✅十年後①

 

 十年後、夏。

 真澄は、いとこ達と再会した。


 あの日以来一堂に会することはなかったが、祖父が亡くなり、新盆だった。急なことで葬儀には出られずだった遠方のいとこも、久しぶりに〈裏野町の本家〉へと帰ってきた。


 いとこ達は皆、同い年――成人の年だった。互いの近況を語らいながらも、どことなく漂うよそよそしさ。あの日体験した悪夢のような出来事が皆の心の奥底にトラウマとして今も存在するのだろう。それでも誰が最初にはじめたか廃遊園地の話題になったので、真澄も寄っていって、静かに耳を傾けた。


「裏野ドリームランドは、ジェットコースターの事故の直後に廃園している。もう地図にも載っていない」


言ったのは、一番目のいとこだ。


 そう存在しない。

 しかし近年、奇妙な〈ウワサ〉が囁かれている。


 凄惨な事故があった日付けのあたり、世間ではちょうど盆にあたる真夏の夜に、廃遊園地がひっそりと稼働しているという。ただの真っ暗闇の何もなかったはずの場所へ、淡い光がポゥ……と灯っていき、遊園地が現れる。園内では大がかりなアトラクションが、どれもひとりでに動いているという。


 ウワサの出所でどころは不明だ。なぜならば、「昔の裏野ドリームランドが、おばけ遊園地らしい」ときく。きいた人が、言った人に尋ねてみる。が、その人も「ウワサできいたことを、言っただけ」となっている。


 つまり廃園となってから、ほんとうに現地へと行った人に出会えない。ウワサのもとを辿っても、辿ってみても、そんな人とはいっこうに現れないのだ。「ならば、みずから」と廃遊園地を目指しても、昔あったはずの住所に裏野ドリームランドらしき跡地はどうにも見当たらないのだと。


「――だめもとで、行ってみない?」


二番目のいとこが言い出した。


 今夜は〈迎え火の盆〉だ。彼が車を出して皆を連れていくと提案した。一番目のいとこは賛同して車へ乗り込んだが、三番目のいとこが大反対した。「――絶対に行かない!」と座り込む。このままでは、だめだ。廃遊園地のウワサをきいた真澄は、今の観覧車を見たいな、とつよく思った。


 だから、車を「出して……」と、お願いした。


 真澄がじぶんの意見を言うなんて珍しかったのだろう。いとこ達は慌てて話し合って、やはり全員で車へ乗り込んで廃遊園地を目指すことを決めてくれた。すぐに出発だ、日暮れも間近でちょうどよかったのだ。




 到着早々、ウサミーくんが出迎えてくれるとは思わなかったが。




 真っ暗闇の中、そこには裏野ドリームランドの大きな入園ゲートだけが、ポゥ……と浮かびあがるように灯っていた。その輝きの下、なんとあのウサミーくんがぴょんぴょんと跳ねながら大歓迎で両手をふっている。真澄たちの十年ぶりの再訪を知って待っていてくれたのだ。


 ――ところで。裏野ドリームランドまでの道のりは実に簡単だった。昔、祖父が車で連れて行ってくれた非常にわかり易い一本道〈裏野遊園地通り〉のままで、地図には載っていなかったが、もとの場所にきちんと存在していた。遊園地前の広い駐車場にも、民間のバスや乗用車の大小が何台も停まっていたから、皆が「営業時間が夜間へと変わっただけで、意外と普通に稼働しているのでは?」と思ってしまったくらいだ。


 今、ウサミーくんに連れられて園内へと足を踏み入れるまでは。


 入園ゲートをくぐってみるとただの闇だった。がらんとして何もない真っ黒の空間。しかし何かが多数潜む、そんな気配を感じたようで真澄のいとこ達はひどく緊張していた。


『※』 ウサミーくんは今、ぴたりと止まった。


 ここまで案内してくれたウサミーくんは、皆をその場で制止すると、じぶんの身体の中へと手を突っ込んでガサゴソと何かを探しはじめた。ずいぶんと時間がかかっている。ウサミーくんの中身って、きっとぐちゃぐちゃなのだろう。真澄は「クスリ」と笑ってしまった。



 さて、おまちかね。

 準備がととのったようだ。



『1』 ウサミーくんは、〈いちばん目の子〉に何か渡した。


 ジェットコースターが、灯った。



『2』 ウサミーくんは、〈にばん目の子〉に何か渡した。


 そしてその子を、抱きしめた。

 アクアツアーの水辺と、周囲の森林が現れた。



『3』 ウサミーくんは、〈さんばん目の子〉に投げつけた。


 廃遊園地を、ずっと怖がっていた子だ。

 ミラーハウスが輝いて、その扉が目まぐるしく回転しはじめた。



 真澄のいとこ達は皆、それぞれ目当てのアトラクションへと向かっていった。そして、



『4』 ウサミーくんは最後に、真澄の正面へ立った。


 その手が、何かを差し出している。


 観覧車、〈ますみくん〉。


 これは、昔ウサミーくんが持っていってしまった真澄の〈のりものチケット〉だ。十年の時を経て、ぐしゃぐしゃになっている。真澄が懐かしがって受け取ると、


『☆』 ウサミーくんは、くるりとまわって遠くを指した。


 真っ暗闇で何もなかったはずの空間へ、あの日真澄が乗っていた大きな観覧車が、パッと灯って出現した。



 ガタン……、ギー……と軋む、はじまりの音。



 遠く、観覧車の大車輪の上を、色とりどりの輝くカゴが揺らめきながらもまわっていく。夜の観覧車、なんて綺麗だろう。真澄はうっとりとして見惚れてしまった。


 カゴの中、窓越しにまばらに見える黒い影は、人か。

 きっと観覧車に乗る、お客だろう。



  なんだ、ちゃんと他に、お客はいたんだ。

  それなら、はやく、行かないと…………。



 真澄はふわふわと引き寄せられるように、懐かしい観覧車のところへ向かっていく。



 さて。

 皆を『ばいばい』と見送ったウサミーくんはもうお疲れだ。終いに、着ぐるみの身体の中からじぶんのタイムカードを探し当てると、遊園地の中央にどんと現れた、大きなお城の中へと消えていった。


 

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