第7話「こころが覚醒!? 誰かを守りたい心!」
〈前回のあらすじ〉
お姉ちゃんもひかるさんも、皆も守りたいよ……
〈本編〉
「………」
杏子は夕陽が照らす中津里川の河畔に座っていた。
視線の先でゆったり波打つ水面に、自らの過去が甦る。
「ひかる、ミーラ、クルル……」
魔法少女として幾度となく戦い、3人の悪魔を退けてこの世界を守った。そのことは誇りとして杏子の胸の中にある。
だが、この場所でサタニア=デモニアに敗北して服従させられた。そのまま連行された魔界で待っていたのは、地獄に近い日々だった。
瀕死のひかるや衰弱したミーラ・クルルに代わり、悪魔たちからの憎しみを一身に受け続けた杏子は、身も心も崩壊寸前に追い込まれた。
そして、最後の心の拠り所でもあった誇りさえも汚されることになった。
『じゃあ、貴方に命令を下す――『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ』を倒しなさい』
ひかる達を人質に取られた杏子に、選択の余地など無い。
しかし――
「こころ」
魔法少女になっていた妹との予期せぬ再会は、杏子の心を苦しめた。
友を守るために妹を倒す。それは、友の命のために妹の命を奪うことにほぼ等しいのだから。
(あたしは……)
締め付けられるような胸の痛みで口元を歪めた杏子の視界に、硬い甲羅に身を包んだ生物が入った。
「……えいっ!」
投げやりに叫びながら魔術を発動する。
それは、かつて自らが相対した怪物の再現。
「カーニー!!」
「おいで、こころ……」
ハサミを振り上げるカニ型の怪物を見上げながら、杏子は独り言ちた。
◇◇◇◇◇◇◇
「カーニー!!」
「わああああああああ!!」
「きゃあああああああ!!」
夕暮れ時の河川敷に咆哮と悲鳴が広がる。
しかしそれは、すぐに断末魔と安堵の声に変わった。
『でえええええええい!!』
「カニィイイイイイイイイイイッ!!」
「あれは……」
「魔法少女だ!」
天から舞い降りた白翼の魔法少女たちのドロップキックを受け、怪物はさらさらと風の中に消えて行く。
あまりにもあっさりとした怪物の消滅。
思わず顔を見合わせたブレイブとハートの前に、杏子が姿を見せた。
「お姉ちゃん――!」
「……こころ」
互いに無言で見つめ合う神谷姉妹。
その沈黙を先に破ったのは杏子だった。
「やっぱり来たね」
「まさか、さっきの怪物は……」
「そう。あたしが作りだした――幻みたいなものかな」
ブレイブの問いに頷きながら、杏子は左手を胸の前に掲げた。
突如吹き荒れる悪性魔力。その嵐が収まった時には、杏子の姿はエスクリダオのものへと変わっていた。
「お姉ちゃん! やめよう!!」
ハートの必死な叫びに、もうエスクリダオは目を逸らさなかった。
「ハート、ブレイブ。あなたたち魔法少女を倒す」
「お姉――」
冷たい宣告。
なおも説得しようとするハートの言葉が終わらぬ内に、エスクリダオは駆けていた。無防備なハートの懐に入り、一撃を見舞う。
「ぐぬぅ……ッ!」
「ブレイブ!」
間一髪のところでブレイブが割って入り、エスクリダオの拳を受け止めた。
至近距離でエスクリダオと視線を合わせて、ブレイブは呟く。
「やっぱり、こうなるの……?」
「あたしにはこうすることしかできないんだ! ひかるたちを守るには!!」
拳を引きながら蹴り上げたハイキックをブレイブにかわされ、エスクリダオは一旦間合いを取り直した。
次の攻撃に身構えながら、ブレイブはエスクリダオに向かって叫んだ。
「本当にそれで良いの!?」
「………」
「こころちゃんの気持ちも考えてよ! あなたを探してここまで戦ってきたんだよ!?」
「……うるさい」
ここまで顔色一つ変えなかったエスクリダオの声に、微かに怒気が混じった。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッ!!」
「――!」
「あんたに何がわかる!」
突如として暴発した感情の乗った拳が、ブレイブに振るわれる。
拳、蹴り、拳、蹴り、拳、蹴り……エスクリダオの容赦ない攻撃は絶え間なく繰り返された。地面にへたり込むハートを背後に控えるブレイブは、ただ必死に耐えようとした。
しかし、猛烈な攻めを耐えきることが誰に出来るだろうか?
「あたしのことを、ひかるたちのことを、こころのことを何も知らない癖に!」
「!」
「わかったようなことを言うなッ!!!!」
「ぐっ――」
「ブレイブ!」
捌ききれなかった一撃がブレイブの顎を捉え、体がハートの頭上を舞う。
ブレイブの意識は黒い闇の中へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇
『ん……?』
目が覚めたブレイブは辺りを見回す。
そこは、見慣れたいつもの教室だった。
「優姫ちゃん、おはよー!」
『あ、おはよ――』
「おはよー!」
元気よく挨拶しかけたブレイブの声と同時に聞こえた優姫の声。
見れば、制服を着た普段通りの優姫がクラスメイトに笑顔を返していた。
(なななな何で!? 何であたしがもう1人!?)
混乱するブレイブの体を、声を掛けてきたクラスメイトが通り過ぎた。
(え……?)
動きを止めたブレイブの体を次々とクラスメイトが通り抜けていく。
まるで、そこに存在しないかのように誰もブレイブのことを気に掛けない。
『えっと……どういうこと?』
イマイチ理解できていないブレイブの体を、今度はこころが通り過ぎた。
「おはよう、こころちゃん」
「おはよう」
『こころちゃん……』
運動部の女子たちに囲まれる優姫の隣で、こころは数人のクラスメイトたちと談笑を始めた。
隣の席でありながらも、違う方向を向く2人。
決して仲が悪いわけでは無い。友達かと問われれば、友達だと返しただろう。
だが、深く関わることは無かった。
(あの日……)
呼び起される魔法少女になってからの日々。
ブレイブの周りの世界が、目まぐるしくそれらを再現していく。
『超ごめん、ちょっと付き合って!』
始まりは、無計画な一言からだった。
『お願い、行かないで……』
こころが涙ながらに零した言葉で、バトリィとラブリィを守ると決めた。
『守りたいと思って、それを成し遂げようとする……その『勇気』は評価する。でも、後先を考えない『勇気』なんて、『勇気』じゃない。そんなもので……何も守れやしない!!』
エスクリダオの言葉には心を抉られ、その強さには心を折られかけた。
『だから、何も守れなくなんてない。ううん、守るために、どんな相手とだって戦うの!』
しかし、ハートの言葉に自分の戦う理由を思い出した。
『そうしないと、ひかる達が死んでしまうから』
そして告げられたエスクリダオの戦う理由に、こころは苦悩し――ブレイブは戸惑った。
(あたしは……)
真っ暗な世界に1人立って、ブレイブは拳を静かに握り込んだ。
いくら考えても答えは出ない。
しかし、ある想いだけは確かに胸の中に存在している。
(そうだよ、あたしは……!)
微かに見え始めた光に向かって、ブレイブは走り出した。
◇◇◇◇◇◇◇
「ブレイブ! 優姫ちゃんっ!」
「……ごめんね」
必死にブレイブの体をゆするハートの背中に向けて、エスクリダオは手を伸ばす。
それは妹の背中を撫でるためではない。
手の先に集められた魔力は、この戦いに決着をつけるためのもの。
「エスクリダオ・ダークネスストリーム」
静かに放たれる終焉の光。
それはハートたちに直撃して爆炎を巻き起こした。
(ごめんね……)
エスクリダオが胸中で謝るのは、こころに対してだけではなかった。
すべてを失う破滅の未来。
見上げた暮れゆく空にそれを感じながら、声を上げずに泣いた。
「……痛いなぁ」
「――!」
不意に聞こえた声に、エスクリダオは慌てて視線を元に戻した。
立ち昇る煙の中から現れたのは――ブレイブだった。
「これがあなたの心の痛みなのかな、なんてね」
「どうして……」
ブレイブが一歩歩みを進めるたびに、エスクリダオは一歩後ずさる。
相見えて以来初めて、ブレイブに対して恐怖していた。
「簡単だよ」
口元を手の甲で拭い、ブレイブは不敵に笑う。
「あなたに守りたいものがあるように、あたしにも守りたいものがあるから」
手を横に振ると同時にブレイブの全身を炎が覆い、魔力の波動と共に消える。
『ブレイブフル』となったブレイブは、わずかに顔をハートの方へと向けた。
「ごめんね。あたしってバカだからさ。超考えてもどうしたら良いのかわかんない。だから……」
エスクリダオとハート、そしてバトリィ。
全員が固唾を飲んで見つめる中で、ブレイブは言い放った。
「だから、あたしは考えるのをやめるッ!!」
「「「「……え?」」」」
予想外の言葉に、呆けた声がそれぞれの口から漏れた。
「エスクリダオッ!!」
「は、はいっ!?」
いきなりビシッと指を向けられ、思わずエスクリダオは直立不動の体勢をとった。
「あなたは自分が守りたいもののために今戦ってる。そうだよね?」
「え、う、うん」
こくこくと頷くエスクリダオに、ブレイブは満足げな笑みを浮かべて腰に両手を当てた。
「なら、あたしも自分が守りたいもののために戦う!」
「……えっと?」
「ブレイブの守りたいものって……?」
戸惑いながらも問うたハートに、ブレイブは微笑み返した。
「こころちゃんの最初の願い。お姉ちゃんを探し出して取り戻すこと」
「っ――」
「探し出すところまではできたから、後は取り戻すだけ!」
「ま、待って……」
ひかる達のことを思って止めかけたハートに向かって、ブレイブは小さく呟いた。
「せめて、お姉ちゃんは取り戻す……たとえ嫌われても!」
「ブレイブ……」
猛然と駆け出すブレイブと、受けて立つエスクリダオ。
拳と拳がぶつかり、衝撃が一帯に広がる。
「何なの、あんたは!?」
真っ正面からぶつかり合いながら、エスクリダオは半狂乱で叫んだ。
「何もわかってないくせに!!」
「わからないよッ!」
「ぐっ……」
拳を受け流した勢いのまま回し蹴りを決めるブレイブ。
よろめくエスクリダオを追撃しながら、言葉を続ける。
「『わかる』なんて言えないよ。あなたの、こころちゃんの苦しみを……でも、それでも!」
「ブレイブ……」
ハートが見守る中、思いの丈と共にブレイブは渾身の一撃を放った。
「あたしは守りたいんだぁああああああああああああああああッ!!!」
「あっ――」
「お姉ちゃん!!」
殴り飛ばされて地面に倒れ伏すエスクリダオと、肩で荒く息をするブレイブ。
2人を交互に見るハートの胸に、確かな想いが広がり始めた。
「……あたしだって、守りたいんだ」
「ッ!?」
呟きながらゆっくりと体を起こすエスクリダオから、これまでで一番激しく悪性魔力が噴き出す。
それはエスクリダオの手へと集まり、大きな光球となった。
「エスクリダオ・ダークネスストリーム!!」
光を喰らう漆黒の力がブレイブに迫る。
『ブレイブフル』となって向上した身体能力で回避を試みるが――突如地面から生えた黒い腕が、ブレイブの足を掴んだ。
(え? ちょ、待っ……)
予想外の出来事に戸惑う間にも、光はその距離を縮める。
直撃を予感したブレイブは目を閉じた。
「ハート・バリア!」
しかし、その瞬間は訪れなかった。
「こころちゃん!?」
「ここ、ろ……」
ハート形の防壁に防がれて霧散する、「エスクリダオ・ダークネスストリーム」。
ハートワンドを振るってブレイブを掴んでいた腕を消滅させ、ハートはブレイブに手を伸ばした。その手を握って、ブレイブは立ち上がる。
「ありがとう」
「こちらこそ。ありがとう、ブレイブ」
「え……?」
困惑の表情を見せるブレイブに、ハートは微笑んだ。
「ブレイブのおかげで、何か吹っ切れた」
「え、あ、そう?」
「うん!」
強く頷いたハートは真っ直ぐにエスクリダオを見て口を開いた。
「わたしはお姉ちゃんを助けたいし、ひかるさん達も助けたい。でも、両方とも叶えるなんて無理だって諦めてた。それで、どっちを選ぶべきか悩んでうじうじしてた」
「こころ……」
「だけど、わたしは決めた……わたしは、どっちも選んで皆を助ける!」
「――!」
ハートワンドを突きあげて高らかに宣言すると同時に、ハートの体が光を放つ。
それはブレイブの覚醒とよく似ていた。
「満ちあふれる想い、ハートフル!」
光が消えた時、ハートの装いは変わっていた。
スカートの丈は膝下まで、袖も手首まで伸び、頭には白く丸い帽子を新たに被っている。
もともと露出は少なかったが、もはや肌の見える部分は顔と首だけになった。
そしてその手に握るハートワンドもまた、宝石を4枚の金色の羽が保持するハートフルワンドへと変化していた。
「ハートフル、か」
「行くよ、ブレイブ」
「もちのろん!」
「!」
感嘆するブレイブと並び立つハート。
覚醒して力の増した2人を前に、エスクリダオは焦燥に駆られた。
「でぇい!!」
「そんな単純な動きで――」
真っ直ぐ突っ込んだブレイブに対してカウンターを叩きこもうとするエスクリダオ。
しかし、注意がブレイブに逸れたことが重要だった。
「ハートッ!」
「うん、『ハートフル・ヒーリング』!!」
「なっ!?」
突き出されたハートフルワンドから放たれる光のシャワー。
それをもろに受けたエスクリダオは、すぐに違和感を覚えた。
(攻撃技じゃない……? ヒーリングだから治癒、ううん、それも違う。心が温かくなって、体から力が抜けていく……)
「何、これ……?」
「お姉ちゃんへの想いを込めた、心を静める魔法だよ!」
「そんな、もので!」
片膝を地に付けて胸を押さえながら、エスクリダオはハートに向けて次々と光弾を放ち始めた。
「ハートはあたしが守る! ブレイブフルカリバー!!」
すかさずブレイブが間に入り、さながらバッティングセンターで練習するかのように、ブレイブフルカリバーでエスクリダオの光弾を弾いていく。
「う、くぅ……ぁ、はぁ、はぁ」
ついに限界を迎えたエスクリダオがうずくまったのを見て、ハートは叫んだ。
「ブレイブ! わたし達の力を合わせて、お姉ちゃんの変身を解除させよう!」
「OK! ぶっつけ本番上等!!」
頭上に掲げられ、先端が合わさるブレイブフルカリバーとハートフルワンド。
2人の目の前に円形の魔法陣が現出し、魔力が集積する。
「ブレイブハートストリーム・フルパワー!!」
剣と杖が振り下ろされると同時に放たれる、白き光。
エスクリダオ――杏子は、その光の中で友たちの顔を思い浮かべた。
(ごめん。ひかる、ミーラ、クルル……)
その身に纏った闇が空に消えると同時に、杏子は意識を失った。
〈次回予告〉
次回、『魔法少女ミラクル☆エンジェルズ Brave&Heart』第8話。
「どういうこと!? 裏切りのドラゴニア!」
あたしたちが、奇跡起こすよ!
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