No.5 進む先は闇

「で、何の用なんだよ。その天然の新人見せにきたっていうなら、食うぞ」


 面倒くさそうにクティはそういうと腕を組んでドアに寄りかかる。大きな欠伸と気だるげな態度からみて寝ていたのかもしれない。だとすれば、寝ているところをたたき起こされて不機嫌なのも仕方ない。そう久留島は納得する。

 しかしながら、クティの「食う」という発言が比喩ではないと知っているために生きた心地はしない。ただでさえ機嫌が悪そうなのに、これ以上機嫌を損ねてしまったら情報を引き出すどころの問題ではない。

 目の前にいるのは危険度レッド。話が通じるように見えても、どんな気まぐれで態度を変えるのか分からないのだ。


「えっと、聞きたいことがありまして……」

「聞きたいことねえ……」


 嫌そうに顔をしかめて、クティは緒方を見る。このガキの言うことは本当か? と確認する視線に緒方が頷くといっそう顔をゆがめた。


「日頃は化け物。厄介者扱いしといて、分かんねえことは教えてくれって、虫がいい話だと思わねえ?」


 皮肉気な言葉。若々しい外見にしては歪な表情に緒方が押し黙る。

 久留島は慌てて割って入ろうとした。言い出したのは久留島だ。緒方は悪くない。そう口を開きかけた所で、緒方が黙っていろと目で制してきた。

 いざというときはお前が生贄なと茶化していたというのに、いざという時緒方は久留島をかばう。それに気づいて今更ながらに焦る。


「虫がいい話だっていうのは分かっている。こちらに記録されている情報を洗ってみたが、該当情報が出てこなかった。早期解決を目指すなら、詳しい存在に聞くのが得策。そう判断した」

「それはいいけどよ、俺が善意で情報だけやるような優しい性格じゃねえ。っていうのは分かってんだろうな?」


 ドアに預けていた背を放し、クティがこちらへと近づいてくる。緒方の間近まで近づいて、面白がるように顔を見上げる。

 身長差でいったらクティの方が小さい。体も四十代後半とは思えないほど鍛えている緒方に比べると薄く、久留島よりも細身にすら見える。

 それでもクティという存在は恐ろしい。

 肌があわだち、本能が叫ぶ。これは自分たちと同じ人間ではない。姿をまねただけの化け物だと。


「お前がくれんの? それともそこの、素直でいい子な新人がくれんの?」


 クティが嫌な笑みを浮かべて久留島を見た。

 思わず身を固くする久留島を見て、楽し気に笑う。顔が笑みの形を作っても、流れる冷や汗が止まらない。それは目の奥が笑っていないからか、得物を品定めするような瞳が心の奥底まで見通しているように感じてしまうからか。


「それは、そちらがどれだけ情報を提供してくれるかによる」


 飲まれそうになっていた久留島は、緒方の冷静な一言に呼吸を取り戻す。

 クティはニヤニヤと笑みを浮かべたまま「へぇ」と、判断に困る返事をした。気に食わなかったら踏みつぶす。そうこちらの様子をうかがう姿勢に、久留島は唾を飲み込んだ。


「ここ数か月の間に、女性の変死体が複数あがっている」


 いきなり緒方は事件のことを語りだした。これ以上腹の探り合いをしても無意味。そう思ったのかもしれない。

 普通であれば驚く情報に、クティは「ふーん」と実に軽い興味なさげな返事をする。実際クティにとってはどうでもいい事なのだろう。人が目の前で死んでいたとしても気にしないに違いない。

 何しろ、クティ含めた彼らにとって人間の死体は虫の死骸が転がっているのと変わらない。


「人間の犯行とは思えない。体には植物のツタのようなものが巻き付き、下腹部に獣。またはそれに準じたものと思われる噛み後。それによって子宮が全てえぐり取られている」

「それは、大変だなあ」


 クティは完全に他人事でそっぽを向いている。全く知らないようにも見えるし、知っていてはぐらかしているようにも見える反応。どちらだろうかとクティを注意深く見てみるが、見た目に反して相手は自分の数倍。下手すると数十倍生きている。全くもって内心は読み取れず、ただ焦りだけが増す。

 緒方は分かるだろうかと視線を向けるが、緒方は硬い表情を浮かべているだけ。緒方の内心すら久留島には察することが出来ず、大人しく成り行きを見守ることにした。


「心当たりは?」

「それじゃ情報不足すぎて何ともいえねぇな。お前らよりは博識だけどな、全てを知っているわけじゃねえ」


 クティはそういうと肩をすくめる。

 クティのいうことはもっともだろうが、そうですかと認めてしまっては手がかりがゼロだ。真実まではいたらないとしても、何かヒント。捜査の方向性ぐらいはつかめないかと久留島は届いた資料の内容を思い出す。

 

「じゃ、じゃあ、甘い匂いを出す植物とか動物とか、そういうものに心当たりは!」

「甘い匂い……?」


 久留島の必死な言葉に他人事の反応をしていたクティの表情が変わった。初めて興味を持ったというように久留島へと視線を向け、久留島の内心を探るように凝視する。突然の変わりように久留島は戸惑って、思えず体がのけぞった。


「遺体から甘い匂いがしたのか?」

「遺体というか、その周辺に甘い匂いが漂っていたそうです……」


 資料の内容を思い出しながら口にする。

 第一発見者は早朝、甘い匂いに誘われて匂いの元をたどっていたら遺体に行きついた。そう複数人が証言したと記録されていた。遺体の発見された場所を調査した警察官や遺体の解剖を行った解剖医も同様の証言をしているが、匂いの出所は判明していない。そのことから遺体、その周辺についた匂いは犯人の残り香である可能性が高い。


「植物のツタ……獣の噛み口……甘い匂い……」


 久留島の言葉を聞いて、クティが目を伏せる。今までの情報を整理するようにブツブツと呟く様子は、先ほどまで興味なさげにしていたとは思えないほど真剣だ。

 先ほどとは全く違う反応に久留島は戸惑い緒方を見るが、緒方も変化に戸惑っているらしくかすかに目を見開いている。


「……ガンチュウコンか!」


 クティの中で何かの答えが出たらしい。はじかれたように顔を上げると、開けっ放しになっていたドアから建物の中へと踵を返す。

 余りの変わり身に見送ってしまった久留島は、慌ててクティの名を呼んだ。何かに気づいた様子だというのに、このまま放置ではクティに振り回されただけで終わってしまう。

 久留島の焦った声に反応したのか、クティは靴を脱いで玄関へと上がりながら、こちらを振り返った。


「マーゴ呼んでくるから、ちょっと待ってろ。お前らには現場に案内してもらわねえといけねえし」


 先ほどとはまるで違うノリ気な態度。変化についていけずに久留島は気を抜けた声をだす。そんな久留島にはお構いなしで、クティは廊下の半分ほどを進み、思い出したように振り返った。


「あっ、今回は面白い情報もってきたことに免じて、ただで協力してやるよ。感謝しろ」


 珍しく上機嫌にクティはそういうと「マーゴ。おい、起きてるかー」と大声を出しながら建物の奥へと消えた。その後姿を唖然と見送ってから、久留島は緒方へと視線を向ける。わけの分からない状況も先輩なら分かるだろうか。そういった淡い期待を抱いての行動だが、緒方はもともと深く刻まれた眉間の皺をさらに深めていた。


「……クティさん協力してくれるそうですね……」

「お前、素直に喜べるか?」

「……」


 久留島は視線をそらした。

 クティとの付き合いはまだ短いが、あれほど上機嫌だったことを考えると嫌な予感しかしない。基本的にクティという存在は、人間に対して友好的とは言い難い。そんな相手がノリ気……。いい結果が待っているとは、いくら久留島でも思えなかった。


「ただより怖いものはない。って本当なんですね……」

 久留島の言葉に、緒方は無言で顔をしかめた。

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