乾きの国の救世主

 今日も私は異世界の見知らぬ土地を歩いていた。


「ここは乾燥地帯か。暑いな」


 一面の曇り空なのに肌が乾いてヒリヒリする。そよかな風だけで街路の砂埃が舞い上がり、咳とくしゃみを誘発する。文明はあまり発達していないようだ。石とレンガを積み上げただけの簡素な家が並んでいる。


「喉が渇いたな。どこかで水でももらうか」


 立ち並ぶ家の中から若干見映えの良い玄関を選び扉を叩いた。


「こんにちは。ごめんください。失礼します」

「何か用かね」


 開いた扉から親爺が顔を出した。少々咳き込みながら話をする。


「旅の途中でこの地に立ち寄った者です。ゴホゴホ。水を一杯恵んでいただけないでしょうか」

「水は貴重品でね。見ず知らずの者にはあげられないよ。悪いね」


 もっともな話だ。この国では一滴の水が一握りの金と同等の価値を持つのだろう。


「そうですか。お騒がせしました。では」

「待ちな。水はやれないが料理は食わせてやってもいい。ちょうど昼飯を食っていたんだ」

「ありがとうございます。頂戴します」


 有難い申し出だ。どんな料理かは知らぬが、多少の水分は摂取できるだろう。親爺に招かれ家の中に入る。家族五人が囲んでいる食卓には干し魚、干し肉、干した果実、炒っただけの穀物の粉が置かれている。


「さあ、食いな」


 水気がまったくない料理ばかりだ。なかなか喉を通らない。それでも空腹には勝てずなんとか腹へと送り込む。


「ごちそうさまでした。干したり焼いたりした料理ばかりですね。煮たり蒸したりはしないんですか」

「煮る? 蒸す? なんだね、その料理は」


 どうやら水を使った調理法をまったく知らないようだ。


「水はどうやって手に入れているんですか」

「年に数日豪雨が降る。それを溜めて一年間ちょっとずつ使うんだ」


 私は家の外へ出た。周囲を見渡す。川も湖も池も水たまりもない。しかし植物は生えている。遠くには緑が茂る低い丘も見える。ということは……


「すみませんが人を集めてくれませんか。それから穴を掘る道具も」


 親爺はすぐ人と道具を集めてくれた。彼らを引き連れて丘へ向かう。小さな谷間に草と木が茂る場所を見付けた。


「ここを掘ってみてください」


 皆が堀り始める。やがて水が出た。


「おおー!」


 驚いている。地下水、というものすら知らなかったのだろう。私は水を汲んで親爺の家へ帰り、魚の煮物と蒸し団子を作ってやった。穴を掘った人々に食わせる。


「な、なんというウマサだ。この世にこんな料理が存在したとは」


 人々の尊敬の眼差しがこそばゆい。


「喜んでいただけてなによりです」

「おぬし、只者ではないな。いったい何者なのだ」

「いえいえ、私はしがない旅人です。もっともここに来る前は飯屋めしやをやっていました」

救世主メシヤ! ああ、そうか、そうだったのか。やはり予言は本当だったのだな。この乾いた料理から我々を救ってくださる者がきっと現れる。体と心に潤いを与えてくれる救世主メシヤがいつか出現する。今日、その予言は成就したのだ」

「え、いや、メシヤって救世主メシヤじゃなくて飯屋めしや……」

「おい、あれをここへ持ってこい!」


 私の言葉を聞こうともせず親爺は息子に命じた。しばらくして戻ってきた彼は艶やかな白磁の壺を持っている。厳重に密封された蓋を開けると中には液体が入っていた。


「これは我が家に伝わる秘水、『潤いの水』と申すもの。何に使うのかさっぱりわからぬまま先祖代々伝えられてきた家宝。地下から水を引き出してくれた礼だ。受け取ってくれ」

「ありがとう。頂戴します」


 私は水の入った壺を受け取った。

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