No.4 天然は強し
次の日、久留島と緒方は白い大きな建物の前に立っていた。
自然現象研究所とは近すぎず、遠すぎず、絶妙な距離を保っているが偶然ではない。白い壁に広い庭。建物を囲む生垣。静かな高級住宅街の一角に立つにふさわしい雰囲気を持った建物は、実は自然現象研究所と同じく国が建てたものである。
だというのに、方や古めかしい木造建築。方や高級感あふれる外装。この差は何かといわれれば、住んでいる存在に対しての機嫌取りだと事情をしった久留島は思っている。
施錠されているところを見たことがない正面の門を通過し、民家にしては広い玄関の前に立つ。インターホンを押しさえすれば、中の住人が出てくることは分かっている。しかし、そこで久留島の行動は止まった。
表札すらない、どこか怪しい雰囲気を持つ玄関を見上げる。何も知らなくても場違いな空気を感じるが、知っているからこそ怖気づく。久留島は斜め後ろにたつ緒方を振り返る。
「本当に行くんですか?」
「お前が言い出したんだろ」
緒方は心底呆れた顔で久留島をみた。
たしかに言い出したのは自分だという自覚が久留島にはあったが、その場の勢い。思い付きの発言である。まさかあれだけの資料を確認して、手がかりがゼロだとは、新人の久留島には予想外であった。
緒方に言わせると、それほど珍しいことでもないとのことだ。改めてこの仕事の過酷さを感じて、昨日は家にたどり着くとすぐにベッドにダイブした。それから朝まで熟睡。起床して数時間後の今、調査のために動いていることを考えると過酷な上に、体力勝負な仕事に違いない。
「愛子さんに連絡して、愛子さんだけ外に出てきてもらうってことは……?」
せめてこの重圧感から逃れたいと久留島は緒方に提案する。同じ話を聞くにしても場所というのは大事だ。敵地のど真ん中よりも、自分の陣地。そこまでいかなくても、どちら側の陣営にも属さない喫茶店などの方が気が楽である。
愛子であればこちらの申請に応じで出てきてくれるのでは。という希望こみでの提案だったのだが、緒方は微妙な顔をした。
「それにアイツが応じてくれるか分からねえしなあ……」
同じ人物を思い浮かべているとは思えないほどの渋面である。
なぜ緒方は愛子に対して、ここまで警戒心をもっているのだろう。そう久留島は首をかしげた。
愛子という女性は目の前にある白い建物、シェアハウスの管理人である。
染めた形跡のないつややかな黒髪をボブに切りそろえた小柄な女性。外見だけみたら女子高生にも思えるが、雰囲気は大人を通り越して老婆ともいえる熟成されたものという何とも不思議な女性である。
何度もお世話になっていることもあり久留島は愛子に好感を持っているが、緒方はそうではないらしい。久留島が話題にあげるために嫌そうな顔をし、外見に騙されるなとキツイ顔でいうのだ。
人の形をしているからと油断してはいけない。そう煩いほどに言われているが、久留島だってバカではない。本当に油断してはいけない相手ぐらいはわきまえているつもりだ。
「愛子さんならいいじゃないですか。クティさんじゃないんですから」
目の前にそびえ立つ建物、シェアハウスに暮らす存在で一番注意しなければいけないのが、クティと呼ばれる存在である。管理人は愛子であるが、それは久留島たちと言った外部の人間との橋渡し役に過ぎない。最終的な決定権をもっているのはクティだ。
この世界には人の形をした人ならざるものが存在する。
そういった存在を記録、観測するのが特視の一番重要な仕事である。怪事件の調査もその一環であり、正確にいえば事件解決よりも事件を起こしたモノの特定の方が重要視される。
というのも、力を持たない一個人である特視員が事件を解決まで導けることはごく稀だからだ。
記録されたモノはいくつかの分類をされる。昨日、久留島たちが探したような植物系、動物系といった大まかなくくり。それ以上に重要視されるのは「危険度」を示す分類わけである。
危険度が低い順に、グリーン、イエロー、レッド、ホワイト。一番危険と分類されるホワイトは数が少なく、遭遇率も高いために除外されることも多い。実質的に身近なものとして気を付けなければいけないのは、レッドに分類されたモノ。
クティはその「レッド」に分類された存在である。
そのクティに会わずに愛子にだけ話を聞けたら万々歳。緊張することもなく、情報も引き出せる最高プラン。そんな久留島の浅知恵を聞いて、緒方は心底呆れた顔をした。
「ここにいる奴らで一番の古株はクティだ。俺たちが求めている情報を知っている可能性が一番高いのもクティだ。そのこと忘れてねえか?」
緒方の言葉に久留島は、あっという顔をして固まった。
そんな久留島を見て、緒方がため息をつく。直属の先輩の呆れ切った反応を受けて、久留島は慌てた。どうにか落ちかかっている評価を上げられないかと考える。
「いやでも、クティさんが知らない事だってあるかもしれないですし……!」
「おめぇらよりは、博識だと思うけどなあ」
どうにか絞り出した考えに答えたのは緒方ではなく、声だけでイラついていると分かる若い男の声だった。
自分たちしかいないと思っていた空間に第三者の声が響いて、久留島は不自然に体をこわばらせた。ぎこちない動きで声の方を向けば、いつの間にか開いていたドアに寄りかかって、こちらをにらみつけている男の姿が目に入る。
派手な柄物のVネックに、首元にはごつめのチョーカー。手首や指にも邪魔では? と聞きたくなるような大きめのブレスレットに指輪。膝が丸見えの穴あきジーンズ。
夜の繁華街にでも居そうな派手めで柄の悪い恰好。そして目立つ顔立ち。人間であってもお近づきになりたくない人種だが、目の前にいるのは人の形をとっているだけで人間ではない。
クティ。そう評される存在である。
「な、何でクティさんが……!」
慌てて玄関から飛びずさり、クティからなるべく距離を置く。大げさな動作と大声に、クティがイラついた様子で顔をしかめた。
「人んちの前でギャーギャー騒いでたら、誰だって気づくっつうの。バカか」
吐き捨てるように言われた言葉に久留島は何も言い返せなかった。最もである。久留島だって自宅の玄関先で人が騒いでいたら、イラッとする。
これは自分が悪い。アポも取り付けてないし。そう思っていた久留島は素直に頭を下げた。
「いや、その……すいません。配慮が足りず」
いかなる時でも礼儀は大切だ。そう言われて育った久留島はとしては当然のことだったが、久留島の態度を見てクティは眉を吊り上げる。呆れ切ったとも、疲れ果てたともいえる微妙な顔をした後に、黙って状況を見守っていた緒方へと視線を向けた。
「おめぇらの仕事するには素直すぎねえ?」
「……」
クティの言葉に緒方が微妙な顔で黙り込む。言い返したいが、言い返そうにも言葉がない。という緒方の態度に久留島は引っ掛かりを覚えたが、具体的にどういうことかは分からない。
とりあえず自分は間違ったことはしていないと胸を張る。
「素直でいい子だって、昔からよく言われて育ちました」
零寿はとっても素直でよい子ね。と久留島の祖母はよく褒めてくれた。おばあちゃん子だった久留島は祖母の言葉を聞いて、おばちゃんが褒めてくれるような素直で良い子でいよう。そう心に決めて生きてきたのだ。この点は自分でも誇れるところと意気揚々と答えれば、クティは珍しい生き物を見るような視線を久留島に向け、緒方は額を手で押さえた。
思ったものと違う反応に首をかしげる久留島を見て、クティは緒方へ呆れた顔を向ける。
「やっぱ、採用間違ったんじゃね? あっさり騙されて食われそうだぞ」
「……よくよく言い聞かせる……」」
「何かマズい事言いました?」
何が悪かったんだろうと真剣に考えると、クティが生ぬるい視線を向けてきた。
クティと会った回数は数えられるほどだが、いつでも人を見下した高圧的な態度だった。そんなクティの珍しい反応に、久留島は再び首をかしげる。
その姿を見て、ある意味大物だ。そう緒方は思いため息をついたが、考える久留島が気付くことはなかった。
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