第8話 3-3ようこそフローワールド

 街道を抜けた先は丸く開けていて、市場が展開されていた。呼び込みの声も多く聴こえるが、音量調整が上手く働いているようで、横にぴったりとついてきているユリィの声は鮮明に聞こえる。


『典型的と言うべきか、王道と言うべきか……ジャンくんはどう思う?』

「なにが?」

『世界観よ。中世ヨーロッパをベースにした感じの、いかにもなファンタジー世界よね、ここ』


 確かに、赤レンガと木材で出来た建物に石畳、市場も新鮮な魚介類やハーブなどが平積みされていて、電卓などは目につかない。道行く人々の着ている服も、いかにもゲーム世界のモブそのものだった。


「王道だね。だからこそ受け入れられるんじゃない? あとは差別化の問題だけど」


 ジャンは思ったままを口にする。


「展開によってはオリジナリティがいかんなく発揮されるし、逆に失敗すれば誰に記憶にも残らない。このゲームはどっちだろうね」

『ふぅん……確かに。ジャンくんって、結構ゲームオタクなんだね』

「えっ」


 心臓が跳ねあがる。

 かなりの年月を、結構な頻度で配信してきたジャンにとって、ゲームに対するレビューは癖のようなものだった。アウルとしての姿がバレてしまうのではないかと、冷や汗が滲む。

 ユリィは気にしていない様子で、周りの景色を楽しみながら話を続けた。


『今までどんなゲームをやってきたの?』


 ただのゲームオタクを演じればいいだけだと自分に言い聞かせ、ジャンも話を続ける。


「色々やったよ。ほら、どのゲームにも大体レビューってあるでしょ。僕そういうの好きでさ、自分の評価が支持される快感っていうかな、癖になっててね」

『あぁ、それでさっきは細かくレビューしてたってわけね。でも、私はあまり見ないのよ。低評価見ちゃうと、それこそ先入観でつまらなく感じたりするから』


 ユリィの言う事にも一理あった。散々ネット上で酷評されているゲームも、いざやってみれば意外と楽しく出来たりもする、よくある話である。


「それは一理ある。だから僕も、買う時はなるべく見ないようにしてる。特に期待してるゲームの新作とかだと、実際にやってみたら面白かったなんて事多いしね」


 どうやら上手く誤魔化せたようだった。

 言わずもがな、完全に嘘ではなかった。立場的にも評価する事が多いという意味では。ただし、これもまた立場的に、低評価を表立って言う訳にもいかない。ネタとして成立すれば多少は許されても、何が地雷になるかわからないからこそ、当たり障りのない評価をするしかないのだ。

 この数年は視聴者が増えた事もあり、その傾向が強く出たせいか「アウルは昔ほどハッキリものを言わなくなった」というコメントも増えている。完全なる消費者でしかないリスナーだからこそ言える事だろうと、鼻で笑って一蹴しているが。


「あ、そろそろ見えてくるはずだよ」


 市場を抜け、路地裏に入る。マップで確認した限りだと、この先は建物に囲まれちょっとした空き地になっているはずだった。集合場所として記されていた赤い印は、確かにこの先を示している。


『ちょっと緊張するわね。残り三人が全員男だったらどうしましょう、いわゆる姫って立場になっちゃうのかしら』


 照れ臭そうに笑うユリィに、ジャンは首を捻る。


「三人?」

『あら、聞いてないの? 私とジャンくん含めて、デバッグメンバーは五人って、運営からメールが来てたはずよ?』

「そ、そうなんだ。ごめん、僕参加したのがギリギリだったから……もしかして見落としてたのかもしれないな、あはは」


 全ての手続きをスオウに任せているジャンが知るわけもなかった。


『あ、ジャンくんってめんどくさがりでしょ』

「お察しの通り。マニュアルとか読み飛ばしちゃうタイプだよ」

『わかってないなー』


 ユリィは緊張していたのも忘れ、饒舌に語り出した。


『ゲームってのは特にね、説明書を見るだけでわくわくする時代があったのよ? 私なんて、ソフトを買って貰ったその帰りに、待ちきれなくてパッケージ裏を何度も何度も読んだくらい。それが楽しかったのよ』


 ユリィはやはり年上らしい。そんな時代があった事を、ジャンは知らない。少なくともジャンの知る限り、マニュアルは電子化され説明書と呼ばれるものはほとんど入っていない時代である。


『そういやここ最近は、攻略本ってのもみかけなくなったわねぇ』

「攻略本より早くて正確な情報が、そこらじゅうに転がってるからね」


 そんな話をしていると、狭く人気のない路地裏が急に開けた。

 石畳で舗装されているとはいえ、半壊した木箱やボロボロになった布が放置されている、本当にただの空き地だった。

 その隅に、三人の人影が見える。


『はぁ緊張するわね』

「僕の時は思い切り驚かせてきた癖に」

『だって年下の可愛い男の子って感じの見た目だったから、ついね。本当に年下だったみたいだけど』


 ユリィの言葉を最後に、二人は人影へ向かって歩き出した。

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