- 妖ノ蛇縄- 序

天鼠蛭姫

第1話- 妖ノ蛇縄- 序

「ねっ・春夏冬あきなし君。今日バイトないんでしょ?

だったら皆と遊びに行かない?暇でしょ?」

そんな小首を傾げて聞いてきた小林の誘いをそれでも用事があるからと

割と無碍に僕は断り桜花舞い散る路面電車に飛び乗った。


今日は火曜日だから義務を果たさければならない。

行き先は小さな商店街の裏路地にある古い民家となる。

未だ戦時中と言う事もあり街には憲兵も多い。本来なら僕の年頃にもなると

みんな徴兵されて戦地へと赴く事になる。不幸にも僕は体が弱かった。

一度は軍に入ったものの実際の訓練には体がついてゆかず

軍病院の検査の結果、兵役出来る体ではないと烙印を押され

翌日直ぐに軍から追い出された。

それからと言うもの軍関係者とは馬が合わない。

出来るだけ目立たないように憲兵達を脇を通りすぎて

目的の民家に辿り付く


この国は戦時下と言うのに近代工業が盛んで発展も著しい

気が付くと見たこともない物が色々と街角に突然出現してる事さえある

そんな中でもこの古民家はずっと昔からある風体を保っていた。

竹網で作られた塀。古風な門作り。玄関に続く飛石。

それ等を囲む鬱蒼とさえする庭木。その全部が時間が止まってる感じさえする

門をくぐり中へ進んで玄関口へと道を辿る

そこには表札があり[ 蛇屋 ]と書いてあった。

又その下には一枚の紙が貼られそれには、人たる者入る事許されず。と

流筆文字で書いてある。あまりに達筆であるため読める者など誰もいないだろう。


カラカラと横開きの扉を開け「只今、帰りましたぁ」と声を掛ける

玄関上がりの床には既に着物姿の女性が膝を折り三つ指を突いた女性が待っていた。

彼女は僕の顔を一瞥すると妖艶な笑みを浮かべ深々と頭を下げる。

「お帰りなさいませ、旦那様。お待ちしておりました。お時間通りで御座いますね」

顔を上げ又、妖艶に笑う。それは蛇が獲物を見つけてほくそ笑む表情そのものだ

ああ、そうだね。と言って手荷物を彼女に渡し奥へと廊下を進む。


実は一度だけ決められた時間に5分ほど遅れた事がある

意図的にでも故意にでもなかったが玄関を開けてみるとそこには大口を開けて

直ぐにでも僕をその腹に呑み込もうと待っていた大蛇の姿があった。

驚愕で言葉失うとか以前に目の前にある毒牙からタラタラと流れる

唾液と紅い舌に圧倒され身動き出来ない僕に彼女は蛇姿のままで

「これだから人と言うのは約束事を軽んじてばかりで・・」と説教を始め

彼女の怒りが収まるまでその後30分も僕は玄関に背中を押しつけていなければ

ならなかった。当然それで怒りが収まるはずもなく。

約束を守れない人には相当の罰が必要ですからと宣言され

僕はその後五日の間も古民家に幽閉されずっと彼女と目交う事になった。

出来る事ならあんな事は避けたい。病弱な僕にはキツすぎる。


「お湯が沸いて下ります故。旦那様」と彼女が促す

「あぁ。有り難う。という事は。今日は早いんだね」

「ええ。何分この時期は事をが連なりますので。お客様も自然を多いかと」

と湯所の前で彼女はしなやかな手つきで僕の衣服を脱がしていく。

僕がこの家に通うようになって2年。最初の頃は慣れなくて恥ずかしくも

あったから衣服くらい自分で脱げると言い張ったが、それは許されません。

家のしきたりで御座いますからと彼女に強く圧し切られた。

それ以来彼女等のしたいようにしている。

逆らうと後が怖いのは身をもって知ってるからだ。


夕方に入る事が出来る風呂は気持ちよい。

この後に仕事があるとしてもさっぱりとした気持ちになれるのは

誰でも気分が良いだろう。それに和服を着ると言うのも僕は好きだ。


「こちらで御座います。旦那様。ご緩りと堪能くださいましな・・。

ともあれ十分ご注意を。荒事になるかも知れません故」

「重々承知してるつもりだけども、気遣い有り難う」と返す言葉に彼女が微笑む。

毎度、毎度の事とは言えこればかりはしょうがないのかも知れない。

何せ彼らに取って僕はとても美味しい餌にしか見えないのだから。


襖戸を開けて部屋の奥に入り主人座布団の上で膝を折り

一礼して名乗る。

「当家17代目現家主・蛇屋晴顯へびやはるあきと申します。以後御見知りおきをと存じます。」

「細雪白李と申します。ご丁寧に有り難う存じます。」指を突き伏せた顔を

上げるとまだ幼さの残る女性は嬉しそうに微笑んだ。


薄紅い着物に紫の帯。少し緊張してる顔は同時に赤みも差している。

おかっぱに切りそろえた艶のある髪と白い肌。

憲兵が下心も隠さずに近寄ろうものなら一片の肉片さえ残さず呑まれて

しまうとは彼らは思いも付かないだろう。


礼儀上というかしきたりでそうなっている以上、これから行われる事が

解っていたとしても。僕は訪ねなければならない。

「本日はどのようなご用件でこちらにいらっしゃいましたか?細雪さん

印をお求めに・・それとも・・。」僕の問いが終わらぬうちに白李はそれを遮る

「印で御座います。晴顯様」凜とした声はきつい。

迷う事もなく即答した白李の顔は厳しい物になっていてこちらを睨んでいる。

それはそうだろう。出会って数分も経たぬのによく知りもしない何処ぞの人

風情に軽々しく自分の肌を晒したくはあるましい。


「心得ました。では・・」と僕は告げて目を閉じ両膝の上に手を添える。

閉じた瞼の向こうでも安堵のため息をつく白李の姿が解る。


姿勢を正し、フッと息を出し更に大きく吸い込む。

次に吐き出されるのは妖蛇印詩だった。

長々と続く印詩に合わせて空に印を組む。それは時になめらかに時に早く

又強く緩やかに僕の指は様々な印をくみ上げていく。

その度に空に梵字模様が浮かび上がり形を変えて消えては又現れる。


周りの空気がピンと張り詰めたものから揺るかな妖しい霧と纏う物に変わる。


本来、この妖蛇印詩は人がおいそれと組んでいいものではない。

同時に術者も受術者も印その物を眼で見ては行けない。

禁印となっているものだ。


自分が彼らと同類であればと強く思う。しかしそれでは自分ではそれを

使うことは出来ない。人であるからこそなせる技なのだ。

こればかりは自分ではどうしようも出来ない。


僕は白李が妖蛇呪印の力に誘惑なれないことを祈った。

それは本当に心からだし同時にそれがかなわない事もわかっていた。

またかと思った途端にそれはざわめき出す。


白李の纏う雰囲気が妖と変わる。

ごわごわをした妖気が辺りを漂い始め空気が歪む。

やはりそうなるかと苦い思いが胸に浮かぶが印を止めるわけには行かない。


次に起こることは経験から悟っている。

白李の顔が半分ほど蛇の顔になり目が開き顔が歪み口が避ける。

裂けた口が大きく開いたかと思うと中からふたつに割れた舌がチロチロと

蠢いている。それはもう乙女とは言えず一匹の大蛇と化した化物でしかない。


「美味しそう・。美味しそう。美味そうな漢。こんなご馳走を

呑まずとはいられるものか。我慢するのが無理におるわ」


[[下]]と片腕を突き出す。

その印にたじろぎ白李は身をひるんでその身を後ろに引く

しかし、シュゥと声を上げ、その腕に食らいつく。

肘奥にまで一気に口の中に収まってしまう。

「ぐふふっ。一気に頭まで呑んでしまえば印詩が終わる前に良いのだ」


グイグイと妖蛇が喉を鳴ら身をうねられる度に僕の腕はその口奥へと

グングン飲み込まれていく。印詩を辞めることも出来ず

僕の妖蛇の喉の奥まで腕を飲むこまれたままその先で印詩を

示しづつけるも、ついに肩口まで白李の蛇顔が迫る。


空気を一度呑みすぐに渾身の息を吐き出して


[[呪妖縛]]と印を結ぶ。


途端に白李の体の周りに蛇縄が現れギリっと締め付ける。

「あぁっ。」と声を漏らしたもののすでに時は遅いとなる。


白李の体は亀甲に縛られ天井杭から吊るされしまっている

亀甲に縛り上げられ体をふたつに折にされつま先が

やっと畳に届くかと言う姿でユラユラと体を捩っている。


「ああ。こ。これは・・?」

「白李殿。対妖蛇の縛り縄ですよ。あまり身を捩ると後が強く残りますよ。」

「そんな・・ご無体な・・。あぁ」

僕は自分の無力さを呪った。またこんな結果になったことを後悔していた。

しかしこうなった以上もはや妖蛇印詩は効果はない。

それは一度しか使えず、途中で止めてしまえば二度と効果はない。


こうなると残された道は1つとしかない。

僕は白李の唾液でぐちゃぐちゃになって着物袖を払い除け半裸となる

そのまま濡れた腕で白李の着物をはだけて白い尻をさらけ出す


「嫌っ。許して。どうぞ許して下さいまし。晴顯様。お願い申しますゆえ」

僕は後悔の念に苛まれつつも無視してあるべき所へと手を伸ばす

「人と言う漢を身をもってお知りなさい。白李殿」

「あぁっ。無理を申されないで下さい。」


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「はっ・・孕み申した。お子を・・晴顯様のお子を。」

白李はまだ荒息で体を揺らしたまま僕の顔を見つめている

その顔は憂いでもあり悦んでもいる顔だった。

彼女の眼差しは僕にとっては苦いものとなる。いつもの事ではあるが。


事が終わると家女中がやってくる。

その場ですぐ体を拭き着物を着替えてると

「後はこちらでいたします。旦那様」と声がかかる

「よろしく頼むよ」と言い捨てちらりと白李見ると

まだ体の力も戻らぬままにそれでも新しい自分の夫にむかって

「有難うございます。旦那様。」と優しげに声をかけてきた。

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