No.6 外見詐欺
資料によると、一番新しい事件は三日前。場所は街灯がなく、人通りも少ない裏路地。事件現場としては定番かもしれない。
犯人が人間であれば人目を避けたと考えられるが、人間が犯人ならば特視にまで話は回ってこない。
人ではない存在に証拠を残さないという考えはない。となると、被害者女性の方が人目を忍んで行動していたのかもしれない。しかし推測の域はでない。
たまたま偶然、ほんの気まぐれで裏路地を通ってみた。そこで運悪く未知の生命体と鉢合わせした。そんなことだって、全くあり得ないとは言い切れない。
しかしながら真相をする術はもはやない。監視カメラもない場所では犯人の姿は確認できない。亡くなった被害者女性と話す術もない。久留島の出来ることといったら、数少ない情報から、事件の真相を想像することだけだ。
事件現場を一通り見渡してから、久留島は緒方の様子を見た。
緒方は事件現場につくなり、持ってきた資料と睨み合っている。時々顔をあげて現場を凝視する姿を見るに、資料の情報を確かめつつ、何か見落としがないかと探しているようだ。
事件現場を見つめる緒方の様子は鬼気迫るものがあり、なんとしてでも事件を解決するという決意のようなものが見えた。
先輩の姿に習おうと久留島も事件現場を観察……しようとしたところで、どうにも気になる存在に意識を奪われる。
事件現場に着くなり妙に楽しそうな様子で周囲を確認し始めた、クティの様子が気になったのだ。
「この匂い……やっぱり、ガンチュウコンだなあ」
一通り確認を終えたらしいクティが、自信ありげにニヤリと笑う。犯人がソレであると確信した様子が久留島は気になった。
そもそもガンチュウコンとは何なのか。それを聞きたくて仕方ないが、クティが丁寧に説明してくれるとも思えない。
とりあえずクティにならって、久留島は匂いを嗅いでみる。確かに、かすかではあるが甘い匂いがする。何の変哲のない裏路地では到底香ることのない匂い。何か匂いの発生源があるだろうかと周囲を見渡すが、左右に建つ民家は塀で囲まれており中の様子を伺うことはできない。
事件から三日経過しても残っていると考えると、当時はさらに濃密な香りだったに違いない。聞き込みをすればすぐに匂いの発生源が特定されそうなものだが、資料には「不明」と書かれていた。となれば、やはり普通のものではなく「犯人」に関わるものなのだろう。そう考えながら久留島は、匂いを忘れないようにもう一度息を吸い込む。
香水のように強烈ではないが、脳髄を溶かすような甘ったるさ。嫌な臭いというわけではないのだが、酔いそうになる匂いである。確認のために自分でかいだことも忘れて、久留島は鼻をふさぐ。
何となくだが、あまり嗅いではいけない香りの気がした。
残り香から逃れようと距離をとると、少し離れた場所に立っているクティと目があった。久留島の様子を見ていたらしいクティは何故か目を細めている。それはどこか感心したようにも、面白いものを見たという好奇心が含まれたものにも感じて、久留島は固まる。
理由をクティに問おうとした時、ふわああという気の抜ける欠伸が聞こえた。
「クティさん、ボクがいる意味ある?」
眠そうに目を擦っているのは赤みのある髪をした、大学生くらいの青年。上はジャージに下はジーパンとラフすぎる格好で、先ほどまで寝ていましたと全身が語っている。
派手な赤いライダースジャケットを着たクティとは対極に位置する存在がクティがわざわざ連れてきた青年――マーゴであった。
一見するとどこにでもいる、ゆるめな大学生。しかし人からは外れた存在。クティと同じ外レ者である。
危険度はグリーン。登録名はマーゴ。
クティに比べると穏やかな性格をしており、シェアハウスの住人の中では一番若い。そのために社会見学とクティにつれ回されている機会が多いらしく、今回もそれだろうと緒方はいっていた。
見た目は久留島よりも若く見える。しかしながら、生きている年数は久留島の倍。緒方の年よりも上だというから驚きだ。こういった外見と中身が釣り合わない存在の方が外レ者には多い。そのために緒方を含めた先輩たちは口を酸っぱく「見た目に騙されるな」と久留島にいう。
頭では理解しているが、どうにも慣れないというのが本音だった。目の前で眠たそうに目をこすり、うつらうつらしている青年が危険人物には思えない。見た目もそうだがマーゴという存在は、どことなく世話を焼きたくなる雰囲気がある。数回しか会ったことのない久留島でもそうなのだから、クティが連れまわしたくなるも理解ができる。
「とっとと目覚ませよ。見逃したら、いつまた見れるか分かんねえんだぞ」
クティは呆れた顔でそういうとマーゴに近づき、両頬を引っ張った。「いひゃい」と涙目で抗議するマーゴ。容赦なく頬を引っ張るクティ。その姿は、大学生がじゃれているようにしか見えない。
視覚情報との差に久留島が顔をしかめていると、資料をにらんでいた緒方が顔を上げた。
「いつまた見れるか分からない……ということは、珍しいものなのか」
「さっすが先輩。後輩と違ってちゃんと話聞いてんなあ」
一通りマーゴの頬を引っ張って満足したのか、クティはニヤリと笑うと緒方へと向き直る。遠回しに話を聞いていないと久留島は馬鹿にされたわけだが、事実なため言い返すこともできない。
それにつねられた頬を両手で押さえて、「痛い……」と呟くマーゴも気になった。はたから見ていても痛そうだったのを見るに、クティは身内にも厳しいらしい。
「前に俺が見たのは数百年前だな。最近じゃ数も減ってるし、次いつ見られるかは分かんねえ。いい機会だからって連れてきてやったんだから、寝てねえでちゃんと見とけよ」
後半はマーゴに向けてクティは言った。マーゴは頬を抑えつつ「そんなこと言われても」と呟いている。
スパルタという言葉が頭に浮かんだ久留島は、自分の先輩は緒方でよかったと心の底から思った。
「ガンチュウコン。そう言っていたが、一体どういうものなんだ」
「そっちの資料には……ねえか。そもそも珍しいもんだし、お前らが感じとれるほど育つケースが珍しいしなあ」
「育つ……」
何だか嫌な感覚のする言葉だ。顔をしかめた久留島を見て、クティが面白そうに目を細める。鼻をふさいでいた時と同じ表情を見て、久留島はさっきからなんだと身構えた。
「お前のとこの新人、アホのど天然かと思ったら、勘はいいらしい。気付かなきゃいけねえとこ、避けなきゃいけねえとこは本能的にわきまえてる。意外と生き残るかもなあ」
クティの言葉に意外そうな顔をした緒方が久留島を見る。褒められたとも貶されたたともいえるクティの物言いに、久留島は眉を寄せた。
クティの発言が気になったのか、マーゴも久留島のことをじっと見ている。人ではない存在から凝視されて、久留島は居心地が悪く、何だか妙な汗をかきはじめた。
「クティさんがいうなら、長生きするのかあ……ちょっと残念だなあ。食べたらおいしそうなのに」
マーゴが年上に好かれそうな愛嬌のある表情で、恐ろしい言葉を口にする。クティと同じく「食べる」というのが比喩ではないと知っている久留島は冷や汗を流し、ひとまず緒方の後ろに隠れた。
クティのように分かりやすく恐ろしい顔をしないからこそ、無邪気に思える発言に鳥肌が立つ。
「そんな怯えなくても、マーゴは死ななきゃ食わねえよ」
ケラケラとクティは笑うが、久留島としては全く安心できる要素ではない。
マーゴは危険度グリーン判定。害はない。友好的な存在という仕分けではあるが、それは「生きている人間にとっては」という注意書きがはいる。
クティやマーゴという人の形をした外レ者には共通した特徴がある。人間からすると異様なものを食べ、それ以外を食べられない、もしくは食べても栄養にならないのだという。
「俺も聞きてぇことあるし、お前も腹減ってんだろ。軽くおやつにしねえ?」
久留島の反応を見るのも飽きたのか、あっさりクティは話題を変える。
普通であれば「そこら辺の店にでも」と続きそうな言葉だが、クティたちの場合は違う。そう分かっているからこそ久留島は息をのみ、目の前の緒方にも緊張が走ったのが分かった。
「えぇ……あんまり、美味しくなさそう……」
クティの言葉にマーゴは嫌そうに顔をしかめる。
そういいながらマーゴが見ているのは路地の中央。三日前。女性が倒れていたという場所。それなりに掃除をしたのだろうが、うっすらと赤い後が見える場所を眺めて、マーゴは顔をしかめる。
それは凄惨な事件に対して悲しんでいるのではない。もっと純粋な、命あるものとしては本能的な感情。
「いるのか……そこに……」
緒方の緊張をはらんだ乾いた声。それを聞いたクティは口角をあげる。
「そりゃ、いんだろ。アンタらから聞いた通りの死に様なら成仏できるわけねえし」
そういってクティは赤みの残ったコンクリートを見つめた。その視界に何が写っているのか、久留島には全く想像が出来ない。
いや、正確にいうならば想像は出来るがしたくない。
「食べるかどうかは別として、クティさんが話したいなら話す? 会話になるかは分からないけど」
そう軽くいってマーゴは事件現場に近づいていく。
その姿を見ながら久留島は、関わる機会が多いから覚えておけ。と渡されたファイルの内容を思い出す。
登録名マーゴ。比較的おだやかで人懐っこい性格。捕食対象は「幽霊」。
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