第49話 14-4路地裏の深淵
話を整理すると、こうだ。
ジャンとユリィが部屋を出てしばらく、ハイデは大人しく本を読んでいた。カブトはそばで装備を整えており、クロは窓の外を警戒ついでにぼんやり眺め、ロベリアは触れない程度の距離でハイデを見ていた。
しばらくそうしていると、ハイデが急に本を閉じ、ベッドから出て落ち着かない様子でそわそわし始める。気づいたロベリアがカブトに声をかけ、何とか意思の疎通を図ろうとするも失敗。
クロが宿屋の店主にメモ用紙を貰いに行き、カブトとロベリアは手持ちに書けるものがないか確認しようとポーチを開けたほんの一瞬の隙に、ハイデが消えていた。
「消えた⁉」
『おいらもびっくりしたんだ、目を離したって言っても、一瞬だぞ?』
『あたしなんか、目の前にいた。まばたきしかしてない』
『俺が戻ってきた時にはもう、二人してあちこち探し回ってたんだ。俺はロビーにいたし、ハイデが出て行ったなら絶対に通るはず、見逃すわけがない』
三人で外に探しに行こうとしたらしいが、入れ違いになってもまずい。ジャンとユリィから連絡が来るかもしれない上に、これ以上バラバラで行動するのは危険が伴うと待機しつつ、チャットを送信したという。
「でも、僕たちのログにはないよ?」
『見ろよ、俺の方には残ってるから』
『ログアウトしたから消えた……ってわけではなさそうね、その前のは残ってるし』
そうこうしている間に、ユリィのログアウト通知が出たかと思うと、今度はこの部屋にユリィが現れたという。それが、ジャンが戻って来る少し前の出来事。
『それで、お前らはどうなんだ?』
ハイデがいない事に焦りを感じるも、今は状況を把握して共有する方が最優先。クロの言葉からその意思を感じる。
『私たちはルナシスを追って、年齢制限のかかるエリアまで行ったわ。路地裏に彼が入って、それから……彼が女性を殺めているのを見たの』
ユリィの言葉に、わずかな違和感を覚える。
「殺めるっていうか……あの女性、バグってたよね?」
『バグ……? いいえ、金が払えないならって話をしてたでしょう?』
「え……?」
噛み合わない。動悸が激しくなっていく。
『店のお金を勝手に持ち出したのは私じゃないって、女の人が叫んでて……雲行きが怪しいわって、私言ったわよね?』
「僕、その前に、バグって言わなかった?」
『いいえ、路地に入ったあたりから、ジャンくん全く話さなくなったから……大丈夫か聞いても何も答えないし、きっと集中してるんだろうと思ってた……けど……?』
困惑する二人。
何度思い返しても、ルナシスが手をかけたあの女性の台詞からはバグを感じた。それをルナシスが確認して、殺す事でデータを消したように見えた。実際、運営側のデバッグキャラである事をルナシスはジャンに話したのだ。
『……な、なんにせよ、突然ジャンくんが隠れていた影から出て行って、止めようとして手を伸ばしたら目の前が真っ暗になったの。通信エラーなのか、処理落ちなのかわからなかったけど……すぐに再起動して戻って来たのよ。そしたら宿屋に飛ばされて』
話せば話すほど、混乱していく。ユリィが見ていたものと、ジャンが見ていたものが微妙に違う。気持ちの悪い違和感が、ぐるぐると回り始める。これが初めてではないような、けれどそれがなんなのかわからない違和感。祈りの度に迫りくる謎の違和感に似ている。
『ジャンは、何をしてたの?』
「僕……僕は……」
ルナシスと対峙し、軽い攻撃のつもりが一撃で倒してしまった。ルナシスは起き上がる事もなく、だらりと床に倒れていたのを最後に、ジャンもまたゲームが落ちたように遮断されてしまった。
しかし、それをそのまま伝えてもいいのだろうか?
現に、こうして一緒に居たはずのユリィとの間でも、情報の行き違いが起こっている。ルナシスの口ぶりは、まるでジャンの本性を見透かしているようだった。ハイデが突然そわそわして消えたのも気になる。ハイデもまた、ジャンではなく潤の事を知っている可能性が高いからこそ、このタイミングで消えた事に何か意味があるのではないかとさえ思えた。
「ルナシスは……あの男に殺された。たぶん、依頼をした男だと思う。ユリィも見ただろ、いかにも金持ちそうな男」
『あぁ、待ち合わせしてた?』
「そう、そいつ」
ジャンの吐いた嘘に、誰も反論してこない。
『そうか……まさか本当に死んじまうとはな……』
『えぇ……あの、ジャンくん』
「なに?」
『気のせいかもしれないけど、さっきから気になってて……ジャンくんから、ルナシスの匂いがするの』
心臓が跳ねあがった。まさか倒した時に匂いが移ったのか。言われてみれば、あの強烈な香水のような匂いがつきまとっている。
「なんだろ……僕もルナシスが倒れた瞬間に弾き出されたから…………あっ」
ポーチを開けてみると、見覚えのない小さな花付きの袋が入っていた。
『香袋かしら?』
「どうだろ……うぅっすごい匂い……」
『あたし達にはわからない』
『…………そいつを墓地に持って行けばいいのか?』
「かもしれないね」
その時、冒険手帳がわずかに光り震えた。開いてみると、運営からの赤いメッセージがチャット欄に表示されている。
もう間もなく、今日のログイン可能時間が終わるメッセージだった。
「うそ……」
『あーくそ、わかんない事が増えただけだな』
『仕方ない、続きは明日調べるしかない』
『なんか、薄気味悪いな。おいらこういうの苦手なんだけどよ……』
『私もよ…………』
ジャンはまだ考え込んでいた。得体のしれない違和感に、恐怖心。ルナシスはただのデバッグキャラだったのか、それすらも定かではない。ジャンに対するあの目つき。
「もうわからない事だらけだ……」
思わず口をついて出た言葉に、誰も答えなかった。
どんよりとした空気の中、一人ずつログアウトしていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます