アイカツ!インスパイア話「放課後カレンダーガール」


「ふたりともお待たせ~!」


駅前のファーストフード店。三人分のシェイクとハンバーガーをたっぷりトレイに乗せながら、先に窓際の席を確保していた二人に声をかけた。同じ高校、同じクラス、同じポニーテールの彼女たちは、誰が言い出したわけでもなく、こうして学校帰りになんとなく、いつもの店でお喋りをする。


「はい、シェイクとハンバーガーひとつずつね。わたしはシェイクと~~~~ハンバーガーみっつ!」


トレイを置いた反動で、そのポニーテールを留めている赤いリボンが揺れた。


「おい、この時間にそんなに食べて大丈夫か?」


と、黄色いリボンの子が眉をひそめた。


「晩ごはんは別腹だから!」


「本当、この食べっぷりは見てて気持ちいいよね」


そう言って穏やかに笑う子の髪には、青いリボン。


「えへへ」


外はまだ寒風の厳しい季節。窓から差し込む夕日の当たる、膝小僧だけが暖かい。三人がストローに口を付ける。それぞれ味は違っても、飲み始めるタイミングは同じだ。最初はそんなことは無かったけれど、ずっと一緒にいるうちに、だんだんとそうなってきた。


「……あっ、これおいしい!」


「季節限定のいちご味だっけ?」


「うん。そっちはいつも通り抹茶?」


「ああ。甘すぎるのは苦手だからな」


と、ふたりが話している隙に、赤リボンの子が身を乗り出して、いちご味シェイクのストローに吸い付いた。


「ん~~~~おいしい!」


「あっ! 勝手に人のやつを~」


「えへへ」


「またやってる……しかし、本当にやること変わってないな、あたしら」


「そうかな?」


「そうだよ」


ふたりのやりとりを見ながら、頬杖をついてフフッと笑う。ポニーテールが横に垂れて、青いリボンが揺れた。


ふと、昔のことを思い出した。


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「早く降りてこないと遅刻するよ!」


「わかってるぅ!」


階下から響く母の声に、鏡に映る自分を見ながらおざなりに返事をする。昨日うつ伏せに寝たせいか、前髪におかしな寝癖がついてしまっている。何度も櫛を通すものの、なかなか定位置にまとまらない。


「う~~~~ん、もうこれでいいや!」


登校までの残り時間と前髪の出来栄えとを天秤にかけて妥協する。


「あとはリボン……うーん……どっちの色がいいかな……」


腕組みをして、ベッドの上に並べた青と黄のリボンを交互に見つめて考える。


「……よし、青!」


と、髪を手でまとめて左側に作ったサイドテールに青いリボンを通して、よしとした。ばたばたと階段を下ると、居間のテーブルに母親が握ったおにぎりが大皿に乗って並んでいた。


「えぇ~。私、朝はパンがいいなぁ」


「なら自分で用意しなさい」


母は感情の籠らない声でドン、と湯呑に入ったお茶をテーブルに置いた。


「どうせなら、カフェオレにしてくれない?」


「……は?」


その冷たい視線に「いえ、なんでもないです」と小声で答えておにぎりにかぶりついた。


「そういえばアンタ、シュシュやめたの?」


母親だって、元は女子である。目ざとく娘のオシャレが変わったことに気が付いた。


「うん、今日から中二だし、ちょっとイメチェンしてみようかなって」


「ふぅん……」


と、母が意味深に笑う。


「なによ」


「いやぁね、てっきり好きな人でもできたのかなって」


「なにいってるんだか」


軽くいなして、ふたつ目のおにぎりを手に取った。


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「いってきまぁす!」


しまった、のんびり食べ過ぎた。慌てて玄関から飛び出し、青いリボンを跳ねさせながら学校へと駆ける、その途中。同じようにぴょこぴょこと跳ねる赤いリボンが見えた。


「おはよ~!」


赤いリボンを余計に跳ねさせながら元気に手を振ってくる、少しウェーブがかったロングヘアが魅力的な女の子。


「おはよ。今日も遅刻ですかぁ?」


「いやあ、どうしてもベッドがわたしと別れたくないと言うもので~」


ふたりは合流すると、並走しながらくだらないお喋りを始めた。彼女は近所のお弁当屋さんの娘で、ふたりは幼馴染だ。それぞれ趣味も特技も違っていたが、お互い、一緒にいる時間が一番ホッとする。幼馴染とは、そういうものだった。


「あっ、そのリボン!」


「……どうかな?」


「いいね! 青がすっごく似合ってる! あと、お揃いでうれしい!」


そう言って、頭の赤いリボンを両手でつまんで見せた。「かわいい」よりも「うれしい」が聞けたことが嬉しかった。


「……って、もっと早く走らないと遅刻しちゃうよ!」


「そうだった!」


そんなふたりの前に立ちはだかるのは、傾斜の厳しい心臓破りの坂。けれど、毎日の通学ですっかり慣れたものだ。


「いつもの~~~坂道ダッシュ!」


フライング気味で飛び出した彼女を、少し遅れて追いかける。視界の少し先で、赤いリボンがゆらゆらと揺れている。変わり映えしない、いつもの光景。今日から新しいクラスの始まりだ。少しは、何かが変わるのかな。そんな期待を胸に、今日も変わらないふたりで、変わらない道を走った。


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「どうした? ボーッとして」


「えっ」


話しかけられて、我に返る。


「ちょっと、中学校の時のこと思い出してて」


「中学かぁ。なつかしいねー」


すでにふたつのハンバーガーを食べ終わった幼馴染も、記憶をたどって相槌を打つ。


「そっか、ふたりは小学校からずっと一緒なんだよな。あたしは高校からだから……」


その言葉に同調するように、彼女のしなやかなポニーテールを留めた黄色いリボンが、少し寂しそうにしおれたように見えた。


「時間なんて関係ないよ! ポニテの誓いだよ!」


「そうそう!」


「……そっか。そうだったな」


そう言って笑うと、優しくリボンを撫でた。


三人が出会ったのは、もう二年近く前のことになる。


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「ねえ、今日わたしたちと一緒に帰らない?」


「……えっ」


高校に入ってから三ヶ月。ほぼ仲良しグループが固まってしまったタイミングで転校してきた彼女に、いつものように赤いリボンを跳ねさせて、その持ち前の人懐っこさで話しかけた。


「ああ~、急にごめんね。こういう子なんだ」


幼馴染の暴走をフォローするのにも、すっかり慣れたものだ。唐突に声を掛けられて面食らっていた彼女だったが、すぐに普段のクールな顔つきに戻った。


「……変なヤツだな」


「でしょ」


「うん。………………あれ? ヘンって、もしかして、わたしのこと?」


『そうだよ』


二人の声がハモった。数秒の間を置いて、三人は笑った。クールな彼女が笑ったのは、ずっと一人で心細かったせいかもしれなかった。


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「……えー、皆様にとって学生生活は、とてもとても長く感じるものだと思います。えー、しかしながら、えー、あとで大人になって振り返ってみれば、それは大変短い期間であったと感じることでしょう。しかし、その退屈で短い毎日の中にこそ、大切な友人であったり、えー、幸せな思い出であったり、そういう宝物がたくさん詰まっているのです。えー、ゆえに……」


(いえーい!)


長い朝礼の中でも特に長い校長先生のお話。それに飽きてきた斜め前方の幼馴染が、先生たちの監視の隙をついてこっそりピースサインを飛ばしてくる。毎度、困ったものだと苦笑しつつ、控えめにピースサインを返す。それを受けた彼女は、今度はチラチラと右へ視線を飛ばす。その先には、クールな彼女。どうやら、彼女も視線には気付いているようだ。しかたないな……でも、やってくれるかな……そう思いつつ、彼女にもこっそりピースサインを送る。……が、素知らぬフリで前を向いてしまった。


(ま、そうだよね。…………えっ)


顔は前を向いたまま。……けれど、後ろに組んだ手で小さく作られたピースサイン。なんだか、嬉しかった。


その日の帰り。


「これ、あげる」


差し出したのは、あの時、迷って選ばなかった黄色いリボン。


「この色、私より似合うと思うから」


「三人お揃いだよ!」


「……いいのか?」


そのプレゼントに思わず笑みがこぼれる。……が、同時に少し困惑した表情を見せた。


「ありがとう、嬉しいよ。……けど、あたしロングのストレートヘアだからな、どうしようかな」


「じゃ、ポニーテール!」


「こら、勢いで人の髪型を決めないの。……でも、確かにポニテは似合いそうかも」


「まてまて」


本人抜きで勝手に進みそうになっている話を遮る。


「……まぁ、ポニーテールは嫌いじゃないが……子供っぽくないか? ちょっと恥ずかしいかも……」


確かに、彼女の大人びた雰囲気とは少しギャップがあるかもしれない、と思った。しかし、そんな心のブレーキを壊すのは、いつも赤いリボンが跳ねる時だ。


「じゃ、わたしもポニテにする!」


言うが早いか、すぐに髪を後ろで結わえて、赤いリボンを付け直す。


「それじゃあ……私も!」


こういう時は乗っかっていくものだ。同じくサイドテールを崩して後ろでまとめて、青いリボンでくくる。


「お前らなぁ……」


口ではそう言いながら、その両手は髪へ。


お揃いのリボンで作った、お揃いの髪型。


「三人は、ずっと、ずーっと仲良しであります! これを、ポニテの誓いと名付けます!」


「ぷっ、なにそれ」


「意味がわからん」


そう言って笑うと、三人のポニーテールが揺れた。


それから、三人は毎日一緒に行動するようになった。みんなで寄り道をして、テスト前には集まって、たまに隣同士の席になって、修学旅行で買ったお土産を交換して、時間を忘れておしゃべりをして、そして時々お母さんに呆れられて。


長い長いはずの毎日が、いつの間にか過ぎて行った。


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「はぁ……来年は大学受験かぁ」


シェイクを飲み終わり、椅子にもたれかかりながら憂鬱そうに言った。


「ふたりとも、大学受けるのか?」


「わたしは、家のお弁当屋さんを継ぐよ!」


「そっか。あたしは、服飾デザイナーの専門学校に行くつもりだから、本格的な受験勉強は……」


「私ひとりかぁ~~~うぇ~~~」


わざとらしく嘆いてみせた。


けれど。


本当は、そんな事どうだっていいんだ。


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「あぁ~お腹いっぱーい! 余は満足じゃ~」


「あれだけ食べたら、そりゃな」


「あっ、晩御飯はちゃんと食べるからね!」


「きいてないから」


夕陽で橙色に染まった河川敷を歩いて帰る。並んだ三色のリボン。青色だけが、少しずつ遅れていく。


「……ん、どうした?」


「あっ、ごめん、歩くの早かった?」


振り向き、二人が声をかけてくれる。


「ううん、大丈夫。行こ行こ」


少し駆けて、ふたりに追いつく。


「でも、ちょっと遅くなっちゃったね~。ママに怒られちゃうかも」


「門限何時だっけ?」


「うーん……特に決まってないけど、あんまり遅いとやっぱりね……」


三人で歩く、いつもの帰り道。


その いつも は、もうすぐ いつも ではなくなる。


お願い。


お願いだから。


その願望が、彼女の足を重くする。


並んでいたはずの赤と黄色のリボンの影が、またいつの間にか前で揺れていた。


「……ごめん、やっぱり速かった?」


「ううん、大丈夫。大丈夫だから……」




ホントは。




ホントはゆっくり、焼き付けたいのに。




-おわり-

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