その声に褒められるたび。

@lukousou

【その声に褒められるたび。】



今でもたまにおかしな夢を見る。

それは大雨の夜、上には不自然なほどぎらつくステンドグラス、下にはたくさんのキャンドルに囲まれた祭壇が見える。そしてその前に立つ喪服の女性が呟く。


「あなたなら良かったのに」


振り返った顔は、自分。





いつもそこで目を覚ます。

人間の身体を捨て『傀儡子ちゃん』になってから冷や汗で背に服がはり付くようなことは無くなった。それなのにゾワゾワとした不快感が拭えない。

隣を見やればべティちゃんはまだ夢の中のよう。仕方なく枕に頭を押し付けて、夜が明けるまでの時間をやり過ごす。



この夢を見た日は、調子が悪い。

どうにも落ち着かず些細なことが気になる。ぐるぐるとお腹の中を回り続ける不快感からは逃れられず、イライラする。早稲田戦士の顔でも見ようものならマリオネッタ・カリーノで縛り上げて袋叩きだ。殺気が隠しきれていないので男性陣は遠巻きに見守っていることが多い。巻き込まれたくはないからご機嫌斜めの日は彼らも気を遣わざるを得ない。その気遣いに気付いていながら、気付いていないように振る舞い続けている。



そんな時に最も出会いたくない顔と遭遇した。

早稲田天使ソウダルフォン。

「あいにく、今日はただのお散歩ですの。」

白い槍を真っ直ぐ向けて、はいそうですかと道を開ける様子はない。

「戦闘員を二人もつれて、どちらへお散歩だ?」

「この子たちは親衛隊、ボディーガードですわ。どいてくださらないのなら、こちらから道を開けるまでですわよ?」

戦闘員二人が前に出てくる。実際、親衛隊よりもソウダルフォンの方が強いことは分かりきっているのでボディーガードにはならない。普段なら二人に足止めさせている間に自分は先に行くが、今日の気分は違った。


「行きなさい!」

指示を受けて親衛隊がソウダルフォンに飛び掛かる。二人を槍で受け止めた、その時。

「マリオネッタ・カリーノ!!」

親衛隊もろとも動きを封じる。

さすがに予想外だったのか避けられずに固められた天使を見るのは気分が良かった。

『いい気味だぜぇ!』

その後のことはどこか他人がやったことのように感じられた。


ひたすら殴る蹴るの繰り返し。

一体誰がこんな野蛮な戦い方を、ああ、私か。

躊躇なく白い背中に振り下ろした手は痛みを感じず振動のみを伝えた。その振動の重さにある一点に集中させていた意識が途切れた。

金縛りが解けたらしい。


親衛隊はその場に崩れたきりピクリともしない。さすがに早稲田天使は膝をつきながらも顔をあげて槍を向けてきた。

驚き、怒り、殺気、そして恐怖。

特徴的なバイザーの奥に、望み通りの感情が浮かんでいるのが見えて、笑みをこらえられない。


もっと私を恐れなさい!あなたなんかより、私の方が優れているのだから!その殺気ごとあなたを飲み込んでしまいましょう?


立っているのか浮いているのか、天地さえも分からない。それなのに普段よりも力強く地を蹴った、気がした。

動けない的に向かって思い切りべティちゃんを振り上げる。あぁこの力で叩き込んだらべティちゃんも壊れてしまう……と頭の片隅で思いながら。


腕に振動が伝わる前に、腹に何かが当たった。気付いた瞬間に後ろへ大きく吹っ飛ばされる。地面に叩きつけられながら、もう1人白い人影が割り込んできたことを知る。散らばった白い羽を踏みつけながら即座に立ち上がって叫んだ。

「ウイング!!」


当たり前のように差し出された手をとって立ち上がるソウダルフォン。

どうして、あの子ばかり庇われるのか。

どうして、あの子ばかり心配されるのか。

どうして、あの子ばかり助けてもらえるのか。

どうして、あの子ばかり。

私には、誰も手を差し伸べてはくれないのに!


今まで感じたことがないほどの爆発的なエネルギーが分かる。

「ドゥルール!」

朝から感じていた、いや、ずっと昔から苦しんできたこの不快感から解放されると思った。

「ペルーシュ!」


当たったのか否か確認することは叶わなかった。白煙がたちこめ、二人のいた場所はアスファルトがえぐれている。逃げたのかもしれない。


エネルギーを使いきったか、その場にへたりこむ。さっきまで無くなっていた痛覚が復活し全身に鈍い痛みを感じる。立ち上がる気力すらなく、ただ糸の切れた操り人形のように座り込んだまま動けなかった。


「よくやった、傀儡子ちゃん。」


自分のものでもべティちゃんのものでもない、落ち着いた低い声に意識が引き戻された。


「立てるか?」


黒い掌に濃紺の甲、赤と青の配線が走る手。そう、これは手だ。

間違いなく自分のためだけに差し伸べられた手。


何故だか傷ひとつない胸が詰まった。

涙なんて出ないのに、顔に熱が集まっていく。

その波が収まるまで、手はずっと目の前にあった。


アーグネットの手を取り、空いた手で顔を覆って首を横に振る。

「…あまり、わがままを言うんじゃない。」

握った手を軽く引っ張りながら困ったような声色で言う。

困らせてばかりだと思いながら、口は勝手に動いた。

「もっと………さる?」

「ん?なんだ?」

「もっと、褒めて、くださる?」


冷静沈着な機械戦士からヒューズでも飛んだかのような聞いたことのない音がした。


「アーグネット?」

「あ、あぁ、その、なんだ。」

再起動直後が弱点なのはタカダノバーバリアンなら全員知っている。

「あら、フリーズしてしまうほど褒めるところが見付からなくて?」

「そういうことではなくてだ!」

はぁと分かりやすいほどのため息をついている。本来彼はロボットなので空気圧調整以外の排気は必要ないはずなのだが。最近はため息のバリエーションが増えて人間染みてきた。

「いつも、傀儡子ちゃんの金縛りには助けられている。他の者には出来ない技だ。どんなに強い攻撃も当たらなければ意味がない。逃げることも、防ぐことも出来なくする技があるのとないのとでは戦術の手間が全く違う。素晴らしいと思う。」

先ほどまでの沈黙が嘘のように流れ出る称賛。

「…どうだ?」

恐る恐る尋ねてくるので笑いそうになるのを堪える。

「でもそれでは私のことなどどうでも良いと言っているようなものですわ?」

黒いアイセンサーが絞られるのが見える。この反応は、驚いた、だ。

「そ、そんな意図はなかった…」

少しいじめすぎただろうか。いずれにせよ、手を取った時点で不快感は和らいでいた。そっと立ち上がって手を離す。

「…俺には、何と言うべきか分からない。だが、そうだな。信頼している。仲間として。」

立ち上がったのを確認して、そのままこちらを見もせずに歩き出す背中をしばらく見つめてしまった。


仲間として、信頼されている。

それは、私がここに居ていい何よりの証明。


自分に都合の良いようにプログラムし過ぎたかしらと胸元のむず痒さを撫でて収める。

「私たちも帰りましょう、べティちゃん。」

『まだ下見は終わってないぜぇ?』

「いえ、また別の機会に致しましょう。」

『邪魔も入ったしなぁ~帰ろ~。』

早足でアーグネットに追い付く。

「ねぇアーグネット?良いことを1つ教えて差し上げますわ?」

足を止めたアーグネットの前に回り込み。

「褒める、にはこういう方法もありますの。」

そっと優しく頭を撫でる。

「良く出来ました。帰りましょう?」


今度は駆動限界時間のアラームが鳴ったので思い切り笑ってしまった。





またおかしな夢を見ていると分かる。

大雨の夜、上には不自然なほどぎらつくステンドグラス、下にはたくさんのキャンドルに囲まれた祭壇。そしてその前に立つ喪服の女性が呟く。


「あなたなら良かったのに」


自分の顔に向かって言い放った。


「私は私のために生きているの、まだ消える気なんてありませんわ。」


そこで目を覚ます。

ゾワゾワとした不快感は少し残っているが、前よりはマシだ。

隣を見やればべティちゃんはやはりまだ夢の中のよう。枕に頭を押し付けて、夜が明けたらアーグネットに褒めてもらおうと思った。



その声にその手に褒められるたび、私がここにいて良いのだと思える。


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