第3話 魔法

 遅れてやってきた敵血に塗れた兵士たちが王の鎧を外し始めると、立ち上がったルネが俺たちの後ろに回ってきた。


「それではルグル王、救世主の方々をご紹介いたします。右からエンマドウ・ジュウゴ様、ネコガハラ・マタタビ様、テンジョウイン・アヤメ様です。すでに我が国が戦争中であること、そのために救世主であるお三方をお呼びしたことをお伝えいたしました」


「ご苦労。さすがは別世界よりおいで下さった救世主様方だ。面構えが違う。それに――容姿もな」


 一直線に俺のことっぽいな。まぁ、慣れてはいるが。


「我らが蔑視されるのは今に始まったことでは無い。本題に入ろう。王よ、我らに何を望む?」


 王様を前にしての態度とは思えないが、おそらくはこれがジュウゴなのだろう。不遜であり、尊大。故に落ち着き払っているのだと思えば納得もいくが、多分こういう奴が超人類のイメージを悪くしているんだろうな。


「うむ、端的に言おう。救世主様方には我が国を救っていただきたいのだ」


「問題は何から救うのか、ですわね。先程仰っていた敵とは何を指しているのかしら? 人? それとも――」


「デーモンだ」


 その言葉に俺も含めたこちら側にいる三人が首を傾げた。


「デーモンというと、悪魔か?」


「いや、悪魔族はデーモンとの戦争ですでに滅んだと聞いている。私のいうデーモンとは頭に角を生やし強靭な肉体を持つ者のことだ。好戦的で、その上、数が多い。我が国はもはや風前の灯火なのだ」


 角に強靭な肉体、好戦的で数が多い?


「それってもしかして鬼、なんじゃないか?」


「確かに話を聞く限りではそんな感じだな。つまり、俺様たちは鬼と戦い、この国を救えばいい、と。そういうことか?」


「その通り! さすがは救世主様だ、理解が早い! それでは早速――」


 笑顔の王が話を続けようとしたから質問をするために身を乗り出そうとしたが、隣のアヤメが口を開こうとしたことに気が付いて、尻尾を抱えて座り直した。


「ちょっと待ってくださる? 私たちはバルバリザーク王国の国家魔術師であるルネに、デーモンと呼ばれる敵と戦うためにこの世界に召喚されたというのはわかったわ。けれど、だからといって――あなた方に力を貸す義理は無いですわよね?」


「テンジョウイン様、それは一体どういう意味でしょうか?」


 ルネが首を傾げて問い掛けると、アヤメは垂れた髪の毛の先を指先で遊び出した。


「いえ、別に難しいことでは無いわ。それに正義を求めるつもりも無い。知りたいのは正当に足る理由よ。戦争中と言ったわよね? それはデーモンと? なら、どうして戦争をしているのかしら。和平の道は無かったの? 一方的に虐げられている? それとも仕掛けたのはこちら側から? 私たちを召喚することは苦肉の策だったようだけれど、他の国に救援を頼むなどをしなかったのはどうして? あなた方は自分たちが苦戦し仲間が殺されているデーモンと私たちを殺し合わせようとしているのよね? だから、必要なのよ。私たちがあなた方を守る理由が」


 圧が強いのはジュウゴかと思っていたが、むしろアヤメのほうだったか。圧、というか色々と怖い。


「うむ。救世主様の言うことも最もだ。では一つずつ答えさせてもらう。まず、戦争についてだがもちろんデーモンとの戦争だ。加えて和平は不可能なのだ。奴らは人間を根絶やしにしてこの世界を手中に収めるつもりなのでな。虐げられているか否かは難しいところだ。仕掛けてきたのはデーモン側からだが、我々もこうして抵抗を続けている。他の国への支援、か……私の知る限り、今現在で国としての機能を保っているのはこのバルバリザーク王国以外に無いだろう。そして、君らにデーモンと戦ってもらうことには負い目も感じている。だが――それ以前に私は一国の王なのだ! 民を――残された人間を救うためならばなんだってする! 故に禁忌を犯す許可も出した! これが理由になるかはわからないが、責任は全て不甲斐ない私が負う! だから、謝罪は出来ない。しかし、何かあったときは――私の、この首を差し出すと約束しよう!」


 座っていたソファーから立ち上がって、俺たちの前に首を差し出すように膝を着いた王を見て、部屋の中にいたルネを始め、兵士たちも騒めき出した。


 そんな光景を尻尾を抱きながら眺めていると、俺を挟んだジュウゴとアヤメがアイコンタクトをして頷いたのがわかった。


「わかりましたわ。ルグル王、あなたの気概に免じて一先ず私たちはあなた方の――バルバリザーク王国の味方です」


「おお! 感謝する!」


 再び頭を下げる王に釣られてルネも兵士も頭を下げているが……ん?


「いやいや、ちょっと待て! 変な方向に話が進んでねぇか? いや、もしかしたら状況的には正しいのかもしれねぇが、まず何よりも俺たちが元の世界に帰れるのかどうか、だろ!? なぁ、王様。あんた達の言う通りにデーモンたちと戦ってこの世界を救えば元の世界に帰れるんだよな?」


 すると、王様は苦虫を噛み潰したような顔を見せて視線を逸らした。


「……すまぬ」


「すまぬ、って……じゃあ、俺たちは帰れないのか?」


「その説明は私からします、ネコガハラ様。先も申した通り別の世界からの召喚術は禁忌の術。故に、過去の記録も少なく召喚した方々が帰還したという記載はどこにもありませんでした。加えて、言ってみれば召喚術は強い気配に座標を合わせて陣を出現させれば良いのですが、帰すとなると視点となる座標がなければ陣を敷くこともできません。そして、現状ではその視点を探る手立ても我々は持ち合わせていないのです」


 魔法とか魔術のことはよくわからないが、とりあえず難しいことは理解した。


「ふん、なんだマタタビ。元の世界に未練でもあるのか?」


「未練とかは……まぁ別にないけど」


 じいちゃんだったら『頼られたのなら最後まで面倒をみろぃ』とか言って殴ってきそうだしな。だから、未練とか帰らなきゃいけない理由とかは無いんだけどさ。え、この感覚って俺が可笑しいのか? 得体の知れない、良く分からない場所に連れて来られたら、まずは帰ることを考えるだろう。え、違うの?


「ま、ともかく帰れるかどうかは棚上げしておきましょう。今の私たちに必要なのはこの世界に順応することですわ」


「いや、たぶん二人は大丈夫だと思うぞ」


 皮肉でもなんでもなく。この世界に召喚されたところで驚くことも戸惑うことすらしていなかっただろうに。まぁ、俺も受け入れざるを得ないのだろうな。


「では、あとのことはルネに任せる。私は民へ説明をしてくる」


「はい。いってらっしゃませルグル王」


 出ていく王に二人の兵士以外は付いていって随分と部屋の中の熱気が無くなった。これで多少の緊張感も無くなったというものだ。


「さて。それではこの世界に順応するため、皆様にやっていただきたいことがあります。こちらです」


 テーブルの上に置かれたのは三本のパイプだった。


「これはパイプ煙草か?」


 確かに見た目はそんな感じだ。


「たばこ? いえ、これは魔丸パイプといって強制的にマナを体内に取り込み、定着させるための道具です。これをすることによってこの世界の人間は全員魔法を使えるようになります。ちなみに、皆様の世界に魔法は……?」


「魔法ではないが一部には、ある。俺様は炎を操る力を持っていて――おそらくは超人類最強だ」


 最強ね。俺のほうは伝聞や噂によるものだったが、こちらは自称。だが、それが許されるだけの実力を持っているのだろう。負けたことがないからこその不遜な態度だと思うと合点が行く。


 法律的に人間と超人類の喧嘩は認められないが、超人類同士では問題ないから、言っていることも現状ではあながち嘘では無いのかもしれない。


「まぁ、とりあえずはその魔丸パイプとやらをやってみようじゃない。この世界に来てから体を包み込む気のようなものを感じているのは私だけではないのでしょうし」


「ふん、それもそうだ。これがマナというやつなら元の世界とは比べものにならない力を使えることになるだろう」


 そう言ってパイプを持った二人は同時に銜えて、深く息を吸い込んだ。


「吸い込みましたらパイプを離し、ゆっくり細く息を吐いてみてください」


 ルネに言われた通り息を吐き出すと、ジュウゴは赤い煙を、アヤメは白い煙を吐き出した。


「おぉ! エンマドウ様の赤色は仰っていた通りに火に特化した魔法が使えることを示しています。テンジョウイン様の白色は五大元素――火・水・風・土・金のどれにも属しませんが特異な魔法に長けていることを示す色でございます、ちなみに私の召喚術も特異魔法の一つです。お心当たりはあるでしょうか?」


「そうですわね。私の力ならあなた方の言うところの特異な魔法で間違いないと思いますわ」


「でしたら良かったです。残るはネコガハラ様ですね。どうぞ」


「あ~……」


 どうぞ、と言われてもな。結果はわかり切っているわけだし。


「どうしたマタタビ。最強と謳われる貴様がどのような力を持っているのか教えてくれ」


「確かに、聞いたことありませんわね。そもそも動物一体型の超人類は何になるのかしら? 猫なら風? 順当に私と同じ特異という可能性もあるのかしら」


「ん~……」


 躊躇いながら手の中でパイプを遊ばせていると、目の前のルネが心配そうに顔を覗き込んできた。


「如何しましたか? ネコガハラ様」


「いや、もしもなんの魔法も使えない場合は何色の煙が出るのかと思って」


「なんの魔法も使えないということは有り得ません。どのような方でも、例えば農民の方でも簡易肉体強化の魔法が使えたりするので白い煙を吐き出します。人ならば誰しもが魔力を有しており魔法が使えます」


「誰しも、ね……じゃあ、まぁやってみるか」


 パイプを銜えて深く吸い込めば体内に何かが入ってくるのがわかる。体の中に留めてゆっくり細く吐き出してみる。


 結果は――案の定だ。


「え……あの、ネコガハラ様。ちゃんとパイプを吸いましたか?」


「ああ、吸ったよ」


「も、もう一度! もしかしたらお渡ししたパイプに問題があったのかもしれません! 今度はこちらをお使いください!」


 結末はわかり切っているが、渡されたパイプを吸って同じように吐き出した。


「ふぅ~……うん。変わんねぇな」


 出てきた煙は何色か?


 答え、そもそも煙など出てこない。


「えっと、あの……はいっ! 大丈夫です! 魔法適性が無くともネコガハラ様が召喚された事実は揺るがないので! 皆様、本日はお疲れだと思うのでお部屋の準備をしてきます。少々この場でお待ちください!」


 去っていくルネを見送って考えるように項垂れると、左右から向けられる痛い視線に苦笑が零れた。

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