外伝『アイカツの神様』

ここはアイドルたちの通うスターハーモニー学園、その高等部。


初夏が近付いて日射しが強くなってきたとはいえ、陽が傾き始めた放課後の教室は、涼しくて勉強するには丁度いい。ひとり残って机に向かうその銀髪おさげの少女は、何やらニコニコと楽しそうにノートにペンを走らせていた。普段、英語や数学の授業で眉間に皺を寄せていることを考えると、どうやら真面目に勉学に励んでいるわけではなさそうである。


「あっ、お姉ちゃんまだ教室にいたんだ」


入ってきたのは、銀髪ストレートヘアの少女。一緒に帰りたくて姉を探していた、彼女の妹である。


「あ~こんちゃんだ~! いらっしゃ~い!」


もう、こっちは探してたのに……と、無邪気に笑って手を振る姉に苦笑する。


「なに書いてるの?」


覗き込んだノートのページは、拙い字でびっしりと埋まっている。なかなかの長編のようだ。


「これはね~、アイカツおじさんのお話~」


「おじさんがアイドル活動するの?」


「うーん、ちょっと違うの。えーっとね~、なんて言ったらいいのかな~」


ウウンと首を傾げ、しばらく考えてから言葉を紡ぐ。


「あのね。ライブしてる時にね、ファンのみんながこっちを見てるでしょ」


「うん」


「その時にね。そこにいない、おじさんがいるでしょ」


「わかんない」


彼女は昔から時々、こういうヘンなことを言い出すのだ。とはいえ、生まれた時から一緒に過ごしてきた妹には、なんとなく言いたいことが分かる。


「お姉ちゃんには、そのおじさんが見えてるんだ」


「うん」


「いつから見えてるの?」


「えっと、四ツ星にいた頃かな……あれ? もっと前かも」


「すごいね、昔からずっとお姉ちゃんを応援してくれてるんだ」


「いいでしょ~」


「うん。でも、なんだろうね、アイカツの神様みたいなものかな」


「うん、私もそう思った。だからね、これは、そのアイカツおじさんが神様の世界から私たちを見てる、っていうお話なの」


「へえ、SFだね。ちょっとおもしろそうかも」


妹に褒められて、姉はえっへん、と自慢げに胸を張った。姉の、こういう子供っぽいところが可愛らしくて好きだった。


「でもね、おじさんちょっと可哀想なんだ」


「どうして?」


「おじさん、どんどんおじさんになっていくの」


「どういうこと? おじさんはおじさんじゃないの?」


根気よく、姉の言いたいことを探るのは慣れっこだ。


「時間の流れ方が違うって言ったらいいのかなぁ……。おじさん、私たちより先に年をとっちゃうんだ」


「神様なのに、ヘンだね」


「うん。だからね、私たちがずっとアイカツを続けてても、いつか私たちのライブ、見に来れなくなる日が来るんじゃないかって。そう思ったら、おじさんのこと、何か残してあげたいなって」


「それで、書いてるんだ」


「うん」


「優しいね」


「そうかな?」


「そうだよ」


姉の隣の席に腰かけて、微笑みかけた。


「いいなぁ。私にもアイカツおじさん、いるのかなぁ」


「絶対いるよ~。おじさんだけじゃなくって、お姉さんや、女の子や、男の子だって、アイドルひとりひとりに、きっといるんだよ~」


「だったらいいなぁ。……そうだ、お姉ちゃんと一緒に」


フレンズを組んだら私にも見えるかも……そう言おうとした矢先に。


「あっ、そうだ! 私、今度きんぴらちゃんと一緒にフレンズ組んでライブやるんだ~! 見に来てね~!」


「えっ、あっ、そうなんだ。うん、もちろん見に行くよ。……えっと、その次でいいんだけど、私と……」


「それからそれからね! 次はキタキタちゃんとで、その次はきなこちゃんで、その次はこの間キラキラッターで知り合った……」


「……もう! お姉ちゃんなんて知らない!」


「えっ、こんちゃんどうしたの~?」


「私、ひとりで帰る!」


「え~待って~! こんちゃんどうして怒ってるの~? ね~」


「ふーん、知りませ~ん」


ふたりが去り、誰もいなくなった教室に眩しい西日が射していた。明日になれば、またここにたくさんのアイドルたちが集まり、それぞれのアイドル活動が始まる。


明日も明後日も、たとえ見えなくなっても、アイカツは続いていく。


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(おまけ)~ それから ~


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「あ~たのしかった~! ねっ、こんちゃん!」


「……うん!」


あれから二週間。ようやく順番の回って来た「姉妹フレンズ」でのライブを終えた二人は、煌びやかな衣装を高等部の制服に着替えて帰路についていた。夕暮れの並木道、まっすぐに伸びた二人の影は、妹の方が少し長かった。


「こんちゃんは、背が高くていいなぁ」


「そんなに変わらないよ」


「それは、背が高いからそう思うんだよ~」


そう言って、ウーンとつま先で立って歩いてみせた。


「でも、たしかに私たちクールアイドルのドレスって、背が高いと見栄えはするかもね」


「くーるあいどる?」


今さら、そのことを不思議そうに言う姉に、妹も首を傾げた。


「……なんか、入学した頃にそんなこと言われた気がする」


「気がするって……お姉ちゃん、忘れてたの?」


「忘れてたっていうか、私ね」


「うん」


「ポップのドレス好きなんだあ」


「えっ」


「だって、ポップのドレスって元気いっぱいで、明るくって、かわいいでしょ」


「うん」


「だからね、自分がクールかどうかって、あんまり考えたことなかった」


なんだかお姉ちゃんらしいな、と思った。


「でもねでもね~、もし、こんちゃんがクールアイドルがいいって言うなら、私もちょっとカッコつけちゃうよ~」


そういって、つま先立ちのままクルリとその場で回ってみせたものの、案の定、つまづいた。


「あぶない!」


よろけた姉の両手を素早く掴んで引き寄せると、姉はフウ、と安堵のため息をついて、妹の顔を見上げた。


「ありがと~、やっぱりこんちゃんはクールでカッコいいね!」


そう言って無邪気に笑う姉を見て思った。


もう、お姉ちゃんは、昔からずっとキュートアイドルなんだから。


-おしまい-

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