第53話 15-3変わり始めた世界

「ハイデ‼」


 ハイデは本当に墓地にいた。広い集合墓地の片隅で、祈りを捧げている。自分ではない自分の声で、ハイデの名を呼ぶ。本当のジャンは、それを見ている事しかできない。動き、喋り、何かに触れれば、全ての感覚はある。なのに、自分の意思では動かせない。


―ジャン……ルナくん、死んじゃった―


 泣きじゃくるハイデ。


『仕方ないのよ、ハイデちゃん……辛いでしょうけど……』

「僕がもっとしっかりしていれば……」

―ジャンは悪くない、ハイデが、一緒に居ればよかった―

『一緒には行けない。ハイデを連れて行くわけにはいかなかった』


 またしても強烈な違和感が襲う。ハイデとの会話が成り立っている。皆にもハイデの言葉が伝わっているように、会話をしている。

 ハイデの背を撫でようとして引っ込めたロベリアの手に、あの綺麗な指輪がない事にも気づいた。いつから消えていたのだろうか。


―……ジャン―

「どうした?」

―違う、貴方はジャンじゃない―


 突然真顔になるハイデ。頬に流れていた涙が消える。


『何言ってんだハイデ、こいつはどう見てもジャンだろ?』

―違う、ジャンじゃない、ジャンはどこ?―

『おかしいわねぇ……どうしちゃったのかしら』

―……っ⁉ ジャン、私を見て―


 言われなくとも、目を離す事が出来ない。ハイデの目を見つめる。言葉は流れてこない。その口が静かに、何かを告げる。声のない、文字でもない言葉。

……め……を…………じ……て……。目を閉じて。

 ハイデの口が、確かにそう動いた。


―でも、これからはジャンがお兄ちゃんになってくれるから―

『あはは、相変わらず仲が良くていいな、お前ら』

『心配して損した気分だぜ、全く』


 ハイデの言葉と口の動きが合わない。目を閉じて、だけを繰り返す、ハイデの口。

 全神経を研ぎ澄ませ、瞼を閉じようとする。上手くいかない。勝手に動いているジャンは、笑顔でハイデの頭を撫でている。

 思い切り力を入れる。わずかに、瞼が下がる。もう少し、もう少し。

 視界が暗くなり、音が消えた。

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