彗星の魔法使い:破




「君はどこから来たの?」


 テラの問いにメルは頭上を指差しました。

 指し示す先にあったのは夜空を駆ける巨大な彗星です。


「星? あの星からやって来たのか?」


 メルはテラの言葉にうんと頷き、指先から星屑の光を零します。

 テラにはそれが魔法の力に思えました。


「私は星渡の一族。ずっと星の海を渡って来た」

「星の海を渡って来た? この星の生まれじゃないのか」

「ううん。元々はこの星の生まれ。でも私の一族は昔、大きな過ちを犯してしまった」

「過ち?」


 メルは重々しく頷きます。


「新しく生まれた私にはそれが何だったのかはもう分からない。ただ私達はその過ちを償う為、十六の年になると旅星と共に星の海へ旅立ち、旅を終えるとこの星に帰えることが出来るの」

「それが今夜だったってことか……旅星って、あの大きな星のこと? そうか、あれが彗星か」

「すいせい?」

「何十年、何百年に一度見える大きな星の事だよ。ほうき星とも言う。それで、君は何年旅をして来たの?」


 テラの問いにメルは首を横に振りました。


「分からない……もう、だいぶ昔の事だから……」

「行くあては?」


 またしてもメルは首を横に振ります。

 するとテラは少し考え込んで、そして思いついた様に言いました。


「なら僕の手伝いをしてくれないか?」

「手伝い……?」

「僕も旅をしている最中なんだけど、大地に緑を取り戻す仕事をしているんだ。今日はこの丘を緑にしたんだけど、君の側にある木……そうそれ。その木がもう少し成長するまで世話をしたいんだ。それを君にも手伝ってほしい」

「でも私、草木の世話なんて……」

「僕が教えるから大丈夫だよ。それにきっと僕らが出会ったのは何かの縁だと思うんだ。だから、どうかな?」


 そう言ってテラはメルに手を差し伸べます。

 メルはテラの手と顔を交互に見てから、少し考え込む様に俯き、やがてこくりと頷いてテラの手を取りました。

 テラはメルの手を引いてゆっくり立ち上がらせ、彼女に微笑みかけます。


「それじゃあまずは……村で住む場所を探すところからかな」

「ここじゃだめなの?」

「僕一人ならともかく、女の子を野宿させるわけにはいかないよ」

「そうなの?」

「そうなの」


 メルは不思議そうに首を傾げましたが、テラが手招きすると後に続いて歩き始めます。

 緑の丘を二人が歩いていると涼しげな夜風が吹き遊び、メルの星色の髪と白いワンピースの裾を靡かせました。

 それはどこか、星がメルの帰還を祝福している様でした。






 はじめ、村は二人を快く受け入れてくれませんでした。

 旅人らしく汚れた格好のテラと、余りにも綺麗なメル、怪しまずにはいられません。

 しかしテラが魔法で枯れ井戸の水を蘇らせ、作物の実りを豊かにしてみせると、人々は態度を一変して二人を喜んで迎えたのです。

 テラは少し呆れましたが、ともあれ二人は村の外れにある空き家に住むことを許されました。

 それからテラはメルと共に木の世話をはじめとして、村の人々に作物や家畜のより良い育て方を教えたり、誰も見たことがない料理やお菓子を振舞ったり、出来るだけ村に貢献しながら一帯の緑を増やす仕事を続けました。

 メルには全く分からないことだらけでしたが、テラと一緒に働くことで少しずつやり方を覚え、気付けばそれらに楽しさを見出していました。

 やがて二人は村にとってかけがえのない存在となり、大層親切に、そして頼りにされました。


 そんな日々がひと月ほど続いたある日、メルが村の手伝いから家に帰るとテラがお菓子作りをしていました。

 漂う香りはこれまでメルが嗅いだことのない香りでした。


「何を作ってるの?」

「『プリン』だよ。型に牛の乳と砂糖、卵を混ぜて熱した後に冷やして固めるお菓子さ」


 テーブルの上にはプリンと称される黄色い何かが入った小瓶が並んでいました。

 メルは未知のお菓子との出会いに目を輝かせます。


「でももう少し工夫が欲しくてね……メル、それは?」


 メルが抱えるバスケットをテラが指差すと、メルは琥珀色の液体が入った瓶を取り出しました。


「カエデの樹液。手伝いのお礼にもらった」

「カエデか……そうだメル。それ少し分けてくれない?」

「いいよ。元々あげるつもりだったから」

「ありがとう。ちょっと味見を……うん、やっぱり少し薄いかな。それじゃあ魔法を掛けて……」


 そう言ってテラが樹液の入った瓶に魔法を掛けると、樹液の琥珀色がさらに濃淡になりました。

 テラはそれをプリンが入った瓶に一滴垂らし、匙で掬って口に入れると、満足そうに頷きました。


「ばっちりだ。ほら、メルも食べてみて」

「うん」


 メルは嬉々としてプリンの小瓶を手に取り、カエデの樹液を一滴掛けてから掬ったそれを口に入れました。


「!」


 瞬間、甘い幸せがメルの口いっぱいに広がります。

 口の中で優しく解ける柔らかい生地と、舌の上を滑り落ちてじんわりと広がる絶妙な甘さ。メルはこれまで何度もテラのお菓子を口にしましたが、それらを遥かに上回る感動で心が満たされました。

 続けて二口、三口とプリンを掬うメルの匙は小瓶が空になるまで止まりませんでした。


「~~!」

「気に入ったみたいだね」


 笑い掛けるテラにメルは何度も頷きます。

 やがて並んでいたプリンを全て平らげると、メルはテラに詰め寄りました。


「テラ。これの作り方教えて」

「おぉ、いつにも増して真剣な眼……メルが作るの?」

「うん。作りたい。前から思ってた。私もお菓子作りたい。みんなを笑顔にしたい」

「そっか……うん、いいよ。教えてあげる。冷やすところまで魔法は使わないから、しっかり覚えてね」

「まかせて。今日中にマスターしてみせる」

「いや、君料理初めてだよね?」


 テラは得意げな顔でキッチンに立つメルに少々呆れつつも、彼女の願いに応えるためその隣に立つのでした。

 そうやって穏やかな日々を過ごす彼等の心は徐々に惹かれ合っていきました。

 新しい世界を見せてくれるテラにメルは喜びと感謝を抱き、テラもまた彼女の喜ぶ姿を見て温かい感情を抱いたのです。

 しかし他者と共に過ごすというのが慣れないことだったからか、ある出来事が起こるまで二人が互いの感情に気付くことはありませんでした。

 そして、その出来事が二人を別つこととなるのです。


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