ヤグドの、力

 革命軍が優位にたち、ワコフ共和国首都メディーナに侵攻することができたのは、ひとえに民衆の支持を得たことによる。西洋の文化、資本を排除した結果、貧困をもたらしたヤグド大統領への不満と怒りは沸点へと達し、この国に闘争という名の気化熱を呼んだ。たぎる思いにとりつかれた人々の心は傷つき疲弊した肉体をも鼓舞させるものだったらしい。物資が不足していようと、大敗を喫しようと、彼らは前に進んでいった。






 密林の奥地に岩山があった。頂上部が平らに整備されているが、これはヘリコプターの離発着を可能にするためである。岩肌の数ヶ所にあいた大穴は出入り口の体をなすもので、人工的にくり抜かれており、各々が外付けのスロープで繋がっている。二十一世紀末のこの時代にしては原始的な工法だが、権力者が最後に暮らすねぐらとしてどことなくふさわしい気がするのは只々壮大だからであろうか。高さが百メートル以上ある。


 メディーナ中心部から東へ二百キロの場所にあるこの岩山こそが、革命軍の攻勢により首都を追われたヤグド大統領の隠れ家だった。居場所をつきとめた革命軍の手により、すでに火の手が上がっている。だが背水の覚悟で応戦する政府軍も粘り強く、戦況はいまだ読めない。






「よく来たな」


 突入に成功した摩耶を目前にし、ヤグド大統領は執務室のデスクから立ち上がった。その肉体の八十パーセントが機械化されているため、諸関節から駆動音が鳴る。


「叛乱軍の飼い犬が巨像に立ち向かおうとするとは、身の程を知らんな」


 顔の右半分も有機性特殊合金で作られている。一方で渋いバリトンの声は通常人のものであり、機械音声ではない。むかし指導者に頼もしさを求めた民衆は、ヤグドの身長二百三十センチを誇る魁偉な姿と、その美声を熱狂的に支持していた。それが間違いだったと気づいたのは西洋文化を失ってからのことである。


「ひとりで私に立ち向かおうという勇気は認めてやる。貴様の墓をたてる気はないが、せめて記憶の片隅くらいには留めておいてやろう」


 この時代、身を守るために己を機械化する権力者は多い。だが、ヤグドは違う。軍出身の彼は前政権との戦いで肉体を失ったのだ。ひ弱な政治家ではない。彼も昔は革命に身を投じていたのだった。今の摩耶と同じく。


 ────マーヤ、よけて!


 摩耶の目に取りつけられたコンタクトレンズ型カメラで状況を見守っているオペレーターのキャシーから指示が飛んだ。彼女に従い、摩耶は横に跳ねた。


 しかし予測は早くとも、摩耶の回避が追いつかぬほどにヤグドは速かった。巨体でありながら第六世代型姿勢制御装置により人を凌ぐ敏捷さを発揮する。


 ヤグドのベルドニウム合金製アームによるパンチを腹に喰らった摩耶は吹ッ飛び、岩の壁に激突した。大量の血を吐き、彼女は倒れた。


「貴様も革命熱にとりつかれたか。かつて私もそうだった。だが最後に成否を分けるのは力だよ」


 メタルの胸をはり、勝ち誇るヤグド。この執務室に革命軍の戦士は摩耶以外いない。突入部隊のメンバーは、みな道中で敵を蹴散らしながら若き命を燃焼させた。誰もが摩耶を信じ、そして摩耶にすべてを託した。


 だが、意識をなくした彼女に反抗の手はない。サンタクロースの訪れを願った少女ダリアの願いを叶えるためには、この国からクリスマスを奪ったヤグドを倒さなければならない。


「さあ、終いだ。叛乱軍の女よ」

 

 ヤグドがゆっくりと近づく。自らの血反吐で地面に作った赤い死の海に漂う、憐れな魚にも似た摩耶のほうへと。


 

 

 

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