第2話 バルバリザーク王国

「おっ――おぉおおお!」


 目の前で起こる歓喜の声に耳を塞いで周りを確認すれば、右側には赤い髪を逆立てて腕を組み、偉そうに仁王立ちをする男と、左側には茶色に近い髪色をゆるふわに巻いて後ろ手を組み、静かな笑みを浮かべる女子高生がいる。


「なんだここ……城の中か?」


 まるで祭壇のような場所に立たされている。にも拘らず、どうやら戸惑っているのは俺だけらしい。左右の二人は、まるでそこにいるのが然も当然かのように立っているのだが……え、状況を理解してないのって俺だけなのか?


「おい、猫の。我らは招かれたのだ。もっと胸を張れ。俺様のようにな」


 右側の男が何やら言っているが、いやそれ以前にこのご時世で俺様呼びってヤバい奴だな。


「招かれた? お前、何か知って――ふにゃ!」


 突然、尻尾を思い切り掴まれて変な声が出てしまった。振り返ってみればゆるふわパーマの女子高生が『ハッ、気付かれた』みたいな顔をして焦ったような苦笑いを見せた。


「何してんだ、お前」


 尻尾を引けば、残念そうに口を尖らせた。


「いえ、別に大したことではないわ。ただ猫混じりの超人類を初めて見たから尻尾がどうなっているのか確かめたかっただけで」


「開き直ってんじゃねぇよ。普通に神経通ってるっつーの」


「あら、そうなの? だとするなら、喧嘩のときなどに真っ先に狙われるんでなくて?」


「そもそも喧嘩するっつー前提なのは引っ掛かるが、そういう時には全身の神経が研ぎ澄まされるから、わざわざ意識するまでも無いんだよ。いや、そもそもなんでお前らはそんなに落ち着いてるんだ!? お前らもアレだろ? 変な魔法陣みてーなやつ見ただろ?」


「そこから説明が必要なのかしら? さっきそっちの赤髪が言っていた通りよ?」


「だからその意味が――あ~、くそっ! 話が通じねぇ!」


 片や俺様口調の変な奴だし、片やお嬢様口調の女子高生だしで何がなんだかわからない。俺が可笑しいのか? いや、正常なはずだ。……多分。


「おい、貴様等。戯れを見ているのも楽しいが、我らを召喚した術師が何か言いたそうだぞ?」


 その言葉に大勢の人の先頭にいるフードを被り杖を持った若い女の子に視線を向けると、躊躇いがちにトコトコと祭壇を上がってきた。


「あ、あの、言葉はわかりますか?」


「うむ。しかと通じている。言いたいことがあるのなら言うが良い」


 ああ、お前が仕切るんだな、俺様くん。


「良かったです。これだけ大きな召喚術は初めてだったもので。それでですね、え~っと……とりあえず自己紹介からですね。私はバルバリザーク王国の国家魔術師、ルネ・エンヴィーです。ルネとお呼びください」


 嫌な予感ってほどでも無いが、聞き覚えの無い国名に見覚えのない人種、それにまるで異国の名前とくれば大方の見当は付く。嘘であってくれと願うばかりだが。


「ではルネ。こちらも自己紹介と行こうか。俺様は煙魔道えんまどう重吾じゅうご。高校三年生。そして――」


 こっちに視線を向けないでくれ。俺様くん改め煙魔道重吾とやら。名乗り上げたらその時点で後には引けなくなる気がする。いや、もう遅いか。


わたくし天城院てんじょういん菖蒲あやめ。高校二年生ですわ」


 流れ的には、やっぱり俺も自己紹介をするべきか。


「俺は……猫ヶ原ねこがはら瞬尾またたび。高校一年生だ」


「はい! 皆様よろしくお願い致します! 本来でしたらこの状況を我が国の王が説明するべきだと思いますが、生憎現在城内にはおらず……ですので不肖私めが案内及び説明をさせていただきます。まずは来賓室へとご案内いたしますので、私の後に付いて来て下さい」


 歩き出したルネの後に付いていく二人を追うように仕方なく付いていくと、歓喜を上げていた人々の群れが割れていく。武器を持っているようだが兵士――ってわけでは無さそうだ。剣を握っている者もいるが、クワやカマなどの農具を掲げている者も多い。


 王が不在の城に、農具で武装した人々か。明確なことは何一つとしてわからないが、出来れば推測もしたくない。


「おい、猫ヶ原。さっきも言ったようにもっと堂々としていろ。それでも最強と謳われる男か?」


「そもそも俺は最強じゃ――って、なんでその呼び名を知っているんだ?」


「ふんっ、俺様だぞ? 貴様だけでなくそっちの高飛車についても知っている」


「あら、奇遇ね。私もあなた方のことは知っていましてよ。東の煙魔道に、北と南の抗争を止めた最強の超人類。それがまさかこんなに可愛らしい子とは思わなかったのだけれど」


「北のワニと南の氷河だな。その話は俺様も知っている。貴様だろう? 猫ヶ原」


 何やら俺を挟んで話が進んでいるが、そうこうしている間に来賓室へと招かれて高級そうな三人掛けのソファーに腰を下ろした。右を煙魔道、左を天城院に挟まれて。


「ただいまお飲み物をお持ちしますので少々お待ちください」


 そう言ってルネは駆け足で出ていった。部屋の中には俺たちの他に兵士らしいのが二人、ドアの脇に立っている。


 まぁ、それはそれとして。


「ちょっと待て。抗争? そんなもの関わった記憶は――あ、あ~……くっそ。もしかして……」


 記憶を思い起こせば一年くらい前のことだ。うちの道場は長い階段の先にあり、そこには広い敷地が広がっている。別に私有地だと看板を掲げているわけじゃないし、むしろじいちゃんは子供たちが遊びに来ることを楽しみにしていたりする。だが、それ故にたまに喧嘩などをする輩もいるわけだ。それ自体は勝手にやってくれって感じだが、一年前の深夜に起きたそれは違った。五十人ぐらいが集まって叫んだり殴り合ったりしていて眠りを妨げられたから俺が出ていって仲裁を――もとい、リーダーっぽい二人が超人類だったこともあってボコボコにしたんだった。最強とかいう噂も、そこが原因か。


「完全に思い出した。確かにその時ぶっ飛ばしたのはワニの見た目をした超人類と、氷を出してくる超人類だった。……いや、だからといって俺が最強とはならないと思うんだが」


「一般的な見聞の問題だ。俺様や天城院は孤高であり、一人でその地域の超人類共を纏め上げていた。だが、ワニと氷河は徒党を組み――そして、北と南は手を組もうとしていたらしい」


「でも、どっちがトップに立つべきかで揉めた、と。まぁ、私からすれば徒党を組まれたところで問題は無かったのだけれど。先に吸収されたのは東地域でしょうしね」


「はっ。言ってろ。ともかくだ。俺様たちは別にしても、超人類を纏めていた二つのグループを一人の超人類が潰した、となれば当然その者が最強であると噂が広がるのもわかるだろう?」


 わかる。わかるが、なんだこの釈然としない感じ。


「え~っと……とりあえず煙魔道さんと天城院さんは以前からの知り合いだった、と?」


「いや、互いに噂を聞いたことがある程度だ。それと、共に召喚された仲だ。貴様等には特別にジュウゴと呼ぶことを許可しよう。敬語も不要だ」


「あ、はい」


 大股開きで腕組姿勢って、どう考えても呼び捨てとため口を許可する態度じゃないだろう。


「それなら私はアヤメでよろしくてよ? もちろん、敬語は不要で」


「わかり……わかった。ジュウゴにアヤメ。じゃあ、俺はマタタビで」


 その言葉を最後に沈黙が流れた。


「……」


「……」


「……」


 いや、ダメだ。耐えられる沈黙じゃない。他人だし、初めましてだし、別に俺は最強でもないし。ただ猫耳と尻尾が生えているだけだし!


 流れ落ちる冷や汗を拭っていると、不意にドアが開いて飲み物を乗せたお盆を持ったルネが入ってきた。救世主だ。


「お待たせいたしました! こちらコーヒーです。お砂糖などはお好きに入れてください」


「うむ」


 ジュウゴはブラックのまま。


「好きなだけ?」


「はい、お好きなだけどうぞ」


 アヤメは角砂糖をこれでもかというくらいに入れて。


「……いただきます」


 俺は角砂糖を一つだけ入れて、良く冷ましてから口に含んだ。


 コーヒーに、砂糖、か。


 一息吐いたところで、目の前に座ったルネは二度の深呼吸をして意を決したように口を開いた。


「まずはお詫びを。お気付きかもしれませんが、ここバルバリザーク王国はあなた方のいた世界とは別の世界です。私の召喚術によりお呼びさせていただきました」


 深々と頭を下げる姿を見たジュウゴは大股開きだった脚を組んで、コーヒーを啜った。


「ふむ。ここが異世界であることも我らが召喚されたことも今更だな。問題はなぜ呼び出されたのか、ということだ」


「そう、ですよね。そもそも我が国――いえ、この世界において別世界からの召喚術は禁忌の術なのですが今回は、もうそうせざるを得ないと言いますか……それしか手が無かったと言いますか……」


「諄いですわね。もっと明瞭に話して下さらない?」


 アヤメの言葉に体を震わせたルネはおずおずと噤みがちな口を開いた。


「はい……実は我が国は現在戦争中にございます。国有地はおよそ千五百平方キロメートル。周囲は敵国に囲まれており、あとひと月でも持てば良いほうかと……故に召喚術にて別世界より最強の可能性があるお三方を召喚させていただきました」


 普通にスルーしたがちょっと話を戻そう。


 ……そうか、やっぱり異世界なのか。異世界召喚ね……よりにもよってどうして俺がって感じだが、そこは措いといて。少なくとも現状、言葉は通じているしコーヒーとか砂糖とかいわゆる物の名前も共通している。もしくは脳内で辻褄が合うように変換されている、とか? あとは話を聞く限りでは単位も同じなのだろう。


「千五百ってどれくらいだ?」


「鳥取の半分以下だな。国土としては手狭だ」


 問い掛ければジュウゴが答えてくれたんだが、意外だ。そういう知識とか無さそうに見えるのに。


「そうよね。狭すぎるわ。むしろ、どうしてそうなる前に私たちを呼ばなかったのかしら」


「いえ、出来ることでしたらそうしたかったのですが、なにぶん禁忌の術でしてそう簡単に使えるものではないのです」


「失敗すると命に関わるとか?」


「それはありませんが、魔力消費が大きいので王の決断から三か月は魔力を溜め続けなければならないのです」


「魔力ね……」


 超人類の中には魔法使いと呼ばれるような力を持っている者もそれなりにいるが、俺には関係ない。見たところ、この世界にも俺と同じような動物遺伝子の変異をしている者はいないようだし、言わずもがな横に座る二人も違う。もしかして、見た目の変異が無い超人類には俺たちと何か違う感覚があるのか? だから、この世界に来たときも特に焦った様子が無かったとか。


 それについて訊いてみようかと前のめりにしていた体を起こした瞬間に、ドアが勢いよく開かれた。


「ルネよ! 救世主の召喚に成功したというのは真か!?」


 入ってきたのは鎧を身に纏い、逞しい髭を蓄えた恰幅の良さそうなおじさんだった。この人、もしかしなくともアレだろ。


「その通りです! ルグル王! 召喚に成功いたしました!」


「おぉ~! 良くぞやってくれたルネよ!」


 王様の登場か。よく見ればこのおじさん、手も血塗れだし鎧の至る所に血を付けている。


 戦争中。別に疑っていたわけでは無いが――ほぼ確信した。どうやら俺たちはとんでもない世界に召喚されてしまったらしい。

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