No.3 情報の贄

 植物系統に分類されたモノの資料が収まる棚。分類が難しく雑多にしまってある棚。未解決の事件が無造作に突っ込んである棚。全てに一通り目を通す。ただでさえ多い資料の山。時間が過ぎるのは早かった。

 一通りのファイルを見終わり、久留島は背伸びをした。長時間酷使した目に疲労を感じ、目元を軽く押さえる。目だけでなく確認のために使った頭も鈍く痛む。流れ込んできた情報量にパンクしそうだ。


 ここで管理、記録されている情報は一般に出してはいけないもの。発展した化学でも解き明かすことのできない超常現象の数々。堅苦しい文章で詳細な記録は、よくできたフィクション。そう言われた方が納得のいくものばかり。

 同時に、そうであったらいい。そう思ってしまうような惨たらしいものが多かった。


「お疲れさん」


 そういうと、緒方はコーヒーカップを久留島の前に置いた。

 いつの間に用意したのかと久留島が驚いていると、コーヒーだけでなくサンドイッチまで出てくる。コーヒーは給湯室で入れたとして、サンドイッチはわざわざ買ってきてくれたようだ。


 いかつい顔をした厳しい上司。それでもついていこうと思えるのは、こういうさりげない優しさがあるからだ。

 かっこいい大人だと久留島は緒方に憧れをいだく。成人したとはいえ、まだひよっこの久留島は喜びを隠しきれずに「ありがとうございます!」と元気に頭を下げた。


 資料確認を始める前は拒否したコーヒーの香り。今はそれが喉の渇きを思い起こさせる。コーヒーを口にし、サンドイッチをかじる。とりあえずの満足感を覚えた久留島は、そういえば今は何時だろうと時間を確認するためポケットからスマートフォンを取り出した。

 地下には窓もなければ、時計もない。時間間隔を狂わせるには十分だ。事件の手がかりを探そうと集中していたならなおの事。体内時計が完全にくるっていた久留島は、時刻を見たとたん驚きのあまりむせた。


「……何してんだ」

「い、いえ、思った以上に時間がたっていたもので……」


 十一時くらいに地下にこもり始め、今の時間は十八時。七時間もの間、集中していたと考えるとお腹もすくはずだと納得する。今まで全く気付かないほど熱中していた自分自身にも驚いてしまう。


「目ぼしいもの、あったか?」


 おにぎりを食べ終えた緒方の言葉に、久留島は首を振る。費やした時間に反して、成果はゼロに等しい。


「全くです。近いものはありますけど、全て一致とはいかないんですよね……」

「緒方さんは?」

「こっちもそうだな……。獣に食べられたような遺体。植物に締め付けられたような跡。別々ならともかく、両方は見つからない」

「あと、甘い匂いって情報にも当てはまらないんですよね……」


 脇の方によけてあった調査資料をひっぱり、久留島はもう一度内容を確認する。


 被害者は全員女性。年齢は二十代から三十代。外見や経歴に分かりやすい共通点は見当たらない。

 遺体は被害者の自宅、職場近辺で、早朝に見つかる事が多い。場所に関しても共通点は見られない。路地裏であることもあれば、堂々と表通りで遺体が見つかっていることもある。いずれも帰宅、外出途中に襲われたとみられる。時間帯が夜であることを考えると犯人は夜行性らしい。


 共通点といえば手足、首などを植物のツタのようなもので締め上げられている点。そのツタの一部も見つかったが、人類の記録上では存在しない植物という頭が痛くなる結果が出ている。


 遺体は総じて子宮がなくなっており、傷口の状況は大型動物にかみきられたように見える。手足を拘束し動けなくしたところで子宮を噛みちぎっている点からみて、犯人の目的は子宮にあると思われる。

 被害者の死因はツタに首を絞められたことによる窒息。または、子宮をえぐり取られたことによるショック死、放置されたことによる失血死。

 現場には犯人の痕跡は全くなかった。しかし遺体の周辺には甘い匂いが漂っており、それにより遺体が発見された。そう記録には残されている。


「動物系も確認した方がいいんでしょうかねえ……」

「それも必要かもしれねえな。もしかしたら複数での行動かもしれねえし」

「植物と動物で複数……そんなことあるんですか?」

「この仕事はな、まず常識を捨てることから始まるんだ」


 緒方はそういうと、動物系のファイルがしまってある整理棚に移動する。その背を見送りながら、常識を捨てる。その言葉の意味を考える。

 この仕事についてから、常識外のことは幾つも見てきた。自分が見ていた世界はごく一部であり、この世界には人間が知らない未知の生命体。不可思議な現象が思った以上に転がっている。そのことを理解したつもりになっていたが、まだまだ足りないのだろう。


 自分の常識の外、視覚の外にいる存在を確認し、調査する。何てそれは無謀であり、難解なことだろう。

 ふつうの人間には存在を感じ取る機能すら備わっていないことも多い。幽霊なんて分かりやすい方で、さらに複雑な、形すらないようなものだって多くある。

 そう思ったところで久留島はひらめいた。分かりそうな相手に聞いた方が、もしかしたら早いのではないかと。


「愛子さんとか、心当たりないですかね」


 その言葉を聞いた瞬間、ファイルを取り出していた緒方が嫌そうな顔をした。「はあ?」と低い声が続いて聞こえて、特に考えずに発言した久留島はビクリと肩を震わせる。


「い、いや……ほら、俺たちより、そういったモノには詳しそうですし……」

「たしかに、俺たちよりは詳しいだろうが……お前本気か?」


 もともと深いしわがさらに深まり、信じられないようなものを見るような目を久留島へと向ける緒方。久留島はその視線に怖気づく。自分はそこまで、口にしてはいけないことを言っただろうかと。


「いやでも、愛子さんなら……」

「……他の奴らよりは幾らかはマシとはいえ、外見に惑わされるなって俺の忠告忘れたわけじゃねえよな」


 緒方が迫力満点の顔で久留島をぎょろりと睨む。蛇に睨まれた蛙のごとく、体を硬直させ、久留島は青い顔で何度も頷いた。緒方はしばらく久留島を見つめて、それから眉間にしわを寄せたまま顔をそらした。


「だがまあ、このまま探してもどうにもならねえなら、頼るしかないな……。何要求されるか分からないし、借りなんて作りたくないんだが」


 渋面を浮かべた緒方は灰色の壁をにらみつける。腕を組んで何かを考える様子は迫力があり、久留島はオロオロと緒方の様子を見守った。

 やがて、結論が出たらしい緒方は久留島へと向き直る。いつもの緒方に比べると少々やわらかい、悪戯を思いついたような子供のような顔でニヤリと笑う。それを見た瞬間、久留島は嫌な予感がした。


「交換条件だされた場合は、お前が代償払えよ」


 緒方の言葉に久留島はしばし固まって、それから叫ぶ。外に聞こえてしまいそうな大声は、狭い地下に反響して、緒方が顔をしかめて耳をふさいだ。


「お、俺ですか!?」

「いった奴が責任取るのは当然だろ」

「いやでも……俺、し、新人ですし……?」

「いくら先輩でも、新人の無謀のために死にたくないからなあ」


 緒方はそういうと整理棚に向き直り、ファイルを物色し始める。話は終了という態度を見て、久留島は焦る。思い付きの軽い発言でとんでもない事態になってしまったと。これは何とか情報を見つけないと自分の身が危ない。そう悟った久留島は、先ほど以上に集中してファイルをあさり始めた。


 しかし、その後いくら探しても、目ぼしい情報は見つからなかったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る