第25話 6-4失声の少女ハイデ

 ゲーム内の季節は夏頃だろうか。日差しが強く、ユリィとジャンにかかる負担は少なくなかった。ジャンはまだしも、ユリィはジョブの関係で厚着を強いられている上に、汗の表現も限界があるようで体温が籠る。ログアウトする度に運営へ逐一報告をいれているが、わずかに気温を下げて貰った程度で、動くにはかなりの苦労を強いられていた。


「あっつ……なるべく日陰を探していこう……」


 ジャンの声に、全員が従う。

 このような機能面でのハンデのせいで、何度も足を引っ張っているように思えた。二人ともなるべく平然を装っているが、他の三人がかなり気を使っているあたり、多少の罪悪感もある。


『一通り報告は終わったな。嬢ちゃん、疲れてないか?』

『平気』

『そうかい、ユリィちゃんも疲れたら言え、おぶってやるからな‼』

『ありがたいけど、貴方のその恰好じゃ余計に体温が上がりそうだわ』


 金属で覆われたカブトの肩越しに、うっすらと空間の揺らぎが見える。見るからに温度が高く、素手で触れば軽い火傷くらいは負いそうなものだった。火傷という表現は、敵からの状態異常以外で起こりえないと思いたいが。


「それにしても、油断すると砂が目に入りそう……視界悪いな、ここ」


 ジャンの言葉に、ユリィが頷く。


『ウエスタン調の街並みだものね。外に出れば砂漠と荒野ばかりだし、緑が少ないわ』

『レベリングには向いてるんだけどなぁ』


 全員の防具に火の耐性が付与されており、武器も水属性が多い。ひとつ前の街でクエストを消化しているうちに集まったレアドロップ品が、まるでこの街への対策と言った具合で調整してあったのだ。近隣で出る魔物に効果が高く、レアモンスターとの遭遇率も悪くない。そろそろ中級ジョブへの転向も見えてきた程度に育っていた。


「とりあえずお腹も空いたし食堂に行こうか、もしかしたらクエ──うわっ‼」


 食堂に向かおうと、路地を曲がった時、何かにぶつかった。


「ったー……ごめんなさい、大丈夫ですか?」

『おい大丈夫か?』


 尻もちをついたジャンの腕を、カブトが掴んで引っ張り起こす。

 目の前で同じように座り込んでいたのは、真っ白のワンピースを身にまとった白髪の少女だった。


「…………」


 口をパクパクさせ、身振りで何かを伝えようとしているようだった。その口から声は聴こえない。


『喋れないの?』


 ロベリアが手を貸すと、少女は一人で立ち上がりコクコクと頷いた。眉を八の字にして、ジャンに向かい手を合わせしきりに頭を下げている。ぶつかった事を謝っているらしい。


「僕は平気だよ。えっと……どこの子かな?」


 ジャンより幾分か背の低い少女は、白く細い腕を精一杯動かす。その様子をじっと見ていたロベリアが口を開いた。


『……迷子?』

「わかるの?」

『なんとなく。文字なら書ける? あたしのロール余ってるから、これに書いて』


 ロベリアがポーチから小さい紙と羽ペンを取り出し渡そうとしたものの、少女は何かに怯えたようにして受け取らなかった。それどころか大袈裟に一歩引いて、絶対に手が触れないよう警戒しているようにも見える。


「ん、ちょっと待って」


 ジャンはおもむろに冒険手帳を開くと、クエストタブを確認した。クエスト番号が書かれていないものの、新規のマークが点滅し「沈黙の少女」というタイトルが出ていた。


「やっぱり、何かのフラグだったみたい。太字になってるけど番号がついてない」

『番号がない? メインはM、サブはSで番号が付いてるはずだろ?』


 怪訝な表情でクロも確認する。


『ありゃー……マジだ。レアクエストとか?』

『貴方のポジティブさは見習いたいところね、バグかもしれないのに。で、ジャンくん、どうする?』

「詳細見てみる。行き先とか目的とかあるかもしれないし」


 黙ってじっと少女を見ていたロベリアが、諦めたようにロールを仕舞う。少女は困ったような表情で警戒を解いた。


『クエスト:沈黙の少女

 内容:一行が出くわしたのは、声を失った純白の少女だった。意思の疎通が難しい彼女を、安全な教会まで護衛しよう』

「……だってさ。このあたりに教会なんてあったっけ?」

『この街にはなかったろ。一番近いところだと一つ前の水の街アクアレフト、それかこの先を進んだ大国ポタンとやらに、もしかしたらあるかもな。まだ行った事ないから細かく見れないけど』


 マップを確認するクロが、指でスクロールしながら呟く。


『ここじゃないのは確か。服が違う。アクアレフトでもないと思う』


 ロベリアは少女を見つめたまま、確認するように話す。少女は相変わらず不安そうにしているが、何かを思いついたようで地面にしゃがみこんだ。

 細い指を動かし、砂地に何かを描いている。それは何かのマークのようで、クロが声を上げた。


『あぁ! これ、大国の紋章だろ、ほら!』


 マップ上に記された、暗いアイコンを指し示す。未踏破の為暗くなっているが、確かに少女が地面に記したものとよく似ている。


『結構な距離があるってのに、嬢ちゃん一人でここまで来たのか?』


 少女は考えながら、軽く頷いた。何か理由があってここまで来てしまったのだろうか。


『まぁ、迷子クエストなんてそんなもの。安全な街中なだけ、良かった』


 ロベリアは相変わらず少女から目を離さず、観察しながら言った。


「なんにせよ、次の目標が見えてきたね。護衛となると今まで以上に気を付けなきゃだけど、気を引き締めて行こうか」


 ジャンがそういうと、少女はまた手を動かした。ジャンに見えるよう、逆さに書いた綺麗な文字だった。


「ハイデ……名前?」

『文字、書けるんじゃない』


 ロベリアの発言に、また困り果てる少女。文字を消し、新たな文字を連ねる。


『あれる……ぎー……アレルギー? 魔法にアレルギーなんてあるの?』


 ユリィを見上げながら、少女は涙目で何度も頷く。この焦り具合を見るに、嘘ではなさそうだった。


「現実世界だって水アレルギーってのがあるくらいだよ。僕も軽いけどアレルギー持ちだし、ハイデ……でいいのかな? 君のはもっと重いんでしょ?」


 頬を赤く染めながら必死に頷くハイデ。

 どの程度重いアレルギーなのかはわからないが、手を貸そうとしたロベリアに触れなかったのも、ロールを見て退いたのも納得がいく。下手をすれば命に関わる程なのかもしれない。


『にしても、すんげぇ可愛いポリゴンだな。運営の本気を見た気がする』


 すっと立ち上がったハイデを見つめていたクロが言う。その言葉通り、ハイデはかなり整った顔立ちをしていた。着ている衣装は真っ白なだけで装飾もなく、だからこそ一層ハイデの元の美しさが際立つ。


「クロ、触っちゃダメだよ。魔具持ってるでしょ」

『うっ……そうだった、じゃあ外して……』

『おめぇ、魔法持ちだろうがよ』

『言わなきゃわかんないのに何で言うんだよ‼』

『アレルギーを甘く見ないでちょうだい。この子にとっては大変な事よ。言わなくても触れればわかるでしょ、きっと』


 ユリィに叱られ、さすがに黙り込むクロ。このパーティで魔法の類を使わない、装備もしていないとなると、カブトとジャンくらいだった。


「この先はまだ知らない土地だから気を付けて進もう。カブト、念のため護衛は任せたよ。ハイデのアレルギーがどこまでのものかわからない以上、僕のバフ系スキルもまずいかもしれないし」

『あいよ、任しときな。守るのがおいらの仕事ってな』


 カブトの表情は全く見えないが、なんとなく笑っているんだろうという事だけは伝わってきた。

 一度食堂に寄って食事を済ませアイテム整理をしてから、次の目的地、大国ポタンを目指す。

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