第4話 姫とネコ

 不意に立ち上がったジュウゴに体を震わせると、先程まで王が座っていた椅子に腰を下ろして踏ん反り返り脚を組んだ。


「貴様に力が無い? そんなはずがないだろう。でなければ最強の超人類などと呼ばれるはずがない。もっとも、本当の最強は俺様だが」


「まぁ、最強がジュウゴかどうかは措いておくにしても、力が無いというのは腑に落ちないわよね。どうして?」


「どうもこうも無ぇよ。俺に力が無いのは事実だし、どっちが最強かは知らねぇがどう考えたってジュウゴやアヤメのほうが強い」


 何度同じことを言えばわかるのか。


「あなたより私とジュウゴのほうが強いのはそうでしょうけれど、力が無いというのは嘘ですわね」


「嘘じゃねぇって。俺はただ猫耳と尻尾が生えているの超人類なんだよ。違うのは見た目だけだ。つーか、そういうアヤメはどうなんだよ。どういう力なんだ?」


 話題を逸らすと、意外にもジュウゴも前のめりになった。


「それについては俺様も興味がある。貴様が西を治めていたことは知っているが、力までは知らないからな」


「そうですわね……もう敵ではないから教えて差し上げて良い気もしますが、それでは面白みに欠けますわ。だから片鱗だけお見せします。マタタビ? ――お座り」


 その言葉を聞いた瞬間、体が重くなってソファーを滑り落ちると床に膝を着いて頭を垂れたまま動けなくなった。


「っ――!」


 体を起こそうとしても、まるで言うことを利いてくれない。どういう力だ? 相手の自由を奪う力? それとも誰でも従えるような力か、もしくは生体電流を操っているとか?


「はい、解除。どうかしら? これが私の力ですわ」


 フッ、と体に掛かっていた圧が消えて自由に動かせるようになった。


「原理はわからないが、少なくとも俺に抗う術がないことはわかった。ジュウゴは何かわかったか?」


 そう言って視線を向ければ、考えるように顎に手を当てたジュウゴは鼻で笑って背凭れに体を預けた。


「なるほどな。貴様の力は凡そ見当が付いた。そんなもの俺様にとっては取るに足らん。が――この世界の敵と対するには良い力だ。共に召喚された理由としても頷ける」


「あら、随分と上から語ってくれるわね? なんでしたら今ここであなたとやり合っても良くってよ? この際、どちらが上か決めておこうかしら」


「ふん、そう急くな。俺様たちの力試しは自ずとどこかで実現するだろう。それよりも今は――」


 言葉と同時に、ジュウゴとアヤメの視線がこちらに向かってくる。やはり、この程度では話を完全に逸らすことは出来ないか。……まぁ、別に隠しているわけでもないし。


「言っただろ? 俺はただ猫耳と尻尾が付いているだけで特別な力なんて持ち合わせていない。超人類の中でも圧倒的に弱いほうだ」


「だが、お前が北と南の抗争を止めたのは事実なのだろう?」


「まぁ、そこに関してはイエスだ。というか、そもそも前提が間違っているんだよ。確かに俺はその抗争を止めた。でも、別に超人類的な力なんて使ってないんだよ。つーか、力なんて持ってないんだし」


「なら、どうやったのかしら?」


「薄々、勘付いているだろ。うちのじいちゃんは武術の師範で、必然的に俺も稽古を付けられたから普通にそこそこ腕は立つんだよ。そんで相手をボコったら噂に尾鰭が付いて今、って感じだな」


「つまり、超人類の力では無く、純粋な力のみで他の超人類たちと渡り合ってきたということか?」


「そうなるな。一応は」


「ほう――興味深い」


 待て待て、やめろ。前のめりになるな。俺は喧嘩とか争い事は好みじゃないんだ。


 空気がひりついた次の瞬間、ドアの向こうから声が聞こえてきた。


「――待って~!」


 勢いよく開かれたドアから入ってきたのは一匹の猫だった。何故か一直線に俺のほうへと向かってきたのを抱き止めた。


「お、っと。なんだ? 首輪はあるな。……雑種か?」


 脇を掴んだまま指でうりうりと擦ると、猫撫で声を上げた。


 目を合わせたまま首を傾げると、開いたドアの向こうからやってきた声の主が兵士に停められていた。


「姫様。ここは来賓室です。許可の無い者の入室は禁止されています」


「え、でもネコちゃん……」


 そこには金髪碧眼の十歳くらいの少女がいた。


「兵士よ。その娘は姫なのだろう? ならば俺様が許可しよう」


「しかし……わかりました」


 するとおずおずと入ってきた少女の前でジュウゴが膝を着いた。


「初めまして、姫様。名前を窺っても?」


「はじめまして、お客さま。エタは、エタールと申します。カッコイイお兄さまのお名前はなんと言うのですか?」


 長いスカートを抓み上げて頭を下げた少女は確かに王族らしい振る舞いに見える。まぁ、自分のことを名前呼びするのは幼さゆえの可愛らしさということで。


「俺様は煙魔道重吾。この世界を救いにきた救世主の一人だ」


「救世主さまなのですね! じゃあ、そちらのキレイなお姉さまも?」


「私は天城院菖蒲と言います。もちろん、救世主の一人ですわ」


「ということは、そこのカワイらしいお姉……ネコさま? もですか?」


「猫ヶ原瞬尾。まぁ、可愛らしいってことは否定しねぇけど、お兄さんな。エタールちゃん、でいいんだよな? この猫の名前は?」


「名前? ネコちゃんです」


 つまり、名前は無いってことか。床に下ろせば姫様のほうに戻るかと思えば、俺の膝の上に跳び乗ってきた。なんか知らないが嫌に懐かれているな。


「すごい! その子、エタ以外の人には懐かないんですよ?」


「へぇ」


 まぁ、こっちは猫耳なわけだし仲間と思われているのかもしれない。


「私も撫でていいかしら?」


 そう言って腕を伸ばしてきたアヤメのほうに体を開くと、頭に触れる直前の手を猫がパシンッと弾いた。


「え、なんで……」


「感じたんじゃないか? 圧を」


「掛けませんわよ。圧なんて」


「なら気付かれたのだろう。動物は人の感情を読み取るというからな」


「あら、失礼しちゃいますわ」


 などと変に穏やかな空気が流れていると、走ってくる足音が聞こえてきた。


「お待たせしました、救世主様方――あ、エタール様こちらにいらっしゃったのですね。護衛兵が捜しておられましたよ」


「ごめんなさい。ネコちゃんを追ってきたらここに来ちゃって」


「あぁ、そんなに凹まなくても怒っていないので大丈夫ですよ。ただ護衛兵を振り切るのは色々と問題になるので気に掛けてあげてください」


「うん。わかった。おいで、ネコちゃん」


 呼ばれた猫は膝から飛び降りて姫様の下へ歩み寄っていった。


 やってきた護衛兵と共に去っていく姫様に手を振るルネは、なんだか姉妹のように見える。主従関係的には確実に姫のほうが上だが、実際の関係を見る限りでは随分とフランクな王政らしい。


「それでは皆様、お部屋にご案内いたします。その後は宴会の用意をしてありますので存分にお楽しみください!」


 意気揚々と歩き出したルネに付いていくが、三人ともがその言葉に違和感を覚えるのも当然だった。


「宴会? 戦争中だろう?」


 呟くように疑問符を浮かべると、横並びに歩いていた二人が鼻息を鳴らした。


「ふん――確かに些か不可解ではあるが、その意味がわからない俺様では無い」


「俺は意味わかんねぇんだけど。普通に考えたら戦時下で食料を無駄にするのはもったいないだろ」


「そうとも限りませんわ。そもそも食料供給を戦術として考えた場合、救世主と呼ばれる私たちが召喚されたことで現状の士気は上がっていますわ。そこに飲んで食べての大騒ぎとくれば空気も変わるというもの。そういう意味では、むしろ戦時中と言うべきですわね」


「……なるほど」


 隣でアヤメの言葉に頷いているジュウゴを見る限り、どうやら超人類としての力だけでなく、単純に兵法の知識も俺は二人に劣っているらしい。元より優れている部分などあるとは思っていないが――うん。改めて思う。


 俺、いるか?

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