第8話「どういうこと!? 裏切りのドラゴニア!」

〈前回のあらすじ〉

 小川優姫おがわゆうきです。吹っ切れたハートがハートフルに! そしてあたしたちはエスクリダオを倒すことが出来ました。とりあえず、これでこころちゃんのお姉さんは取り戻せる――でも、まだ終わりじゃない。囚われた皆を助けに、このまま魔界へレッツゴー! ん? 何か、誰かの気配がしたような……?



〈本編〉

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ブレイブ、大丈夫?」


 ぶっつけ本番で放った「ブレイブハートストリーム・フルパワー」によってエスクリダオを倒すことに成功したブレイブとハート。

 変身を解除した杏子は意識を失って仰向けに横たわっていたが、一方の2人もまた疲弊していた。

 特にブレイブは長く戦闘を続けていたこともあってその度合いは大きかったが、心配するハートに対して健気に笑顔を返した。


「大丈夫。とりあえず、これでお姉さんは大丈夫かな?」

「ブレイブ……ありがとう!」

「ちょ、苦しいって!」


 感極まって抱きしめてくるハートの背中を、ブレイブは優しく叩いた。


「次は、ひかるさん達……だね?」

「うん」


 ブレイブの言葉に体を離し、ハートは強く頷いた。


「どうやって魔界まで行こうか?」

「そうだね……それはドラゴニアに連れて行ってもらうしかないよ」

「うへぇ、今度はドラゴニアと戦うのか……少し休んでから――」

「アタシを呼んだか?」

「「「「!?」」」」


 不意に聞こえたドラゴニアの声に辺りを見回す2人だったが、どこにもその姿は見当たらない。

 不審に思いながらブレイブに話しかけようとハートの警戒が緩んだ時、首筋に鈍い衝撃が走った。


「ぁ、ぇ……?」

「ハーと――ッ」


 ぐらりと視界が揺れて意識が遠のく中、ブレイブの焦りの声が途中で途絶えた。


(ブレ、いぶ……)


 自分よりもブレイブの心配を胸に抱いたまま、ハートはゆっくりと目を閉じた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「ど、ドラゴニア……」

「大人しくしといてくれよ。もし暴れたりしたら……後はわかるよな?」


 拘束魔術を受けたバトリィに、同じく拘束した優姫とこころを指し示して、ドラゴニアは未だ横たわる杏子の元へと歩み寄った。


「まったく、もう少し待っていれば良かったのによ」


 そう呟きながら取り出したのは、1枚の黒いカード。

 それは、拠点としている洋館で受け取ったものだ。


 話は杏子が怪物の幻影を生み出すよりも前に遡る。



「で、どうだ?」

 不機嫌そうに胸元の魔力結晶をいじりながら、ドラゴニアは鏡に映る悪魔に声を掛けた。相手の名前はノギア。デモニアに比肩するほどの魔術知識を持つ、ドラゴニアにとって数少ない親しい間柄の1人だ。


『お前が睨んだ通り、トラップが仕掛けられている』

 ノギアは鏡に機械――杏子が変身に用いる物の図を出した。

『アイツの意思で装着者の全身に毒が回るようになっている。発動すれば、すぐにでも死に至るレベルだ。話を聞くに、反逆時の対処用だろうな』

「やっぱりか。昔から周到なヤツだったからな……解除はできるのか?」


 ドラゴニアの問いに、ノギアは眉根をつり上げて答えた。


『ワタシを誰だと思っているんだ? アイツのかけた防護術式を掻い潜って、ここまで解読したんだぞ?』

「疑ってはいない。ただ、肝心なのは可能かどうかだ」

『“お前にとって”、だろ?』


 ノギアが付け加えた言葉に、ドラゴニアは口をへの字に曲げた。


「……アタシは魔術に関してはからっきしだからな。悪かったな」

『おいおい、怒るなよ。お前の勘は時としてどの魔術者をも凌駕する。あの妹にしてこの姉あり、だと思うぞ』

 ノギアにとってはフォローしたつもりだったが、ドラゴニアは機嫌を直したそぶりを見せなかった。

 一つ息を吐いて、ノギアは話を続けた。

『魔力を流し込めば自動で処理が終わるようにしておいた。それを送る』


 鏡の中から飛び出したカード状の物をドラゴニアはキャッチした。

 続けて飛び出した2枚のカードもドラゴニアの手に収まる。


「おい、こんなにあるのか?」

『その2枚は別だ。1枚はデモニアの研究室の鍵を解除するモノ。もう1枚はニンゲンを助けるためのモノだ』

「待て。探ってくれとは言ったが、ここまでしてバレて――」

『安心しろ』


 途端に焦りの色を見せ始めたドラゴニアの言葉を、ノギアは遮った。


『サタニア “ 閣下 ” は不穏な状況の沈静化に躍起で、城にいる時間の方が少ない。ハッキリ言って隙だらけだ。そんなヤツに尻尾を掴まれるようなヘマはしない』

「ま、まあ、それなら良いが……」


 イマイチ腑に落ちないながらも、ドラゴニアは上げかけた腰を椅子に落ち着かせた。それを見ながら、ノギアは小さく呟いた。


『面白いぞ。ちょっとつついただけで、アイツの足元は崩れる。まさしくドミノとやらだ』

「お前、余計なことをしていないだろうな?」


 ジトッとしたドラゴニアの視線を受けて、ノギアは軽く肩をすくめて見せた。


『必要なことしかしていないが?』

「……なら良い」


 これ以上の詮索はやめて、ドラゴニアは手元の3枚のカードを見た。

 石にしては軽く、紙にしては硬い。厚さは3ミリほどで艶やかな黒色を呈している。ドラゴニアの胸元で輝くネックレスと同じ魔力結晶を用いたものだった。


「――!」

 不意な悪性魔力の高まりをドラゴニアは感じ取った。

 街の方で発生したそれは、もちろんドラゴニアが意図したものでは無い。

 そして人間界にいる者でドラゴニア以外に悪性魔力を行使できるのは、1人しかいない。


(焦ったか……)


 心の内で呟きながら、ドラゴニアはゆっくりと立ち上がった。


『どうした?』

「信じて良いな?」


 怪訝そうな顔をするノギアに直接は答えず、ドラゴニアは3枚のカードを示した。

 対するノギアもまた、直接は答えなかった。


『ワタシはデモニアと相性が悪い。アイツの鼻を明かせるなら、天使の足だって舐めるかもな』


「……わかった」

 通信魔術を閉じて、ドラゴニアは洋館を出た。



 中津里川の河畔へとやってきたドラゴニアは、気配を遮断しながら3人の戦いを見守っていた。

 そしてエスクリダオ――杏子が倒れ、ブレイブとハートが疲弊しているのを確認して行動を起こした。


「信じるぞ。ノギア」


 ドラゴニアがカードに魔力を注ぐと同時に、カードに込められた術式が起動して杏子の左手首へと伸びる。

 杏子にエスクリダオへの変身能力を与えていたデバイス、そこに仕掛けられた罠を解除していく。


「よし。これで完了っと」

「な、何をしているラブ……?」


 ドラゴニアの意図を全く知らないラブリィに、ドラゴニアは短く答えた。


「いずれわかるさ」


 そのまま人間3人と天使2人を抱え、ドラゴニアは洋館へと飛んだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「……ん? あれ、わたし……」

「おう、目が覚めたか?」

「! ドラゴニア!」


ぼやけていた視界が一気に像を結び、口角を上げるドラゴニアとこころの目が合う。

慌てて体を起こそうとするも、両手両足を拘束された状況では思うように動けなかった。


「うそ……」

「大人しくしていろ。そしてアタシに力を貸せ」

「誰が――」


 ドラゴニアに噛み付かんばかりの勢いだったが、不意に目にした光景にこころは言葉を失った。

 

 いくつもの蝋燭が灯された薄暗い部屋は、ゆうに学校の教室4つ分の広さがあるように思われた。

 しかしその広さを埋める物は乏しく、棚が三方の壁と化している程度だ。

 そして入り口と反対の壁、唯一棚が1つも無いそこにはガラス製のタンクのようなものがある。


「……ひかる、さん」


 タンクを満たす薄いオレンジ色の液体の中に居る人物の名を、絞り出すようにしてこころは呼んだ。

 下半身は底から伸びる肉質の何かに覆われ、同様の物が酸素マスクのように口元にも伸びている。

 露わになっているその体の中ほど、鳩尾のやや下には歪な円形をした傷跡が見て取れた。


 『瀕死の状態で捕まって、囚われている』――話には聞きながらも、いざ目にしたその様子に、こころは動揺していた。


「あれ? こころちゃん?」

「! 優姫ちゃん!」

「ここどこ……って、えええええええええええ!?」

「おい、このバカ! 大声を出すんじゃねえ!!!」

「……一番大声を出しているのはドラゴニアだバト」

「んぐッ」


 理解の追いつかない状況に叫ぶ優姫。

 そして優姫の口を塞ぎ、バトリィの指摘を受けて自分の口も塞ぐドラゴニア。

 嵐のごとく過ぎ去った一連の騒がしさに、こころは不覚にも疲れた笑みを見せた。


「ど、ドラゴニア……一体、何を……」

「おう、そうだった。ちょっと力を貸せ」

「は?」


 ドラゴニアに(居丈高ながらも)助力を求められた優姫は、こころと大して変わらない反応を返した。


「揃いも揃って非協力的だな。アイツが死んでも良いのか?」

「『アイツ』って……ひょっとして……」

「そうだよ。あの人がひかるさん。その左がミーラ、そして右がクルルだよ」

「………」


 こころの言葉通りに視線でなぞった優姫は息をのんだ。

 探し求め、取り戻すと決めた人たちが目前に居る。

 静かな緊張が一帯に張り詰めた。


「既にわかっているとは思うが、ここは魔界・サタニア城にあるデモニア――じゃなかった、サタニアの研究室だ。エスクリダオとお前らの目当てはアイツらだろ?」

「……だったら、どうするの?」

「簡単な話だ。アイツらを解放する」

「――!」


 思わず優姫とこころは視線を交わした。

 敵だと思っていたドラゴニアの口から発せられた予想外の言葉。

 何をどう言うべきか4人が惑う間に、ドラゴニアは再び口を開いた。


「アイツらを解放するための術式は用意してある。だが、ただ開放するだけだとアイツが死ぬ」


 ドラゴニアはタンクの方を振り返った。


「アイツの命は悪性魔力で保たれているが、ほんの少しの間でも途切れれば死にかねない」

「そんな……」

「天使に近付いた体と悪性魔力は相性が悪いみたいでな。せいぜい命の火をチロチロと燃やすのが精一杯っていう状況だ。再活性化させようにも、あの天使2人では善性魔力の絶対量が足りない……ということで、お前らの出番だ」


 片膝をついたドラゴニアは4人を順に見てから、改めて言った。


「アタシに力を貸してくれ。アイツを解放する瞬間、お前たちの魔力を流し込んで命の火を燃え上がらせる」


 真剣な目で告げられた計画。

 あまりにも想定外すぎる流れに、こころ達は答えに詰まった。

 いったい誰が、悪魔であるドラゴニアがここまで策を練っていると考えただろうか。

 

「……フッ、嫌だと言っても協力させるさ。ただ、ニンゲンのお前らは気をつけないと悪性魔力を生むからな。頼むから、そこは頑張ってくれよ」


 不敵に微笑んだドラゴニアは立ち上がり、ツカツカとひかるの居るタンクに近寄った。

 そして、ノギアから受け取ったカードの最後の1枚を高く掲げる。


「行くぞ」


 ドラゴニアが小さく呟くと同時に、魔力が部屋中に満ちていく。


「う、何これ……」

「すさまじい魔力の量バト!」

「目が開けられない――」

「これがドラゴニアの本気ラブ!?」


 暴れ狂う魔力がカードに吸い込まれ、術式が起動する。

 漆黒の光を放ちながら紐のように展開していく術式は、壁に拘束されたミーラとクルル、そしてタンクへと絡まり呪縛を解いていく。

 同時に自分の体から力が吸い取られていくのを、こころは感じた。



「アタシを……舐めるなよォオオオオオオオオオッ!!!!」



 それは誰に向けた言葉なのか。

 無意識に発した叫びに同調するようにドラゴニアの放つ魔力の量は最高潮に達し、術式は部屋全体を駆け巡った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「しんどい……」


 無感情に時間だけ数えるならば、それはごく短い時間だった。

 しかし魔力を吸い取られた優姫やこころ達にとっては一生分の時間にも感じられ、疲労感は先の戦闘の比では無かった。


「ひかるさんは……?」


 何とか上体を起こしたこころは、拘束が解けていることに気付いた。

 這いつくばるような格好になりながらもタンクの方へと目を向け、ひかるの姿を探す。


「安心しろ。無事だ」

「え……?」


 声のした方向を見ると、床に横たわるひかるにドラゴニアがブランケットのようなものを掛ける姿が目に入った。

 ゆっくりとそのお腹が動いていること――注視しなければ見逃すレベルではあったが――を確認し、こころはドラゴニアを見上げた。


「あなた、本当に……」

「やれやれ。しょうがないこととは言え、信用されて無かったか」


 ため息と共に肩をすくめたドラゴニアは言葉を継いだ。


「さて、デモニアに見つからない内にとっととずらかるとするか――」

「ん、ん……?」

「お姉ちゃん?」


 ドラゴニアがひかるを担ぎ上げようとした時、それまで気を失っていた杏子が目を覚ました。

 のそりと体を起こしてひかるの姿を認めるや否や、半目だった目を見開いた。


「ひかる!?」

「おう、起きたか」

「ドラゴニア……?」


 横たわるひかるから視線を移して、初めて杏子はドラゴニアの存在に気付いた。


「動けるなら少しは手伝えよ。ただでさえ動けないヤツらが多いんだから」


 杏子を一瞥したドラゴニアの声には疲労の色が出ていたが、そんなことは気にならなかった。

 杏子の目には、ひかるはように映っていたのだから。


(そんな……)


 途端に杏子の視界は真っ暗になった。


 今まで何のために戦ってきたのか。

 それも、実の妹の命すら奪うつもりで戦ったのは何のためだったか。

 妹の言葉を拒んでまで守ろうとしたのは――


「………」

「お前はそこの妹を抱えてやれよ」

「……ど」

「ん?」

「ドラゴニアぁああああああああああ!!」


 飛び出すように駆け出した杏子は、闇の力を纏ってドラゴニアに迫る。


「待って――」


 こころが制止するよりも速く突き出された拳。

 それはドラゴニアの腹部を抉り、貫いた。


「お前……」

「フーッ、フーッ、フーッ」

「………」


 エスクリダオに再変身した杏子に怒りで染まった瞳で睨まれ、ドラゴニアは開こうとした口を閉じた。

 そして何かを言う代わりに、そっと杏子の頭を撫でた。


「ドラ、ゴニア!」

「後は任せるぞ……」


 よろよろと立ち上がりかけた優姫とドラゴニアの身を案じるこころに向かって微笑んで、ドラゴニアはその場にくずおれた。

 自然と引き抜かれた杏子の腕からは蒼い血が床に向かって滴り、ドラゴニアの体から漏れ出る血がなす池に加わった。


「ごめんね、ひかる。あたし、ひかるを守れなかった。こころを裏切ってまで頑張ったのに……」


 ひかるの体に覆い被さって嗚咽を漏らす杏子に向かって、こころは叫んだ。



「ひかるさんは生きてる!!!!」



「……え?」

「感じないの? ひかるさんが息をしているのを」


 こころと優姫の言葉を受けて、杏子はそっとひかるの口元に顔を寄せる。


「……ぅ……ぅ……」

「――!」


 微かに頬を撫でる鼻息に、杏子は心の底から安堵した。

 しかし、それはすぐに後悔の念で塗りつぶされることとなった。


「ひょっとして――ドラゴニアが?」

「うん。そうだよ。ドラゴニアが皆を解放してくれたんだ」

「じゃあ、あたしは……」


 目を閉じて血の海に沈むドラゴニアを、恐る恐る杏子は見た。

 ひかるを殺した。そう直感したが故の行動だったが、それは間違っていた。


(こころだけじゃなくて、あたしは……)


 いくら悪魔が相手と言えど、恩を仇で、しかも命を奪って返したことに、杏子は震えあがった。


「あ、あ、あ、あ……」

「お姉、ちゃん?」

「ああああああああああああああっ!!!!」


 己の犯した罪に絶望した少女の叫びは、無暗に広い部屋に木霊して揺れた。



〈次回予告〉

 神谷こころです。予想外の連続で、ひかるさん達まで助けることに成功しました。でも、助けてくれたドラゴニアは瀕死の状態で、お姉ちゃんも……。お願い、戻ってきて! お姉ちゃんがどう思っても、わたしにとってお姉ちゃんは――大事な人なんだから! 

次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ Brave&Heart』第9話。

 「もう戻れないの!? 届け、こころの想い!」

 わたし達が、奇跡起こします!

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