第52話 15-2変わり始めた世界
目覚めると、そこは宿屋だった。
「あれ……俺……ログアウトしたはずじゃ……」
―起きた?―
「ハイデ⁉」
飛び起きる。ベッドに寝かされていたジャンの隣で、ハイデが優しく微笑んでいた。
―みんなを呼んでくるね―
そう言って、部屋を出て行こうとするハイデの腕を掴もうと手を伸ばす。あと数センチ届かず、すり抜けてハイデは出て行ってしまった。
「な、何がどうなってるんだ……」
『ジャン‼』
「クロ……」
『なんでぇ、死んじまったかと思ったぞ!』
『ジャン、ログアウトしなかった。倒れた』
「今、今ハイデが」
『ハイデ?』
全員が固まる。
「今、ハイデがそこに」
『いねぇよ、誰か見たか?』
『いや、見てないわね』
カブトから、ユリィの声が漏れだした。
「え……?」
ロベリアが口をパクパクさせると、クロの口からロベリアの声が流れ出す。
『ジャン、どうしたの?』
「なに、なにがどうなって」
―……き―
「…………?」
一切の音が消える。前にポタンの教会で味わった、あの感覚。酷い耳鳴りに頭痛。そして時が止まったように、動くものは何もない。
―……つき―
不明瞭な文字が、浮かんで消える。
「……ハイデ……?」
ノイズを走らせながら、時が動き出す。
―うそつき―
『ハイデがどうした?』
ユリィの口から出てくるクロの台詞。
―うそつき。嘘つき。ウソつき―
文字化けを繰り返し、色を変え、次々に流れてくる言葉。
―嘘ばかり―
―ジャンが殺した―
―ルナくんを殺した―
―信じてたのに―
―もう嘘はつかないって思ってたのに―
―何も変わってない―
―アウルなんか消えてしまえ―
四方八方から浮かび消えていくビジョン。まるで、クロックの配信画面に流れてくるコメントのように。そのどれもが、ハイデからのメッセージだとわかる以外は、まるで同じ。
『おい、ジャン、ジャン‼』
クロが、カブトの声で呼びかけジャンの身体を揺する。
―お兄ちゃんを返して―
―私を探さないで―
―潤くんなら見つけてくれる―
―会いたくない―
―会いたい―
―死んでしまえ―
―思い出して―
―私の名を―
目を閉じても浮かぶ言葉。耳を塞いでも流れてくる言葉。逃げたくても逃げられない恐怖。目を逸らせない、重い言葉の羅列。
『ジャン‼』
「っ……はぁっ……はぁっ……」
『ジャン、休もう?』
「……ははっ、ダメだ。ハイデが待ってる」
ジャンは驚く。自分の口から、意図せず言葉が出てきた。
『ハイデの場所がわかるのか?』
もはや誰の声かもわからない声色で、クロが問いかけて来た。
「わかるよ、墓地に行こう。ハイデが待ってる」
自分の身体が思うように動かない。勝手に、ジャンの声で言葉を連ねる。
『本当に、平気なのね?』
『墓地にいるなら、ルナシスの事はもう知ってる?』
『だろうな……あぁ、おいら、こういう時どう接すればいいのかわかんねぇ……ジャン、頼んだぞ』
「任せて、ハイデの事なら僕が一番知ってるから」
そんな事、思っていない。そんな事は言いたくない。
どうにかログアウト出来ないか冒険手帳を開こうとするも、自分の身体が、フローワールドに居るジャンの身体が動かない。勝手に荷物をまとめ、仲間と共に部屋を出る。
ジャンはもう、完全にパニックになっていた。
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