無と量、それに相性などで強さが変わる。そもそもの前提として体に魔力を有しているデーモンは、魔力を乗せた攻撃でしか倒せない。詰まる所、素の俺では無力だ。


 今までの三都市奪還作戦に関しては用意された服やグローブ、武器そのものに魔力が含まれていたから戦えていたが、逆にいえばそれらが無ければ戦いにすらならなかったということ。


 戦うこと自体は好きじゃないが、戦える以上は避けられないし、そのためにこの世界に召喚されたわけだから戦わなければ存在意義が無い。……まぁ、無いなら無いでいいんだが。


 問題は武器が無いにしてもグローブやブーツが無ければダメージを与えられないってことだ。ジュウゴとの戦いに関しては魔力が無くとも大丈夫だろうが、十鬼将とかいうデーモンとの戦いでは無理だ。たぶん、普通に死ぬ。


 手っ取り早いのはどうにかして俺も魔力を有することだが、それはすでにルネやカプリコーンのじいさんが色々とやって駄目だった。現状の結論としては、俺の体に魔力を留めることは出来ないってことで落ち着いているし、それに反論するつもりもない。


 なら、どうするか。


「……ツヴァイ。お前は戦う時に、剣に自分の魔力を乗せているか?」


「魔力を乗せる、という意味はよくわかりませんが……魔力というのは常に体の中を流れていて、触れている服や武器にも自然と流れるものです。なので、あえて意識するようなことはありません」


「なるほど。出来る奴の言い分はそんなもんか」


 そもそも出来ない奴の感覚というのがわからないんだろう。数学の問題を解ける奴には解けない奴の意味が分からない、みたいな。まぁ、魔力云々に関しては理屈を理解したところで、前提部分で足りていないのだから仕方が無い。


 こうなってくると改めてどうして俺が召喚されたのかわからなくなってくるな。


『超人類最強』を肯定するわけでは無いが、俺が強かったのは元の世界でのこと。その時は一人でも戦えたが、今は周りに生かされている。足手纏いになりたくはないが……俺は、戦う以外の選択肢を知らない。


 まぁ、馬鹿が頭を使ったところで答えが出るとは思わない。


「ツヴァイ。お前の剣には魔力が含まれているのか?」


「はい、おそらくは。先程も申したように意識したことはありませんが、キャンサー様率いる第三師団の皆様が作った物には魔力が付与されるようなので」


「言ってみれば職人の残り香、みたいなものか?」


「その表現はわかりませんが……錬成魔法によって作られた武器であれば魔丸パイプを吸う前の子供でもデーモンを殺せるのは確かですね」


 とはいえ、戦うのは体内に魔力を有している大人だろう? つまり、キャンサーたちは何も意図的に魔力を含もうとして武器や防具を作っているわけでは無い。要は副次的なものだ、と。……ん?


「そういえば、城の中にいる姫さんのネコは魔丸パイプを吸ったんだよな? じゃあ、白虎は? 魔物は生まれたから魔力を持っているのか?」


「え、はい。というか、先天的に魔力を有していない生物なんて人間くらいですよ。だからこそ先人が魔丸パイプというものを作ったので」


 だとすると、人間やネコのような動物以外は生まれながらに魔力を有しているが、武器や防具にも魔力が宿るということは、何も命や生き物に帰属するわけでは無い、と。


「じゃあ例えば――魔窟の森で倒したクマの皮を剥いで、それを着て戦ったとしたら、その攻撃は魔力が含まれたものになるのか?」


「それは間違いないと思います。昔、錬金魔法の使い手が少なかった頃は、魔物の爪や牙を使って作った武器でデーモンと戦っていたという話を聞いたことがあるので」


 それが事実だとすれば意識せずに作られて微量の魔力しか含んでいない武器よりも、より天然の、純粋な魔力を含んでいる魔物の皮を剥いで身に着けるほうがデーモンに対して有効なんじゃないか? デーモンが白虎を警戒していることを考えれば仮説としては十分に成り立つが、そのためだけに魔物を殺すのは気が引ける。


「まぁ、都合良く魔物の腕でも落ちていれば別だが」


「っ――」


「……なぁ、ツヴァイ。そんな反応されたら訊かないわけにはいかないんだが……あるのか? 魔物の腕」


「ある、といえばありますが……なんとも……」


 話すことを禁止されているというよりは言いあぐねている感じか?


「言えよ。今更、俺らに隠し事するのも変な話だろ」


「それはそうなのですが……わかりました。まず、前にお聞きになったと思いますが、この世界のほとんどは現在デーモンによって支配されています。しかし、その中で魔窟の森のように不干渉地域がいくつかあります。理由は様々ですが、その中の一つ――白虎様と同じように〝荒涼な砂漠〟という場所を統制しているレストアガマという魔物がいるんですが、その魔物で作る武器や防具は通常の物より強力だと聞いたことがあります」


「誰の情報だ?」


「キャンサー様とカプリコーン様が話しているのを偶然耳にしたのです」


 老兵と武器職人。確度は高そうだ。


 ここで疑問があるとすれば、そんな便利な素材があるのになぜ使わないのかということだが、元より自分の魔力で戦える者には強力な武器など手持無沙汰になるって感じかな。


「その荒涼な砂漠? ってのはどこにある?」


「魔窟の森から北西の方角へ二日ほど行ったところですが……?」


「二日か。よし、なら――行くかな」


 背凭れにしていた白虎から立ち上がって伸びをすれば、目の前のツヴァイはよくわからないように首を傾げた。


「行く、とは……荒涼な砂漠にですか? それは一週間後に?」


「いや、今からだ。考えてもみろ。デーモンたちへの抑止力として俺とアヤメに留まってほしいと言うが、奴らが感じているのは魔力の気配だろ? だが、俺に魔力は無い。ってことは俺はいようといまいと関係ないってことだ。二日なら往復でも四日から五日。行くなら今がベストだろう」


「それは……そうかもしれませんが」


「代わりに白虎は置いていく。抑止力って意味ならそれで十分だろ」


 くつろぐための訓練着から、戦闘用の服に着替えてブーツとグローブを嵌めていると不安そうに眉を顰めるツヴァイが目に入った。


「では、まさかお一人で向かわれるつもりですか? アヤメ様は――それに場所はわかるんですか?」


「アヤメは自分のことで精一杯だろ。場所についても問題ない。一度この世界の地図を見ているからな。地図と場所が当て嵌まれば一人でも余裕で行ける」


 余裕で、は言い過ぎかもしれないが猫ゆえか、道を覚えるのは得意なんだ。それとアヤメに関しては放置していくのが一番だろう。元より俺が足手纏いにならないために行くわけだから。


 武器は無いが、魔物程度なら……まぁ、大丈夫。


 そんなところで――行くか。


「ちょっと待ってください」


 白虎をひと撫でして部屋を出て行こうとしたら目の前にツヴァイが立ち塞がった。


「なんだ?」


「私は貴方のお付きです。一人で行かせられるわけないじゃないですか」


「つまり?」


「私も行きます。ただでさえ城内がピリついているんです。救世主様を一人で行動させるわけにはいきません」


 ツヴァイも大分、救世主に――というか、俺に慣れてきたな。個人的には変に畏まられるよりもフランクに接してもらったほうが楽なんだが、まぁ体裁とか色々あるんだろう。


 場所はわかっていると言いつつも、こういう展開になることを望んでいたのは確かだ。知らない世界で知らない場所に行くことも、道中で起こるであろう戦闘に関しても、ぶっちゃけ楽できるならそれに越したことは無いからな。

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