第11話「決別!? ドラゴニアVSサタニア=デモニア!」

〈前回のあらすじ〉

 神谷かみやこころです。ミラクルソルとミラクルルア。かつて中津里町を守った魔法少女は、ミラクルルスとミラクルエスクリダオとして復活しました。いろいとあったけど、これで一安心……というわけにもいきません。クローン・エスクリダオは果たして1人だけなんでしょうか?



〈本編〉

 再び並び立った始まりの魔法少女たち。

 喜びが広がった一方で、不安もまた広がっていた。


「あたしのクローン……」


 明神地区で戦った日の夜、ベッドで横になりながら杏子は呟いた。

 サタニア=デモニアが「余計なものを削いだ意のままに動く人形」と評した杏子のクローン。


 あの時、勢いのまま倒したことは正解だったのか。

 今の杏子は元から存在していた杏子なのか。

 何より、クローンは1人だけなのか。


 何度寝返りを打っても気持ちは晴れず、答えも出ない。

 ただ1つだけ、確かなものがあるとすれば――


「しょうがねーな。アタシが行く」

「え……?」


 翌日。

 クローン・エスクリダオが出現したことについて話し合おうと、神谷家のリビングに集まった魔法少女たち。

 そこで杏子の想いを聞いたドラゴニアが立ち上がった。


「これ以上クローンを悪用されたくないなら、魔界にいるヤツらを潰してくるしかない。それが出来るのはアタシぐらいなもんだろ」

「ちょちょちょ、ちょっと待って!」


 そのまま魔界に赴く勢いだったドラゴニアを、優姫が慌てて引き留めた。


「それは、杏子さんのクローンを殺すってこと……?」

「? そう言う風に聞こえなかったか?」

「そんな! クローンの杏子さんだって、杏子さんなんだよ!?」


 先走るあまり言葉が付いてこなかった優姫の想いに、しかしドラゴニアは冷淡に問い返す。


「じゃあ何だ? またアイツが現れてもらないのか?」

「それは、その……」


 口ごもった優姫は助けを求めてこころに視線を送ったが、こころは目を伏せて何も言わなかった。

 誰もが沈黙する中、ドラゴニアだけが口を開く。


「どうやってクローンを作っているかは知らないが、昨日のエスクリダオからは『心』をこれっぽっちも感じなかった。少なくとも、クローン・エスクリダオとして出て来るヤツは、そこに居る杏子と完全に同じではないはずだ」

「本当に?」

「疑うなら、ソイツに聞いたらどうだ?」


 怪訝そうな顔で見る優姫の背後に居るひかるを、ドラゴニアは指差した。


「お前もそう感じたから、躊躇なく戦ったんだろ?」

「……そうだね。杏子の見た目をしてるけど杏子じゃない。そう直感したから戦えたし、また現れたら私は倒すと思う。ごめんね」


 言い終えると同時に、杏子とこころに向かってひかるは頭を下げる。

 それを受けるような形で、ようやくこころは自分の想いを話し始めた。


「良いです。と言うのは変ですけど、わたしはひかるさんを信じてますから。だから、ひかるさんはひかるさんの思うようにしてください」

「こころちゃん……」

「でも、わたしはどうするか決められません。もしまた現れて皆が危険な目に遭うなら戦いますけど、どこまで戦えるか――」


 尻すぼみになりながらこころの言葉は途切れた。

 たとえ完全に同一でなくても、杏子と戦うことなど望みはしない。

 しかし、皆を守りたい想いに嘘はつけない。


 杏子自身がエスクリダオとして立ちはだかった時のように、こころの心は揺らいでいた。


「お前らはどうなんだよ?」

「バトリィたちバトか?」


 沈黙が支配したのを見て、ドラゴニアはそれぞれのパートナーの前に座る天使たちに問いかける。

 まず最初に答えたのはクルルだった。


「ボクは今ここに居る杏子を信じるぜ」

「ワタシもミラ。そして、ひかると一緒に戦うミラ」

「オレは……」

「ラブ……」


 次いでミーラ、バトリィ、ラブリィが答えた。

 ミーラとクルルははっきり宣言した一方で、バトリィとラブリィはすぐに黙考した。

 もともとミーラとクルル――ソルとルアと言い換えても良い――を助けるために来たバトリィとラブリィ。クローンという想定外の事態に、どう判断すべきかわからなかった。


(こりゃ決まらないだろうよ)


 半ば覚悟を決めた者もいれば、惑う者も多くいる。

 クローン・エスクリダオが現れてからわずか半日程度では、仕方のないことだろう。


(思い付きで出来ていそうなコイツが、こんなに考え込んでるしな)


 目の前で俯きながら黙する優姫を見て、ドラゴニアはどうしたものかと考える。

 そんな中、急に杏子が立ち上がった。


「ドラゴニア。本当にお願いしても良い?」


 自分を見つめる杏子の瞳を見て、ドラゴニアは肩をすくめながら答えた。


「アタシは最初からそのつもりだが?」

「良いんですか、杏子さん!?」


 ドラゴニアの元を離れて詰め寄ってきた優姫に押されながらも、杏子は少し吹っ切れた顔で言った。


「良いかどうかはわからない。でもね、やっぱりこれ以上あたしのクローンで悪さをしてほしくないと思ったから」

「杏子さん……」

「本来、これはあたしが背負うべきものだと思うけど、魔界となるとドラゴニアに任せるしかない。だから、お願いできる?」

「さっきも言ったが、アタシは最初からそのつもりだ」


 杏子の言葉にひらりと手を振って、ドラゴニアはリビングを後にしようとした。

 その背中に、杏子が声を掛ける。


「行く前に、1つだけ聞かせて」

「何だ?」

「どうして、あなたはそこまでしてくれるの? あなたと同じように、あたしにも妹が居るということだけなの?」


 これまで魔法少女と敵対してきた悪魔の1人であるドラゴニアが、ひかる達の救出のみならず杏子のクローンへの対処までなぜ行うのか。

 全員が疑問に思っているということを背中に集まる視線から感じながら、ドラゴニアは短く答えた。


「後味が悪いんだよ」

「後味?」


 振り返り、首を傾げた杏子を見る。


「アタシの妹はな、もう死んでるんだ。だが、お前の妹は死んでいないし、仲間も死んでいない。お前はまだ何も喪わずに済むと思ったから、アタシはお前らを助けようとした。だけどそのせいでこうなった――そう思うとな、煎餅がマズくてしょうがねーんだ」

「……煎餅基準なの?」

「やったことの責任はきっちりとる。それだけだ」


 そう言い残して、ドラゴニアは去って行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「さて、どうするか……」


 サタニア城の中心部、サタニアの私的な空間が密集する地区で1つの大きな洋館を見上げて、ドラゴニアは髪を搔き上げて独り言ちた。


『この間の研究室襲撃以来、警戒のレベルは上がっている。アイツの計画の中心地となればなおさらだ。すぐに解除術式を渡せるものじゃない』


 魔界に戻って再び頼ったノギアは渋い顔をして首を横に振った。

 それでも何か無いかと食い下がったドラゴニアに、ノギアはしばらく考えてから1つの事を告げた。


『幸い、見張りの兵は少ない。様子を窺うだけなら大丈夫かもな。ただ、そこからどうするかが問題だが――』

『それだけで十分だ』


 そうしてドラゴニアは何とか城内に潜り込み、ここへと来たのだが……


(もぬけの殻と言えるほど見張りが居ないが、術式自体は厄介そうだな)


 この建物のみならず、一帯に悪魔の気配は少なかった。

 これ幸いとドラゴニアは気にしていなかったが、先代から続く少ない戦力のやりくりと巡らされた防護術式への自信の反映だった。


「ま、考え込んだってどうにもならねーよな」


 ノギアの協力を待つ時間は無く、ドラゴニアだけでサタニア=デモニアの術式を誤魔化すことは困難を極める。

 しかし、だからと言って退くわけにもいかない。


 二進にっち三進さっちも行かない状況で、どうするか――答えは簡単だ。


「堂々と踏み込んでやらぁ!」


 現出させた槍をその手に握り、目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。

 建物に仕掛けられた術式を駆動する魔力の流れ、そこから弱点を探る。


「……そこだ!!」


 ドラゴニアが投げた槍は術式の要を寸分違わずに貫き、機能不全に陥らせた。

 それはすぐにサタニア=デモニアの知るところとなるはずだが、そんなことは関係ない。

 サタニア=デモニアが来る前に用事を済ませれば良いだけのことだ。


「邪魔するぞ。デモニア」


 『時として魔術師を凌駕する勘』。

 強引に防護術式を突破したドラゴニアは、壁に開いた大穴から洋館の中へと入った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 洋館内の気配を簡単に探ったドラゴニアは、悪魔とは違う人間の気配を多く感じた地下に足を踏み入れた。

 1階から地下に通じる階段を下った先で扉をくぐると、通路が伸びていた。

 行き止まりに1つと左右に1つずつ扉があり、合計3つの部屋の存在を確信させた。


「メインは奥だろうな……」


 通路の先の部屋に人間の気配を多く感じながら、念のために左右の部屋も扉を開けてチェックする。

 まず最初に入った右の部屋でドラゴニアを迎えたのは、多数の棚だった。


「薬品庫か何かか?」


 透明な瓶が無数に並ぶ様に、かつて見た妹の部屋の光景を思い浮かべて見当をつけた。そしてそれは半分は当たっていた。

 適当に手に取った瓶をくるりと回転させ、見えなかったラベルを読む。


「――! まさか」


 ラベルに記されているのは、「心臓――神谷杏子、女、ニンゲン――」の文字。

 同じ棚に並ぶ他の瓶のラベルにも、体組織の名前が異なるだけで同じことが書かれている。

 

(アイツ、杏子を解剖バラしたのか……)


 悪いと即断するわけではないが、果たして杏子自身の承諾をきちんと得たのかどうかを疑わしく思いながら、ドラゴニアは部屋を後にした。


「? 何だ、ここは?」


 次に入ったのは、通路の左側の部屋。

 さきほどと違って1人用の小部屋程度だが、中央に石の台があり、向こう側にもう1つ扉がある。台は平均的な悪魔1人がぎりぎり横たわれるくらいの大きさだ。

 ドラゴニアはその台を回り込んで、扉を開けた。


「……おいおい、マジか?」


 目に飛び込んできた部屋の光景に、さしものドラゴニアも嫌気が差した。

 手前の部屋と同じ灰色がかった色だったであろう床は一面が赤黒くなっており、雑然と置かれた三角木馬や座面と背もたれに無数の棘が施された椅子、手枷・足枷・猿轡、苦悩の梨――挙げればキリが無い拷問器具がその色の由来を雄弁に語っていた。


「お前にそう言う趣味があったなんて、流石に知らなかったぞ」


 クローン・エスクリダオと先程の標本、そして人間界に戻った杏子の存在を考えれば、ここで拷問を受けたのが誰だったかは容易に想像できる。

 事態が思ったよりもひどい方向に進んでいたことを認識したドラゴニアは、足早に最後の部屋へと入った。


「まあ、そうなるよな」


 ひかる達を救出するために侵入した研究室よりも広い空間。

 鮮やかな赤色を呈する肉質の物体が床・壁・天井のほぼすべてを埋めつくし、蕾のような物体が無数に天井からぶら下がっている。

 こここそが、杏子のクローンを生み出している場所プラントに他ならない。


「まったく、胸糞悪くなってきた」


 そう呟くや否や、ドラゴニアは部屋に満ちる魔力を翼を通して吸収し、体内に蓄積し始めた。

 強行突入した以上、破壊する対象を悠長に選んでいる暇は無い。

 そして、選ぶような気も失せていた。


「アタシの力……見せてやる!!」


 途端に逆巻く炎が部屋で荒れ狂い、洋館全体を破壊しながら外へと噴き出す。

 クローンを生む蕾も、瓶に入れられた標本も、拷問器具もすべてが焼けて灰になっていく。

 立ち昇る火柱が、サタニア城一帯を明るく照らしだした。

 

「さて、さっさと帰るか――」

「そんなこと、出来ると思う?」


 サタニア=デモニアが来ない内に、というドラゴニアの計画は最後の最後で破綻した。

 声がした方向を見れば、近くの建物の屋根からサタニア=デモニアがドラゴニアを見下ろしていた。

 そのサタニア=デモニアの言葉に、ドラゴニアはあえて挑発する形で返す。


「むしろ、お前にアタシが止められると思うのか?」

「確かにワタシは戦闘が不得意だけど、それは戦えないということじゃないわ。それに、今の貴方は相当に疲弊しているはず」

「クッ、アハハハハハハ!!」

「……何がおかしいの?」


 お腹を抱えて笑われて、サタニア=デモニアは眉間に皺を寄せた。

 対するドラゴニアは目尻に浮かんだ涙を拭って答えた。


「アタシが疲れていればお前は勝てるのか? アタシも舐められたものだな」

「貴方こそ、ワタシを舐めているんじゃない? ワタシは『憤怒』の悪魔・サタニアよ」


 対峙する2人の間を、冷たい風が静かに通り過ぎる。

 先に仕掛けたのはドラゴニアだった。


「オラァッ!!」

「チッ!」


 突進による槍の一撃が屋根を大きく抉り、それをかわす形でサタニア=デモニアは空へと飛び上がった。


「さっきの勢いはどうしたんだよ!」

「フン、勢いだけの貴方とは違うから」


 ドラゴニアが新たに呼び出した大剣と、サタニア=デモニアがその手に握った片手剣が鋭く音を立ててぶつかる。

 懐に踏み込んでの一撃を狙うドラゴニアと、間合いを取っての魔術攻撃を狙うサタニア=デモニア。


 互いを知る者同士の戦いは、しかし単騎での戦闘経験を多く積むドラゴニアがじきに圧倒し始めた。


「ほら、ほら、ほらッ! 『サタニア』の名が泣いてるぞ!!」

「さてねッ!」


 ドラゴニアが大きく振りぬいたところを避けて、いくつかの炎弾を放つサタニア=デモニア。

 咄嗟にドラゴニアは剣でガードしたが、爆発によって2人の距離は開いてしまった。

 続く攻撃のための魔術を発動しながら、サタニア=デモニアはドラゴニアに言った。


「謝るなら今のうちよ? 今ならまだ、妹を復活させてあげても良いわ」

「ふざけんな! もうお前に頼らねえよッ!」

「へえ、諦めたの?」

「んな訳あるか!」


 放たれる無数の光線。

 そのすべてをかわしながら、ドラゴニアは再び間合いを詰める。


「アタシはお前に頼らずにフェイリスを甦らせる! それだけだッ!!」

「そう……」


 ドラゴニアによって振り下ろされる大剣。

 その動きを見つめながら、サタニア=デモニアは呟いた。


「残念だわ」


 斬撃が体を切り裂く。

 脳へと駆け抜ける痛みが、体をぐらつかせた。


「な、に――?」


 頭の中が白くなっていくドラゴニアの背中が、今度は横薙ぎに斬りつけられる。

 そして、トドメとばかりに腹部を大剣が刺し貫く。


「ぐふっ、ぁ……」


 ずるり、と剣を引き抜かれたドラゴニアの体が、眼下の大地へと真っ逆さまに落ちていく。

 傍に舞い降りたサタニア=デモニアは、どこかほっとした表情でドラゴニアを見下ろした。


「今の、は……」

「苦労したわよ。貴方に悟られないように認識阻害の魔術を展開するのは」

「認識阻害、だと?」


 崩れた洋館の瓦礫にもたれかかって傷にあえぐドラゴニアの目に、遅れて降り立ったの姿が映った。


「バカな、クローンは――」

「貴方が殺したはず。ええ、確かにそうよ。のはね」

「!」

「残念だけど、『杏子』シリーズと同様に『エスクリダオ』シリーズも量産済みだったの。数はまだ少ないから、ここを焼かれたのは痛手だけど何とかなるわ」


 膝をついてドラゴニアの耳元に口を寄せて、サタニア=デモニアは最後に小さく呟いた。


「だって、貴方というが手に入ったから」


 立ち上がったサタニア=デモニアは、冷酷な笑みを浮かべていた。



〈次回予告〉

 小川優姫おがわゆうきです! 杏子さんのクローンが悪用されないようにと魔界に向かったドラゴニア。きっと大丈夫だよね……色んな意味で。なんて思ってたら、強い魔力反応!? 超ヤバイんじゃない!?

 次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ Brave&Heart』最終話。

 「街が魔界に!? 決戦、サタニア=デモニア!」

 あたしたちが、奇跡起こすよ!

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