第9話「もう戻れないの!? 届け、こころの想い!」

〈前回のあらすじ〉

 神谷かみやこころです。予想外にもひかるさん達を助けてくれたドラゴニアは、勘違いしてしまったお姉ちゃんに重傷を負わされました。後になって事実を知ったお姉ちゃんは、そのまま……。やっと助けられたと思ったのに、もうダメなの――?



〈本編〉

「……誰だ?」


 部屋に仕掛けられた探知魔術に引っ掛からずに侵入した者。

 捉えていた人間と天使を連れ去った者。

 床に広がる海のごとき量の血を流した者。


 研究室に戻ってきたサタニア=デモニアがしばらくの間を置いて発した言葉は、その正体を求める問いだった。


「おい、ドラゴニア」


 宙に手を振って通信魔術を発動し、呼びかける。

 しかし、答えは返ってこなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



『お姉さま。こんなところで居眠りですか?』

「ん? フェイリスか……」


 優しくも少し咎めるような声が、ドラゴニアの意識を呼び覚ました。

 開いた目に懐かしく愛しい姿が映る。


『ダメですよ。体調を崩しますから』

「それはお前だろ。アタシは頑丈だから大丈夫だ」


 小柄で細い体つきに違わず病弱だったことを思い出しながら、そのツーサイドに結われたさらさらと流れる金の髪を触ろうと手を伸ばす。


 しかし、2人の距離は思いの外離れていた。


「なんでそんなに遠いところに居るんだ。もっと近くに――」

『ダメです』


 近付こうとするドラゴニアに、フェイリスはにべもなく告げる。


『それ以上進んでは行けません。お姉さま』

「……何でだよ。もっと近くで話をしようぜ?」


 ドラゴニアの言葉をさらに拒むように、2人の間に霧が満ちていく。


「フェイリス!」

『お姉さま。お姉さまには、まだやれることがあるはずです。だから――』



 ――こっちに来ちゃ、ダメです。



「フェイリス!!」


 伸ばした手は届かず、ドラゴニアは霧に飲まれていった。



「フェイ、リス……」

「あ、目が覚めた?」


 再び目を開けたドラゴニアの視界に、優姫が入ってきた。

 わずかに目を動かすと、ベッドで横になる杏子とそれを心配そうに見守るこころの姿も見えた。


(……死に損なったのか)


 己の頑丈さに半ば呆れながら、ドラゴニアは静かに息を吐いた。

 見上げる天井には見覚えが無く、背中に敷かれた布越しに床の硬さが伝わってくる。

 ここがどこなのか、その疑問には優姫が答えた。


「心配しないで。ここはこころちゃんの家だよ」

「こころ……エスクリダオの妹だったか」

「そうそう」

「目、覚めたんだね。良かった」


 優姫とドラゴニアの会話に気付いたこころが振り返り、柔和な笑みを見せた。

 その顔に杏子が重なって見えたドラゴニアが腹部に触れると、貫かれた傷はほとんど癒えていた。

 いくら頑丈とは言っても納得のいかない回復度合いに、ドラゴニアはこころに問うた。


「まさか、お前がアタシを治したのか?」

「違うよ。ノギアっていう悪魔が治してくれたの。わたし達をこっちまで送ってくれたのも、その悪魔だよ」

「『ドラゴニアをよろしく』とか言ってたね。知り合いなの?」

「そうだが……」


(何かあったら頼むとは言ったが、魔法少女にアタシを預けるなよ……)


 ノギアがいたずらっぽく笑う様が思い浮かび、ドラゴニアは大きなため息をついた。そして腹部の傷や全身の具合を確かめながら体を起こした。


「ちょ、ちょっと、起きて大丈夫!?」

「大丈夫だ。アタシを誰だと思っているんだ」

「ドラゴニア……」

「悪魔……」

「わかってるじゃねーか」


 不安げに見つめる優姫たちの視線を一笑に付すドラゴニア。

 そのまま立ち去ろうとしたところで、ふと気になった。


「おい、何でソイツは寝てるんだ?」

「それは……」


 シングルベッドの上で眠るひかる。

 しかしドラゴニアが疑問に思ったのは、その隣で静かに目を閉じて横たわる杏子のことだった。


「……あなたを傷付けたショックで意識を失ったままなの」

「は?」

「覚えてない? 杏子さんが叫んだの」

「あー、そういや耳が痛くなったような……」


 改めて見た杏子の顔には、少し苦悶の色がにじんで感じられた。

 頭を掻きながら、ドラゴニアはまたもや大きなため息をついた。


(アタシの骨折り損じゃねーか)


 もとよりドラゴニアの得になるどころか損にしかならなかったこととは言え、今のこの状況は看過できるものでは無い。


 どっかりとあぐらをかいて座り、ドラゴニアは腕を組んで唸り始めた。

 考えることは苦手ながら、ふとさっきのことを思い出して手を叩いた。


「そうだ、寝ているコイツの意識の中に入れば……」

「そんなこと出来るの?」

「昔、病気で妹が苦しんでいる時にやったりしたからな。魔術はからっきしだが、それくらいなら出来るぞ」

「『それくらい』なんだ……」

「じゃあ、ちょっくら行ってくる――」

「待った!」


 ベッドの傍らに膝をついたドラゴニアが杏子の額へと伸ばした手を、こころが咄嗟に掴んで止めた。


「おい、何すんだ」

「……わたしが行く」


 ひかる達を助けてもらったとは言え、こころはドラゴニアのことを信じきれているわけではない。

 ためらうこと無く杏子へとドラゴニアが手を伸ばす様子を見て、一瞬こころの胸中に不安がよぎったのだった。


「悪いが、他人を送り込むのは流石にしたことが無いぞ?」

「教えてくれたら自分で行くから。お願い」

「『教えてくれ』って、お前なぁ……」


(ニンゲンにどうやって魔術を教えたら良いんだよ)


 いまだかつて、ドラゴニアが何かを教える立場になったことは無い。得意でも無い魔術となればなおさらだ。

 しかし真剣な目で見つめてくるこころと、その隣で浮遊するラブリィの姿を見て、ドラゴニアは決めた。


「わかった。お前は魔法少女だし、何とかなるだろ」

「ドラゴニア……」

「ただ、あまりにもできないようならアタシが行くからな」


 そうして、ドラゴニアは杏子の意識の中へ入る方法の概略を話し始めた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「クルーマー……」

「カーニ……」

「タコヤーキー……」


 広い世界の中を怪物たちがゆっくりと歩いている。

 彼らを照らすのは、はるか頭上に浮かぶ雲の間から漏れる微かな月明かりだけだ。


「……ぁ……ぁぁ……」

「クル?」

「ビル?」


 異変を感じた怪物たちが次々に辺りを見回す。

 その答えは、「上から」やってきた。


「きゃぁあああああああああああ!!!!!」

「どぅわっ!!!!」

「バト!!!」

「オブッ!!」

「マッ!」


 響き渡る悲鳴と共に車型の怪物を押し潰したのは、ハートと優姫、バトリィ、そしてドラゴニアの4人だった。


「痛た……」

「びっくりしたぁ」

「怪我は無いバトか?」

「何でアタシまで入り込んでんだ。こんなの教えてないぞ」


 口々に言いながら立ち上がったハートたちと、怪物たちの視線が必然的に合う。


「……こんにちは」

「………」

「………」

「………」


 静まり返る世界。

 努めて友好的に笑顔を見せるハートを、怪物たちが凝視する。


「ごめんなさい。お騒がせしました~」

「申し訳ないバト」


 同様に、努めて平静に立ち去ろうとする優姫とバトリィ。


「じゃあな」


 そして努めずとも普段通りに軽く手を挙げて歩くドラゴニア。


『………』


 四者四様で歩く集団を、怪物たちは見守る。

 そして。


「クルーマー!」

「カーニー!」

「ビルディーング!」

「タコヤーキー!」

「だよね、そうなるよね!!」


 一斉に襲い掛かって来る怪物たちから逃げるべく、ハートたちは走り出す。


「でも、逃げてばかりじゃ……バトリィ!」

「OKバト!」


 優姫はブレイブに変身し、踵を返して怪物の群れへと向かった。

 それに気付いたハートは立ち止まって振り返った。


「ブレイブ!」

「行って!」


 愛剣ブレイブカリバーを握り、振り返らずにブレイブは叫ぶ。


「こいつらはあたしが引き受ける! ハートは杏子さんを!」

「ブレイブ……」

「でぇええええええええい!!」


 車型の怪物が放つ車輪を蹴り飛ばし、その懐に入り込んで胴を薙ぎ払う。

 明後日の方向に飛んだ車輪はビル型の怪物にぶつかって爆ぜた。


 多数の怪物を相手に怯むことなく立ち回る姿を見て、ハートは意を決して再び駆け出した。


「待ってて、ブレイブ……必ず……!」

「なかなか粋なことをするやつなんだな。何か見直したぞ」

「あなたが引き受けてくれても良かったんじゃないの?」

「これでも一応は怪我人なんだぞ?」

「さっきは『自分が行く』とか言ってたくせに――」


 そこまで言って、ハートははたと気付いた。


「何で、飛べてるの?」


 杏子の意識の中へと入ったとき、なぜハートたちは落ちてきたのか。

 それは、飛ぼうにも何故か飛べなかったからだ。

 にもかかわらず、ドラゴニアは走るハートの隣で飛んでいた。


「ある程度の高さに達すると無理だが、この程度なら飛べるみたいだぞ」

「そ、そうなの?」


 ハートが試しに飛んでみると確かに飛ぶことはできたが、10mも達しないうちに浮遊できなくなってしまった。

 それを見て、ドラゴニアは首をかしげた。


「何やってんだ、もっと行けるだろ?」

「え、これが限界みたいなんだけど……」

「そんなまさか」


 怪訝そうな顔をしたドラゴニアは、すぐさま50mを越えるほどの高さまで飛んで見せた。

 

「え、えー……」

「魔法少女だけ何か制約がかかっているのか……ん?」


 考えを巡らそうとするドラゴニアの目が、ふとあるものを見つけた。


「あそこに居るぞ」

「何が?」


 ドラゴニアが指差した先を見て、再び飛んだハートは目を見開いた。

 しかし、その間には多数の怪物たちが闊歩していた。


「よし。アイツらの相手は任せた」

「え? ……えええええええええええ!?」


 驚愕するハートを1人残し、全力で飛び出したドラゴニア。

 眼下に蠢く怪物たちの攻撃を容易く避けて、目的地へと降り立つ。


「よお、こんなところでお寝んねか?」

「……ドラ、ゴニア?」


 そこには、茨に体を縛られた杏子が居た。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「超・ブレイブカリバー!!!!」


 横に振るわれたブレイブカリバーの一閃が、多数の怪物たちを屠る。


「ハート・ストライク!!」


 大きなピンクのハートが走り抜け、真っ直ぐな道を作りだす。


 それぞれに戦う様子を眺めて、再びドラゴニアは目的の人間に視線を戻した。


「生きて、たんだ……」

「おかげさまでな」


 杏子は赤い地面から生える無数の茨に拘束されていた。

 いや、違う。

 茨の棘に傷付けられた皮膚から流れ出た血が、地面を紅く染めているのだ。

 ブレイブ、ハート、そしてドラゴニアしかいない状況で、杏子にこのようなことが出来るのは杏子自身しかいない。


「痛いのが好みなのか? そういう趣味をしているとは全く思わなかったぞ」

「………」

「それならそれで、アタシが思いっきり痛めつけてやろうか?」

「………」

「おいおい、アタシに人形とおしゃべりする趣味は無いぞ?」

「……ごめんなさい」


 顔を伏せた杏子が小さく返した言葉。

 心が沈み切っていることを感じ、ドラゴニアは茶化したノリで話しかけるのをやめた。杏子の傍に腰を下ろして、ブレイブやハートたちの方へと顔を向けた。


「どうしてこんなところにいるんだよ。お前が守りたがっていたものは、取り戻せたはずだろ?」

「それは……」


 口ごもった杏子の言葉の続きを、ドラゴニアは我慢して待った。


「……あたしは、あなたを傷付けた。ひかる達を助けてくれたのに、傷付けたんだ」

「何だ。そんなことか」

「え?」


 沈痛な面持ちで一言一言漏らすように話す杏子とは対照的に、ドラゴニアは至って気楽に答えた。


「別に気にしてねーぞ」

「どう、して……」

「『どうして』、か。そうだな……納得したからかな」


 ドラゴニアは静かに目を閉じ、微笑むフェイリスの姿を思い浮かべた。


「アタシにも妹がいたんだ。妹のためならアタシは何だって出来た。逆に言えば、妹以外のヤツのためになんて頑張らなかった」

「あなたにも、妹が、いた……」

「そうだ。そのアタシが珍しく、それもニンゲンのためにあれこれと考えて頑張った。まったくもって相応しい結果じゃないかと思ったんだ」


 杏子に腹部を貫かれた時、怒りに類する感情を抱かなかったと言えば嘘になる。

 しかし同時に、己の行いの結果として受け入れたからこそ、ドラゴニアはなるがままに身を任せた。


「……でも、それでも」

「ん?」


 長い沈黙の果てに漏れ出た杏子の声は、震えていた。


「あたしがあなたを殺しかけたことに変わりはない。あなただけじゃない。こころも傷付けて、皆を苦しめた。あたしは、あたしは――」


 徐々に大きくなる声に合わせて身動ぎする杏子の体を棘が抉り、麻痺していた感覚に新たな痛みを送り込んで目覚めさせる。



「大きな罪を犯したんだ! あたしにはもう、帰れる場所なんて無いんだ!!」



 雲に隠された月と薄暗い世界に住まう怪物たち、そして杏子を縛る茨。

 それは杏子自身の罪の意識、己への罰だった。


「アタシがどう思おうとお前がそう思うなら、お前がどう思おうと関係ないな。少しは前を見てみろよ」

「前……?」

「いや、前なんて見なくてもわかるはずだ。ここはお前の意識の中なんだからな」


 ドラゴニアに促され、わずかに顔を上げた杏子の視線の先。

 そこでは今もまだ、ハートが戦っていた。


「タコヤーキー!!」

「クルーマー!!」

「くっ……」


 たこ焼き屋台型の怪物が放つたこやき爆弾と車型の怪物が放つ車輪爆弾。

 絨毯爆撃のごとく一帯に降り注いで絶え間なく行われるその攻撃に、ハートは長く足止めされていた。


(早くお姉ちゃんのところに行かないといけないのに!)


 バリアを展開して耐えるハートの心に、焦りが募っていく。

 砲台と化した怪物の懐に飛び込めれば勝機もあろうが、防御を解除して決行しようにも爆撃の勢いは激しく、怪物の数が多すぎた。

 ハートに出来ないとなれば、もう1人に賭けるしかない。


「超・ブレイブカリバー、連続バージョン!!!!」

「相変わらず名前が適当バト……」

「タコ!」

「クル!」


 駆け抜けたブレイブによって怪物たちが一掃され、ハートはようやく解放された。

 しかし、それはあくまでもハートを囲んでいた怪物たちの一部に過ぎず、依然として杏子の居る場所との間には複数の怪物が待ち受けていた。


「ねえ。ハートの気持ちを一気に届けよう」

「どういうこと?」


 背中合わせになって構えながら、ブレイブが提案する。


「あたしが怪物たちに隙を作る。その間に『ハートフル・ヒーリング』で届けるんだ」

「! わかった!」

「じゃあ、行くよ……ブレイブフル!」


 『ブレイブフル』となってブレイブフルカリバーを掲げたブレイブの周囲に、無数の光球が現れ始めた。


「ブレイブフル・シューター!!」


 一旦空へと舞い上がった光球が、周囲の怪物へと降り注ぐ。

 次々に生じる爆煙が怪物たちの視界を奪い、身動きを封じた。


「まだまだ……『ブレイブフル・ストリーム』!!」

「ショーテン!」

「ビルディーング!!」


 続いて放った光線が直線的に怪物たちを排除する。

 これで、杏子への射線を遮るものは居なくなった。


「ハート!」

「うん! ハートフル!」


 『ハートフル』の宣言と同時に展開する魔法陣と、その中心に集う魔力。

 それはハートの杏子への気持ちが込められたものだ。

 魔力量は『ハートフル・ヒーリング』で放たれた量をはるかに超えた。


(ヤバイのが来るな)


 すぐにそう直感したドラゴニアは、どうしても言いたいことを口にする。


「お前は『罪を犯した。帰る場所が無い』と言ったな」

「うん……」

「でもな、お前が帰って来るのを待っているヤツは居るんだぞ?」

「――!」


 杏子が息をのんだ瞬間、ハートが集積した魔力が光となって放たれた。


「ハートフル・ストリーム!!」


 傷付けるためではない、想いを届けるための光。

 それを一身に浴びた杏子の目から、涙がこぼれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「……ゃ……ちゃ……お姉ちゃ……お姉ちゃん!」

「ここ、ろ……?」


 ぼやけた視界に映る人影。

 何度か瞬きをして、それが不安げに覗き込むこころの姿であることがわかった。


「良かった……!」


 涙ぐみながら手を握るこころに、杏子はためらいがちに言う。


「ただい、ま」

「っ! ――おかえり!!」


 涙でぐしゃぐしゃになった笑顔が、杏子の帰りを祝った。



〈次回予告〉

 小川優姫おがわゆうきです! ようやく、こころちゃんのお姉さん、杏子さんが帰ってきました! でも、杏子さんの心はまだ沈んだままみたい。そんなに自分を責めないでも――っていうのは無理かな。

 次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ Brave&Heart』第10話。

 「奇跡の変身!? ミラクルルス!」

 あたしたちが、奇跡起こすよ!

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