変わり始めた世界
第51話 15-1変わり始めた世界
それぞれが思うところがあるように、重苦しい空気は続いていた。
宿屋を出て、装備を整えてから街を出たのがゲーム内での朝。冒険手帳にはメインクエストもサブクエストも未解決のものがいくつか並んでいたが、とても進める気にはならずハイデを探しに隣街を目指して歩く。
『ジャン、まだ考えてるのか?』
クロの声にジャンは、はっとして振り向く。
「ん、まぁね」
『でも、変な話よねぇ……』
同じく考えていた様子のユリィが声を発した。
『確かにルナシスのやっていた本業って、とても表沙汰には出来ないものでしょうけど……依頼人であるあの男がルナシスを消した理由がイマイチぴんと来ないのよ』
「それは……」
言葉が出なかった。咄嗟に吐いた嘘が、矛盾を生じさせている。
『報酬で揉めてたとも思えないのよね。あの男、お金は持ってそうだったし』
『さぁ、よほど法外な値段だったんじゃねぇのか?』
『法外なのは仕事内容でわかるでしょう? あの様子ならルナシスも相当腕が立つはずよ。まさか殺そうなんて考える方がどうかしてるわ』
なんとか言い訳を思いつき、ジャンは口を開いた。
「だからじゃない? たぶんルナシスは、中立を貫いてたんだと思う。あの男に敵対する勢力があるかもしれないし、そちらに買われれば脅威になるって考えてもおかしくない。油断してる隙に殺そうと考えるのも、ままある話じゃないかな」
ユリィはそれ以上追及してこなかったが、かといって納得した素振りでもなかった。ひとまず黙ってくれればいいと、ジャンもそれ以上言わずにいた。必死に弁明する方が不自然だろう。
『それにしても、ハイデ嬢ちゃんが見つかったとして、なんて言うつもりなんだ?』
カブトが話を切り出す。
『あたしは、正直に言った方がいいと思う』
『俺は隠してた方がいいと思うけどな。ハイデにとっては兄なんだろ? 嘘でも、知らない方がいい事だってある』
『おいらは……わりぃ、わかんねぇ。何が正解なのか……』
『正解なんかないわ。ハイデちゃんにしか……』
そしてまた全員が黙り、黙々と足を進める。
途中、魔物に襲われたり人を助けたりしていたが、必要最低限の会話をしたくらいで、これといって何かを話したわけではなかった。
もともとこの五人でスタートしたデバッグだというのに、ハイデが居る事が当たり前になりすぎていて、どうにも落ち着かない。ジャンは空いたままの左手を、確かめるようにぎゅっと握った。
『見えてきた』
どのくらい歩いていただろうか。ロベリアの言葉に顔を上げると、見覚えのある外壁が見えてきた。
「あれは…………」
『様子がおかしい、あの外壁、ラチュラと同じ』
『本当だ……えっと、始まりの街、だったよな』
クロやロベリアの言う通り、その外壁は最初に全員が顔を合わせ、初めて戦闘を経験して逃げかえった時に見たラチュラの外壁そのものだった。
近くに寄ると、今度は大きな門が見えてくる。
「ラチュラに関所なんてあったっけ?」
『いいえ……でも、そもそもこんなところにラチュラがあるわけが……』
さらに歩を進め、入ろうと門に近づいた時、門番に止められた。
『そこの者ども、止まれ。何の用だ』
「すみません、街に入りたいのですが」
『待って、ジャン、この人……』
ロベリアが言葉を区切る。
よくよく見ると、質素な鎧に紋章を赤く光らせた門番の顔に見覚えがあった。
「ポタンの兵士……」
『わが国は少々複雑な事情でな。入国は少し待ってもらえるか?』
「国……ここは、国なんですか?」
兵士は答えず、他のポタン兵に耳打ちをする。
しばらくそのまま待っていたが、無事に手続きが済んだのか、何も言わず奥の門が開き中へ通された。
気色の悪い違和感が全身を包み込む。
「こ……れは……」
『アクアレフトの街……』
あちこちに小さな用水路が流れ、視線の先には大きな噴水がいくつも見える。どの家にも水車が備わっており、その奥には広い荒野も見えていた。
「なにこれ……」
ジャンの声に、カブトが続いた。
『ちょっと待て、あまりにも様子がおかしすぎねぇか? ラチュラの外壁にポタン兵、アクアレフトの街並みに、奥にはガーネットフォール荒野、もっと先にはカーネ山脈まで見えるぞ』
今まで見てきた景色が、複雑に混ざり合ったような世界だった。高い気温に、アクアレフトの水が立ち上りじっとりと蒸し暑い。ハイデの祈りがない今、ジャンもユリィも蒸し暑さに晒されていた。
「宿……宿を探そう。それから考えよう、ちょっと、これはあまりにも……」
その時、ジャンの視界がぐらりと揺れ、世界が暗転する。
『ジャン⁉』
『ジャンくん⁉』
クロとユリィの悲鳴を最後に、ジャンは世界から拒絶され跳ね返された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます