アイカツ!勝負師話「ジャラカツ!」

週末、夜の繁華街。


仕事を終えたサラリーマンたちと、彼らの紐が緩んだ財布の中身を狙う呼び込みの声。意味もなく停められた自転車を蹴り飛ばす、根拠の無い過信に満ちた若者たち。行き場を失ったエネルギーが雑多に飛び交う、喧騒の町。


そんな人ごみの中を、男は足音も立てずに歩いていた。


もう春だというのに薄汚れた厚手のジャケットに身を包んでいる。ぼさぼさの長髪は肩までかかり、鼻の真ん中まで伸びた前髪は、すっかり目元を隠してしまっている。両手はズボンのポケットに突っ込まれた上に、ぐにゃりと曲がった猫背でコンパクトにまとまったシルエットは、通りゆく誰の目ににも留まらなかった。


のそり、のそりと歩き、パチンコ店とドラッグストアの間から裏通りへと入り込む。途端に街灯の数が激減し、音が消えた。町が本来の”夜”の姿を見せると同時に、前髪の奥で、その両眼が鋭く光った。薄暗い路地裏を進むにつれ、徐々に男の姿が風景に馴染んでいく。おそらく”こちら側”が、この男のあるべき場所なのだろう。


ところどころペンキの剥がれた、ありふれた雑居ビル。男はその前で足を止め、二階を見上げた。曇りガラスで中はうかがい知れないが、灯りは点いている。それを確認すると、またのそり、のそりと脇の階段を昇った。二階。店名の掲げられたガラス窓の付いた扉からは、先ほどの灯りが漏れていた。


”雀荘スターライト”


ギシ、と軋ませながら扉を開くと「…………いらっしゃい」と、白い顎髭をたくわえた初老の男性が出迎えた。ビルの外見とは裏腹に、小奇麗な室内。見渡すと、全部で十ほどの卓があり、その八割方が埋まっていた。


「…………奥から二番目」


指定された卓へ向かうと、先客の三人が一斉に男の方を向いた。一人は初々しい二十代の若者。一人は不敵な笑みを浮かべた、ガタイのいい白スーツの男……年齢はよく分からない。残る一人……天然のスキンヘッドで小太りの中年男が、品定めをするように、爪先から頭のてっぺんまでじっとりと視線を這わせてきた。


「ニイちゃん、ええとこに来たな。ちょうどこれから始めるとこや」


中年男がニヤつきながら空いた椅子を叩いた。その両手の甲にはタトゥーが入っていたが、男の風貌から言えば”入れ墨”と呼ぶ方が相応しい。ギラリと光った金の前歯が、その品位を一段と下げていた。


「……ん? おたく、どこかで見たことある顔だなァ」


白スーツの男が、大げさに体を乗り出して目を細めた。


「さあな。この店は初めてだが」


自分も相手も、打つ人間にはまるで興味がないといった風に、長髪の男はジャラジャラと牌をかき混ぜながら答えた。


「ふん、まあいいや。どうせオレの一人勝ちだ」


慣れた手つきで牌を整え、各人に規定数が配られる。


(……うわっ、ラッキー!)


若者は、並んだ牌を見て思わず声を上げそうになった。


(いちごちゃん、ユリカ様、スミレちゃんが最初から三枚ずつ揃ってる!)


時間潰しにアイカツ!ドンジャラでもやるか……と気まぐれに入った店で、いきなり怖そうな人たちに囲まれてビビっていたところに、いきなりのツモである。ビギナーズラックとは恐ろしいものだ。


「ツモ! 『オーディション一発合格セット!』(※)です!」


※アイカツ!ドンジャラにおける役のひとつ。配られた時点で役が揃っている状態。麻雀で言うところの天和テンホウ


「……ケッ、しょうもな!」


「そんな安手でアガりやがって……お前、ここへ何しに来たんだ?」


「ええ~~!?」


せっかく上がったのに、中年と白スーツの二人から理不尽に責め立てられ、若者は困惑した。『オーディション一発合格セット!』は300点。言うほど安い手ではないはずだ。


「……アンタ、普通のアイカツ!ドンジャラがしたいなら帰った方がいい。ここは”そういう場所”じゃあない」


長髪の男の口調は淡々としていたが、その言葉は何か常人を寄せ付けない凄みを感じさせた。ここで一体何が行われているのか……その答えは、次の一局ですぐに明らかとなった。


「ロォン!」


白スーツの男が叫び、牌を倒した。


「あかり・珠璃3枚ずつで『ほっこり和正月お泊り同衾セット』ォ!」


「えっ!? どうして珠璃が……!」


若者が驚いたのも無理はない。なぜなら、この役を成立させるために必要な「紅林珠璃」は、このアイカツ!ドンジャラには存在しないはずの牌だったからだ。


「どうだ? どこか文句の付けどころがあるかァ?」


「……ちっ、しゃあない。1,500点や」


その不可解な役に、中年は素直に点棒を動かした。


「どっ、どういうことですか!?」


若者の質問に、白スーツが満足げな表情を浮かべて語り出した。


「ここのアイカツ!ドンジャラは特注でなァ。一度でもCGライブのあったアイドルはすべて牌として採用されてるんだ。そして、非公式ゆえに役の種類は未知数……。その役が成立するかどうかは、テメェのアイカツ!語り次第ってワケだ」


(な、なんだかえらいところに入ってしまったぞ……)


そんな若者の後悔など無視して、対局は続く。


「ロンや!」


「ええっ!?」


若者が不用意に捨てた「一ノ瀬かえで」牌を指さして中年男が叫び、手牌を倒した。


「ユリカ様とかえでが3枚ずつ! かえユリは公式! 文句は言わせへんでぇ~! ガッハハハ!」


と、大笑いをしながら若者の点棒に手を伸ばした……その時。


「待て」


「……なんや?」


横やりを入れた長髪男を、中年が睨みつけた。だが、意に介さず続ける。


「そいつはチョンボだ」


「ハァ? こんな単純な役のどこにチョンボがあるっちゅうねん! 言いがかりも大概に……」


「アンタ、”蘭ユリ派”だな」


「……なっ!」


中年がたじろいだ。


「蘭ユリ派が、かえユリの役を作る……そんな愛の足りない役を通すわけにはいかないな」


「な、なにを証拠にそんなこと言うとんねん!」


その抗議に、長髪男は言葉ではなく視線で答えた。男の目線の先には、タトゥーの入った両手の甲があった。誘導され、白スーツと若者の目も自然とそこへ向かった。


「ぶっ! うわははは! 右手に十字架、左手に蝶かァ! これじゃ、てめェで『オレは蘭ユリ派だ!』って大通りで叫んで回ってるようなもんじゃねェか! こりゃ笑えるぜ!」


「~~~~~~っ!!」


痛いところを突かれて言葉を失った中年の顔が、たちまち真っ赤に染まった。


「さらに言えば、アンタが場に捨てた牌には蘭がいない。きっと、その手牌の中に2枚あるんだろう。ユリカ様を使っての蘭・かえで両面リャンメン待ち……そんな無法テンパイが通ると思ってるんなら、とっととおウチに帰ってblu-rayを観直した方がいいぜ」


「……ぷっ」


つられて笑った若者には「何がおかしいんじゃい!」と八つ当たりが飛んだ。気の毒である。


対局は続く。


「リーチだ」


ついに長髪の男が動いた。相対する白スーツの視線が、彼が場に捨てた牌へと向かう。


(まだ場に出ていない牌から消去法で考えれば、奴があかスミを確保しているのは間違いねェ。とすると、危険牌はルミナスを組める「ひなき」だが……どうして今頃そんな安い公式役を目指してるんだァ……?)


そんな想像をあざ笑うかのように、長髪男がリーチと引き換えに捨てたのは「ひなき」牌だった。


(……!? あかスミに、ひなき以外を加えた役だと……!? 一体、何を狙ってるんだこいつは……?)


予想しえない役の組立てに思考をかき乱されているその隙に。


「ツモだ」


長髪男はスムーズに役を完成させた。だが、その役は。


「あかり・スミレ・服部ユウが3枚ずつ。役は『冷戦勃発』だ」


その宣言に、他の三人は一瞬、何が起こったのか分からずに呆然と口を開けた。そして、最初にそれを”理解した”のは白スーツだった。


「てめェ……”積み込み”やがったなァ……?」


積み込み。それは、あらかじめ欲しい牌を誰にも気付かれず己の手に組み込むイカサマである。だが今回、彼が行った積み込みは、手牌にではなく牌の山そのものに、自らが用意した牌を混ぜ込むことだった。彼は一体、何を積み込んだのか。いわんや服部ユウの牌をである。


「その顔、やっと思いだしたぜェ。夜な夜なアイカツ!雀荘に現れては、自作の服部ユウ牌を山に混ぜ込み、そのユウ絡みの役だけでアガる男……通称『リメンバー・ユウ』!」


「りっ、リメンバー・ユウやと!? あの”服部執心会”唯一の生き残りと言われる!?」


その大声に、他の卓からも視線が集まる。この男の存在は、既に業界における都市伝説に近づきつつあったのだ。


「……俺が誰だろうが、勝負には関係のないことだ。それより続けるのか? 止めるのか?」


R・ユウは特段変わらぬ態度で、じゃらじゃらと牌を混ぜながら答えた。


「まァ、確かにオレが勝つのに変わりはねェ。すぐにトばしてやるぜ」


白スーツにとって、これは都市伝説を葬ることで己の名を上げられるチャンスであった。そしてその言葉通り、続く対局を立て続けに奪取し、大きく点差を広げていった。


(服部ユウを混ぜることで役の幅を広げて相手を混乱させ、かつ自分の待ち牌を分かりにくくする……コイツは今までそうやって喰ってきたんだろうが、ネタが割れりゃなんてこたねェ。こっちはユウ牌の存在を無視してマイペースを貫くだけだ)


「ツモォ! おとめ・さくら・しおんにかえでと蘭を加えて『ぽわプリ with 名誉会員フルメンバー』!」


「ア、アニメのかえでだけやなく、DCD版『ぽわぽわな刃』の蘭まで……! あかぁん4,000点や!」


「強すぎる……!」


ついに中年と若者の点棒が尽き、勝負は実質的にR・ユウと白スーツの一騎打ちとなったが、その点差は既に役満をアガったとしても逆転できるものではなくなっていた。


「次が最後の局だぜェ。フフ、さすがに”服部ユウ縛り”は無理があったんじゃねェのか?」


服部ユウは物語の中盤から途中参戦したアイドルであり、しかもレギュラーキャラクターではない。当然、他のアイドルとの絡みは少なく、作れる役はごく限られたものしか存在しない。役が少ないということは、当然、対局相手に狙いを悟られやすいということであり、それはドンジャラにおいては致命的ともいえる弱点であった。


「まァ、いまさら遅いがな!」


最終局も、白スーツはペースを乱すことなく堅実に役を組み上げて行く。これで決まりだ……そんな空気が卓に流れ始めた。ドンジャラには”流れ”と呼ばれる、目に見えない空気が存在する。運や心境など様々な要因によって、一度勢いづいた”流れ”の向きを変えるのは容易なことではない。だが逆に、わずか”一手”がその流れを変えることもある。


「!?」


次にR・ユウが場に捨てた牌。それこそが”流れを変える一手”であった。


「服部ユウを……捨てた!?」


若者が驚き、目を見開いた。


「へっ、なりふり構ってられねェか」


(……とは言ったものの、服部ユウ縛りを捨てたとなると、待ち牌の予測が立てづれェ。ちっと慎重に行かねェとな……)


そのわずかなペースダウン、緩めたアクセルをR・ユウは見逃さなかった。手牌と場の牌を一瞬ですべて視界に収めて牌の動きを予測し、信じられない速度で役を作り上げていく。そして。


「ツモだ」


倒された牌に、皆の視線が集中する。


「えっと……いちご・ユリカ様・あおい・あかり・蘭・美月さん・スミレ・珠璃が一枚ずつ……これは……この役は『フォトカツ8』!」


若者が並んだ牌を順番に読み上げ、そこから役を導き出す。しかし。


「これは確かに凄い役……役満なんは間違いないわ。せやけど……」


「うわっはっは! 残念だったなァ! その役じゃあ、せいぜい5,000点ってところだァ! オレの勝ちは揺るがねェ!」


椅子から立ち上がり、白スーツが勝ち名乗りを上げた。しかし、R・ユウは落ち着き払ったまま……ゆっくりと卓を指さした。倒した手牌の先……そこには、これまで場に出してきた牌が並んでいた。


「はァ、捨て牌が一体なんだってんだ? ……………………なっ!?」


そこにあったのは。


夏樹みくる、有栖川おとめ、黒沢凛、一ノ瀬かえで、新条ひなき、天羽まどか、音城セイラ……そして、服部ユウ。


「手牌で『フォトカツ8』、場の牌で『虹色アンコール』……合わせて、名付けて『フォトカツ16』。ダブル役満だ」


「ばっ! 場に出した牌を組み合わせた役なんて聞いたことないでぇ!? 」


従来の枠を大きく飛び越えたそのオリジナル役を是とするか非とするか。議論が始まるかに思えたその時。


「……『私ね、世の中のアイドルとかみんなを照らすスポットライトって、ずっと動いてる気がするんだよね。ぐるぐるってね』」


若者が、ゆっくりと思い出しながら言葉を紡いでいく。


「な、なんやいきなり」


「『だから、その時その時で照らされる人数は少ない。でも、照らされなかった人がいなくなるわけじゃない。だから、次のチャンスは誰にでも来るんだよ。その場所に立ってる限りね』」


ハッ、と白スーツが気付いた。


「第146話『もういちど三人で』の、いちごちゃんの言葉……!」


役に換算され、スポットライトが当たる手牌に対し、通常、役には数えられない場に出された牌。だが、その牌たちはまだそこに立っている。答えは明らかだった。


「~~~~~~っ!」


白スーツは言葉にしなかったが、R・ユウに乱雑に投げてよこしたすべての点棒が、その勝負の決着を明確に示していた。


「………………」


戦いを終えたR・ユウは無言で立ち上がり、卓に背を向けた。


「まっ、待てよ!」


白スーツが、去り行く背中に声をぶつける。


「てめェ、一体何が目的でこんなことしてやがんだ!」


R・ユウは、立ち止まることなく答えを返した。


「服部ユウを忘れるな。服部ユウを思い出せ。……それだけだ」


ギシ、とドアが軋むと、彼の姿はもう無かった。




この一夜に、服部ユウの記憶は確かに刻まれた。


彼の戦いはこれからも続くのだろう。


いつかスポットライトが当たる、その日まで。



-おわり-

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