⚓ アクアツアー編

✅アクアツアーのばあい

 

 ゆれる水面に、小さな肉のあたまが浮いている。

 しろく濁った目がふたつ、じーっとこちらを見ていた。


 アクアツアーの謎の生き物って、あれの事だったのだろう――





 ゆう、当時小学四年生。


 ひと夏まるまる母方の実家である裏野町うらのちょうの祖父宅へと預けられていた。せっかくの夏休みを都心から離れて過ごすはめになったのは、複雑になろうとしている家庭の事情。父と母が、そうとう不仲だ。そろそろリコンするらしい。優は、子どもながらにわかっていた。


「優くん、田舎でごめんなぁ。退屈かい?」


 あまり笑わない優を気遣って、祖父は地元の遊園地へ誘ってくれた――裏野ドリームランドという。もちろん優だけではない、遊びに来ていた母方のいとこ達も一緒だ。祖父は車を出すと、皆をまとめて連れて行ってくれた。


 夏休みの遊園地は、厳しい光景だった。幸せいっぱいの家族連ればかり。園内を見渡して立ちすくむ優の横を通り抜けて、いとこ達はジェットコースターをめがけて駆けていく。慌てて追ってきた祖父へ、優は静かに言った。


「ジェットコースターは乗らないよ」


 そうして、反対側を指した。


「あれ。乗り終わったら外で待ってるから、迎えにきてよ」


 そう約束すると祖父は「ごめんなぁ」と詫びて、離れていった。




 アクアツアー。


 優は大きな看板を見あげた。さほど乗りたいわけでもなかったが、他と比べてあからさまにいていたのだ。園内マップと、外から眺めた様子をあわせてみると、水辺の探検ツアーといったところか。


 大きな岩山洞窟の内部や、緑の森林地帯の中をゆったりと流れる運河があって、ここを探検隊のボートに乗り込んで進んでいく。スタート地点がゴールであり、水中へ設けられたレーンに沿って、自然豊かなアトラクション内を一周して戻ってくる。


 途中、山があれば谷もあり、かなりの高さから滝壺へと急降下するポイントもあったりと、アトラクションとしては中々だと思うけれども、乗り場で待つお客の数が極端に少ないから、いまいちなのかもしれない。


 それに何だか、強い薬品の臭いがする。


 これは明らかにアクアツアーの乗り場の内から漂ってくるのだが、他のお客はまったく気にならないらしい。優だけ……なのだから、我慢することにした。


 列へ並んで待っていると、すぐの後ろから、ちょんちょんと肩をつつかれた。優がふり返るとそこには、ピンク色のちょっとなウサギが立っていた。


『★』 両手を広げ、バンザイしている。


 このピンクのウサギ、裏野ドリームランドの着ぐるみマスコットだ。

 いとこ達に教えてもらった彼の名前は……確か、


「ウラミー?」


 優は小首を傾げて、彼の名前を呼んでみた。


『!』 ピンクのウサギは、両手を使ってパタパタ否定した。


「ごめん、本当は知ってるよ、ウサミー!」


『♪』 ウサミーくんは、ご機嫌に “エイ・エイ・オー!” と、やってみせた。


 ウサミーくんというのは先にも述べた通りに、この遊園地のメイン・マスコット。しかし、裏野ドリームランドの「うらの」とかけて、いつの間にか「ウラミー」と呼ばれるようになってしまった、可哀想な着ぐるみだ。遊園地に来た子どもらに「恨みのウラミー」などと揶揄からかわれたり、ひどいときには人目のない場所まで追い立てられて、こっそりとイジメられたりするらしい。


 だから、いつもは隠れているけれども今日は特別。

 優の前に、姿を見せてくれた。


「一緒に並ぶの?」


 ウサミーくんは、ひとりぼっちでアクアツアーの列へと並ぶ優の手を取って、なんと一緒に並んでくれたのだ。


「ウサミー、優しいんだね」


『◎』 ウサミーくんは、ちょっとだけ照れた。



 やがて優たちの番がきたので、〈のりものチケット〉を二枚、ウサミーくんのぶんまで渡して乗船した。八人乗りボートの最後列さいこうれつのシートだ。そこへ、ぴょこんと。あまりにも自然にボートへ乗り込んだウサミーくんだったが、すぐに探検隊のような制服の係員が追ってきて、出航前に降ろされてしまった。


『▼』 残念がって、肩を落とすウサミーくん。


 係員から、ウサミーくんのぶんの〈のりものチケット〉は返されようとしたのだが、優は断った。「それはウサミーにあげたものだから……」と。そして、びっくりで棒立ちのウサミーくんの優しさを忘れないように抱きしめると、「ありがとう」と言って、さよならした。



 笛が鳴った――、出航の合図だ。


 

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